プリーズ・リスニング



「―――ちっ」


 口の中が切れて零れた血をスーツの袖で拭おうとしたアレスは、それが焦げ付いたことに思わず舌打ちした。

 手袋に包まれた指で軽く拭いながら、空を見上げる。

 学園の大きな正門。

 王都と学園を別つ境界線の上に、その男は翼を広げていた。


 黄色混じりの鮮烈な赤い翼を持つ青年だった。

 筋肉隆々の鳥人らしからぬ質量を感じさせる大きい体躯。所々に傷跡が刻まれている。上半身が露出しているのは背中の大きな翼のせいだろう。

 翼と同じ色の逆立った髪はまるで炎のように。

 瞳だけが薄い青に輝いている。


「ハハハハハハハハ!! 思ったよりも! 大したことないじゃないか! 人間の少年よ!」


 腹から響かせる声は大音量。

 勝気な笑みで大地のアレスを睥睨する。

 青年の足元には気絶した守衛たちが転がっている。

 ほんの数分前、この赤翼が学園に無理に乗り込もうとし、守衛に止められ―――そして男は無理やり突破しようとしたのだ。

 そこを偶然アレスが通りかかり、


「……全く、どうしてこんなことに」


 流石に見ていられなかったから制止したら戦闘になったのだ。

 戦闘、というほどでもないかもしれない。

 小競り合い、というべきか。


「ハーハッハッハ! その棒きれはただの飾りかな!」


「……二度、忠告しました」


「うぅん?」


「今すぐに戦意を解いてください。学園に用があるのなら正規の手順取る様に。でなければ―――俺も相応の対処をします」


「生気? あぁ! 俺の気はいつでも溢れている!」


「………………俺の周りには人の話を聞かない輩しかいないのかよ」


 吐き捨て、刀を握る。

 鍔の無い、黒塗りの直刀。

 バチリと、僅かに切った鯉口にスパークが走る。

 これまで刀は抜かなかった。

 警告で済ましていたから。


「――――三度目はないぞ、鳥男」


「わはははは! 今何回目だ人間!」


 アレスを中心にしてスパークが広がる。

 赤混じりの黄色らの雷光。

 そして青年の翼の周囲が揺らめいた。

 比喩ではなく―――翼が炎を宿しているのだ。

 黄色が混じった赤い炎。

 

 ぎちり―――空気が軋む。


 アレスの端正な顔から表情が抜け落ちる。

 青年は歯をむき出しにして笑みを濃くする。

 闘争の前触れ。

 火蓋が落とされる一瞬の静寂。

 刀を握る手に、空を掴む翼が僅かに動く。


 そして。


「―――――!」


 二人の中間距離に刀が突き刺さった。

 直刀だった。

 七芒星、漆黒の刀身、銀色の刃先、オーロラのような波紋。

 刃の腹の両面に刻まれた、虹に揺らめく銀色の流線紋様。

 それに二人は動きだしを挫かれた。


「そこまでです」


 響くのは真っすぐな声。

 アレスは炎翼の男も忘れて振り向いた。

 いつの間にか遠巻きに生徒がこちらを見ている。その中央から、群衆を割る様にゆっくりと歩いてくる人影。

 彼が右手を掲げれば、


「……っ」


 直刀が浮き、その手に飛び込んだ。

 背後には鬼の姫と帝国の才女、隣には銀髪と赤コートの少女。

 

「アレス君、ありがとうございます。ここからは僕が」


「――――」


 ウィル・ストレイト。

 恋人と婚約者を引きつれた青年。

 周りの生徒たちを彼らに対して期待の目で見つめている。

 当然だ、この学園の生徒会。それもおそらく今学園で最も人気があり、尊敬される二年生主席なのだから。

 期待と栄光と愛と信頼。

 あらゆる光を一身に浴びる男。


 ――――僅かに、刀を握った指が動いた。


「アレス君?」


「…………いえ、失礼しました。ストレイト先輩。では後は任せます。皆さんと同じくらいに話を聞かない相手なのでお気を付けを」


「なるほど、ありがとうございます」


「……」


 息を吐きながら、彼らの横を通り過ぎ、


「お疲れ」


「ご苦労様です」


「怪我してたら保健室行きなよ」


 御影、トリウィア、アルマから優しい言葉を掛けられる。

 一人足りないことに疑問を思いながら、群衆を通り過ぎ、少し離れたとこから状況を見守ることにする。

 

「オリンフォス! 大丈夫か!? 先輩たち間に合ってよかったぜ!」


「アレス君、服が焼けてるよ!」


「今すぐジャケットを交換しましょう、安心してください。新品にして返します!」


「あの、いえ、問題ないです」

 

 エスカ・リーリオを始め、数人のクラスメイトに声をかけられたのは少し困った。

 自分は、何もしてないのだから。







「――――ウィル・ストレイトと名乗ったか!? 人間!?」


「えぇ! 僕がそうです、何か用ですか!?」


「そうだ! お前に用があって俺はこの街に来たのだ!」


 翼を畳み、大地に降り立った男の言葉にウィルは眉をひそめた。

 1年前鳥人族とはフォンとの一件もあって何人ともあったが知らない相手だ。

 御影やトリウィアに視線を送るが、二人とも首を振る。

 直刀を握り直しつつ、ウィルは声を張る。


「なんでしょう! これ以上の乱暴は認めませんが!」


「ランボだと!? なんだそれは、訳の分からないことを言うな!」


 いいか、と訳の分からないことを叫んだ男は吠える。


「お前が、を連れ去り!!」


「……ん?」


「あまつさえ、奴隷に……奴隷にするなど!! そして欲望の限りに好き勝手なんかあれやこれやするなど!! そんなことを! 許しておけるものかああああああああああッッッッ!!!」


「すみませんちょっと大きな声でそういうこと言うのやめてくださいあと欲望の限り好き勝手とかしていません!!!!!」


「そうだ! ウィルの欲望は概ね私と先輩殿に向けられている!」


「御影さん。ウィル君ではなくて貴方の欲望では?」


「トリウィア、君と御影の欲望がウィルに向けられているんだろ」


「なぁああああああに!?!? フォンだけではなくその3人の女まで!?」


「勝手に僕を混ぜるな! あと声が大きい!」


「大丈夫だよスぺイシアさん! 私たち分かってるから!」


「そうそう! クラスメイトなんだから!」


「そういうのありだと思います! むしろもっと教えて欲しい!」


「ティル、珊瑚、アンゼ! ちょっと黙っていてくれないか! 実技の授業始まったら覚えてろよ!」


「おのれ……おのれウィル・ストレート……! 許せん! この≪不死鳥≫のシュークェ! ≪龍の都カピタル・デ・ドラーゴ≫にて学んだ仙術にて貴様を燃やし尽くしてくれるわあああああああ!!」


「すみませんちょっとほんと話を聞いてください、あと僕はストレイトです! さっきは言えてましたよね!?」


「知るかああああああああああああああ!!」




 

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