デミヒューマンズ その2
「主っ!」
背後から聞こえた声にウィルは反射的に腰を落とした。
それはここ一年半以上の経験によるものだ。
彼女はいつも上方向から現れるから。
だからその準備を無意識にして、
「っ……!?」
真横から来た衝撃に、驚きを得た。
腕の中、いつもは短いポニーテールが解かれて乱れている。
フォンは額をウィルの胸に押し付け、震えていた。
「あるじ……私……主っ……!」
「フォン……フォン? どうしたの? 大丈夫? 何が――」
「飛べなく、なっちゃった」
「――――」
ウィルを見上げたとび色の瞳は揺れ、濡れていた。
息を呑む。
それは彼だけではなく、周りの御影やトリウィアも。
天地がひっくり返ってしまったような。
太陽が西から昇ると言われたような。
それくらいの衝撃。
この学園にいれば誰だって見ている。
空を自在に駆ける鳥人族の少女を。
なのに。
「さっき、保健室で起きて、それで、騒ぎが聞こえて、主たちがいると、思って、飛ぼうとて、そしたら、飛べなくて―――」
体が、声が震える。
普段の活発さはどこにもなく、ウィルに飛びつくのではなく、縋り付き―――地に足を付けて。
「どうしよう、私、飛べなかったら、そんな、こんな、どうして……!」
「フォン……フォン、落ち着いて。一緒に理由を―――」
ウィルが彼女の肩を抱き、囁こうとした瞬間。
「―――――気が乱れているなァフォン!!!」
上空から声があった。
「っ?」
呼ばれたフォンは僅か体を跳ね、振り向き空を見上げる。
そこにいた炎翼の鳥人族を確認し、
「………………え? シュークェ?」
「如何にもォ! 久しぶりだなフォン! 随分と様変わりしたようだが、それでどうやって飛ぶつもりだ!」
「っ……」
「……フォン、この人を知ってるの? なんかフォンを知ってるみたいだけど」
「えっ……あっ、うん」
彼女は涙をぬぐい、
「私の里にいた一人だよ」
「そう! そしてお前の兄であり許嫁であり親戚であり家族である≪不死鳥≫のシュークェである!!」
「えっ? なに急にキモ。兄でも許嫁でもないでしょ。キモ」
不死鳥が五メートルほど落下した。
●
「……フォン? なんだろう、今こんなことを君に聞くのもどうかと思うんだけど、彼が学園に無理やり押し入ろうとしてたんだけど。家族か親戚ではあるの?」
「うん、まぁ……」
フォンは鼻をすすり、肩に落ちる髪を指で弄りながら、
「ほら、鳥人族ってそれぞれに里があって遊牧生活送ってるけど、シュークェは私と同じ里の生まれだよ。私たちにとって里は家族で、みんなどっかで血は繋がってるから親戚で家族なのは合ってる」
でも、と彼女は続けて、
「別に直の兄妹でもないし、それで兄弟姉妹って言ったら全員そうなるし。そもそも私たちに許嫁の文化ってほとんどないよ」
そこで彼女は僅かに目を見開き、
「あ、主! そういうことだから勘違いしないでね!? シュークェとか会うの3年ぶりくらいだし! 昔は別にあんま気にしてなかったけど今思い出すとなんか暑苦しくて鬱陶しかったんだから! 私は主の奴隷だよ!」
「あ、うん。そこは大丈夫だけど……」
途端に元気を取り戻した彼女にウィルは苦笑しながら頷きつつ、シュークェの方を見る。
先ほどよりも高度を下げていた彼は顔中、滝のような汗を流し、
「ば、馬鹿な……! 幼き頃俺は確かに生まれたばかりのお前を抱いたお前の母から『この子のお世話は頼んだよシュークェ。なんなら嫁に貰ってもやってもいいからねはははは』―――と言われ、そうだと思っていたのに!」
「いやそれ社交辞令でしょ、本気にしないでよキモイなぁ。母さんだって覚えてないよそれ」
「ぐああああああああああああ!?」
さらに1メートルほど落下した。
●
「ふむ……鳥人族の精神状況と高度には相関性が……?」
トリウィアは新しい煙草に火をつけながら思考した。
気になるところだが、今は置いておく。
眼前、随分と戸惑っているウィル、どうも落ち着いた様子のフォン、それに顔面で『超ショック!』という感情を全力で表現するシュークェ。
「何やらすごく面白いが……先輩殿」
「えぇ、一先ずは」
シュークェには悪いが――いや別に悪いとも思わないが、大事なのはフォンのことだ。
数瞬前までかなり動揺していたようだが、同胞の発言を否定することに冷静さを取り戻したようだ。
あんな風に、狼狽したフォンを見るのは嫌だ。
そんなもの、知りたくない。
「……ふっ」
いつの間にか、知りたくないものが増えているなと苦笑しつつ、会話を見守る。
「くっ……分かった! 許嫁で兄というのは忘れよう! 俺はフォンと同郷の≪不死鳥≫のシュークェである!!!!!」
関係値が随分と下がった。
ついでにメンタルも持ち直したのか5メートルほど上昇し、
「……ていうか、何しに来たの? 学園に押し入るとか。3年前に修業とか言って里を出て、≪
「ふっ……それには深いわけがある。俺がいれば≪
「はぁ? ないないない。私がいるし、そもそも主がいたし」
「うむ……確かに≪
そこでシュークェは何かに気づき、
「ウィル・ストレイト……? 確かさっき名前を聞いたような……」
「あのー、僕のことなんですが」
「何!? お前が!?」
気づいてなかったんかい。
シュークェは一転、翼の炎を消しながら下降し始め、
「なんだと! もっと早く言ってくれなければ!」
「さっき名乗ったんですが……?」
「はははは! これは失敬した! なれば我らの恩人、どうれ我が羽を受けっとってほしい所――――――それの引き換えにフォンを奴隷にしたのか貴様この下衆が!!!!!!」
炎をまき散らしながら10メートルほど飛び上がった。
●
「おのれ、人間! フォンを恩に着せて奴隷にするとは許すまじ!」
「えぇ……まぁ……はい……」
「主! 何言いかまされてるの! 鳥人族に口喧嘩で負けたらだめだよ! 末代までの恥になるよ!」
「いや、≪
「そんなことないよ! 私は主の奴隷だよ! 超奴隷だよ! 喜んで主のいいなりになるよ! なんでもするよぅ!」
「貴様人類いいいいいい!!!」
「フォン、頼むから大声で奴隷なんて言わないで!」
「そんな! 私は主の奴隷なことに誇りを持ってるよ!」
「許さんぞウィル・ストレイトオオオオオオオオ!!」
諸々の光景を見ていたアルマは掲示板の方を確認した。
半分くらい爆笑し、半分くらい呆れている感じ。
ついでに周囲を見回せば野次馬が野次馬根性丸出しで半笑い。
御影とトリウィアも背を見る限りそんな感じで、少し離れた所で頭を抱えているアレスと目があった。
「…………」
しかめっ面で頭を下げられたので頷き返す。
「…………はぁ」
重い溜息を吐き、手の中で光弾を生み、
「ぐああああああああああ!?」
射出、シュークェを撃ち落とした。
「――――」
背の翼のせいか遠心力がついて5回転ほどしてから頭から落ちて地面に突き刺さる。
それから光弾が光の帯になってシュークェを拘束、簀巻き状態に。
その場にいた全員が沈黙し、アルマを見る。
だから彼女は、声を張り上げた。
「―――――撤収!」
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