モーニングワーク その2
「とりあえず宿題ちゃんとやりなよ。数学と歴史、苦手だからってまだ終わってないだろう? 基礎魔法もちゃんとやること。君は系統限られてるからって言って、学科知識は必要なんだから」
「はい……」
「亜人向け科目はあんまり僕が手伝えないわけだけど、そっちもちゃんとやってたよね。後は……家庭科の実習レポートもあったな。あっちは終わってる? まだ? ならまぁそれ御影に頼んだほうがいいかな。古代語は? 幸い今の範囲は亜人連合の古語だし君にはなじみ深いんじゃないのかい?」
「まぁ……って言っても古代ドワーフ語とか聞いたことないし……」
「そりゃ古代語なんだからそうだろ。魔導生物学は? あれなら君は嫌いじゃないだろ。それこそ君の故郷には色々いたんじゃないの」
「あ、うん! それならもう書いた!」
「じゃあとりあえず数学からやろうか」
「うん……」
フォンに対するアルマは、わりと手厳しいことが多い――というと、少し語弊があるかもしれない。
前提としてフォンは座学が苦手だ。
鳥人族からすれば当たり前のことで机に向かってペンを動かすというのがそもそも奇跡に近い。
それでも彼女は去年から努力をし、周りに教えてもらってなんとか座学の成績をキープしている。
大体上の中くらい。
これは奇跡の二乗分だとフォンは豪語している。
苦手な数学の問題を解きつつ、そんなことを漏らしてみれば、
「まぁ確かに頑張ってはいるね」
軽く顎を上げながら彼女は同意してくれた。
恐ろしいことにアルマは宿題を終えたようで、フォンがつまった時にアドバイスをしてくれるだけ。
「実際数人だけいる鳥人族の1年生の座学は成績落第ギリギリで、実技でなんとかって感じらしいし、そう思えば君はよくやっているよ」
「へへへ……そう?」
「うん、それは認めよう」
「わぁい」
「でも、課題終わり切らなかったら元も子もないね」
「はい……」
ぐさりと、彼女の正論が突き刺さる。
がっくりと肩を落としたフォンを眺めながら、アルマは形の良い唇を少しだけ曲げた。
「しんどいならもう少し優しくしようか?」
「…………いや、しんどくないと嘘になるけど! 頑張らないわけにはいかないよっ! 私が頼んだんだし!」
「そうかい」
くすりと、彼女は笑った。
フォンも問題に向き直る。
勉強に関して、厳しくしてほしいとアルマに頼んだのは他ならぬフォンだった。
自分が勉強が苦手なことを、フォンは入学前から分かっていた。
だから入学して最初のテストの時に彼女に頼んだのだ。
勉強を手伝って欲しいということ。
そしてなるべく厳しくしてほしいということ。
「びっくりしたけどね、最初は」
「でも、受け入れてくれたじゃん」
「そりゃあね、必死に頼まれたし」
「むぅ……今思い出すとちょっと恥ずかしい」
「それに」
「それに?」
「ウィルに心配かけたくないっていう理由は気に入ったからね」
「そりゃあ……私は主の奴隷だからね。主に勉強を教えてもらうのは楽しいけど、なるべく迷惑を掛けたくないよ」
「僕なら良いのかい?」
「うっ……」
「ははは、冗談だよ。ほら、頑張るのもいいけどサンドイッチも食べなよ。片手で食べられるようにしたんだから」
「ん……ありがと」
「どういたしまして」
言われた通りにサンドイッチを齧る。
チーズと卵、野菜に香辛料を効かせたものを軽く焼いたもの。
フォンの好きな味だ。
「……流石まるちばーす? 最高の魔術師」
「生憎これは観察眼。僕じゃなくても君の好みくらい知ってるさ。君だってそうだろう?」
「…………アルマの好みはよく分んないけどね。味が薄くて香りが強いものか、やたらめったらに味が濃いかじゃん」
「――――ふふん、いや全くだね」
軽く顎を上げ、目を細めた彼女はしっとりとほほ笑んだ。
あまり見ない笑顔の理由はよく分らない。
フォンにとってアルマ・スぺイシアという少女は主の恋人だけれど、それだけではない。
頼んだから厳しくて、けれどフォンが音を上げそうになった時少しだけ優しくしてくれて、だからこそフォンは頑張れる。
何気に、学園生活で彼女と一緒にいる時間が長いのは自分なんじゃないだろうか。
クラスも同じだから授業も受けているし、同じ宿題が出るから自然と二人でやることも多い。
ウィルと一緒だとフォンの集中が若干乱れることもあるけれど。
フォンが頑張って勉強をして、その合間に嘆息と苦笑交じりに小言を言ってくれたり、微笑んだり励ましてくれたり。
いつも世話を焼いてくれる頼れるクラスメイト。
それがフォンにとってのアルマ・スぺイシアという少女だ。
マルチバースというのは未だによく分らないけれど、そういうもの。
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