モーニングワーク その3


 それから小一時間ほどフォンの宿題は続いた。

 なるべく自力で解いて、どうしてもわからなかったらアルマに教えてもらう。

 彼女は教え方が上手いから、彼女の説明を聞くのはフォンは結構好きだった。


「ふぅぅぅぅ……あー、とりあえず一区切りだぁ」


「お疲れ様。……ふむ、結構進んだね。これならまぁ、一応間に合いそうだ。次の春休みはもっと計画的に進めるといい」


「ぐぅ……ほら、お祭りとか忙しかったし」


「ならいいけどね。昨日は祭りで色々手伝ったりはしゃいだりして疲れてるからかと思ったけど、午後も頑張るように」


「はーいお母さん」


「誰がお母さんだ。これ以上家族関係をややこしくしないでくれ」


「?」


「……こほん。気にしないように」


 軽い咳払いで何かを誤魔化していたが、気にしないと言われたので気にしない。

 勿論まだ終わっていないので午後も午後で進めないとなぁと思いながら、外の空気を吸おうと閉じていた窓を開ける。


「ふぅ」


 頬を撫でる冬の冷たい空気。

 三階から道に視線を落とし、その先に、


「あれ、主?」


「ん。御影とトリウィアもいるな」


 寮から出て行ったのだろうか。

 3人の背中が見える。

 トリウィアが寮にいたというの珍しいが、そういえば昨日は寮の食堂で5人一緒にご飯を食べた。


「どこ行くんだろ?」


「あの3人というと、春休みの入学試験についてじゃないかい? ほら、毎年新3年生が入学試験の主催するって話だろ? つまりウィルと御影だ。試験内容も2人が決めるわけだしね。色々お祭り終わったらやらないととか言ってたし」


「あぁ……確かに」


 遠く、3人の背中を見る。

 何か話しながら歩いている様子。

 当然といえば当然だが、距離が近い。

 元々そうだったけれど、御影は半年前から、トリウィアは秋から日々の距離感は近づいて、そしてもうそれが自然に見えるようになった。

 ぼんやりとその背を眺めて、


「僕らも行くかい?」


「え? でも宿題あるよ?」


「うん?」


 僅かにアルマは赤い目をぱちくりと瞬きをして、肩を竦めた。


「まぁ僕らも関係ない話ではないしね。聞いててもいいんじゃない? 君だってちょっとは外の空気吸ったほうが効率が上がるだろ。勿論、時間の様子は見て切り上げたほうが良いと思うけど」


「……アルマは、僕の使い方が上手いね」


「君は分かりやすいからね」


「むぅ、何も言えないな」


 その言葉には嫌な感じはなくて、ちょっと嬉しいくらいだった。

 けれど、アルマに良いと言われれば全く問題ない気もする。

 そうなると疲れも吹っ飛ぶという話。

 

「ようし、それじゃあ主たちを追いかけよう! アルマ、一緒に飛ぶかい?」


「あぁ? いや、僕にはマントがあるし」


「よし、捕まっててね!」


「うわ、ちょ、腕を掴むな! マント! おいマント! 早く来い! これほんとに飛ぶ奴だ!」


 慌てるアルマの手を強引に取り、窓枠に足を掛ける。

 服の内側の刺青が光って翼を広げ、


「行くよぉ!」


「自分の意思じゃない飛行はちょっと嫌なんだけど!」


 飛び出して。

 

 ―――――――


「あれ?」


「―――――フォン!?」


 そのままフォンは地面へと落下した。

 羽ばたいたはずの翼は、空を掴むことなく落ちる。

 多分、生まれて初めて。



 






「――――フハッ」


 王都アクシオスの城壁。

 それを見つめる一人の男がいた。

 端を紐で絞って開閉するタイプの筒形の革袋――ボクサーバックと呼ばれる―――を肩に引っ掛けている。

 背中が開いた変わった衣装の服。

 その背には――――

 彼は城壁を、その先の街を見据えて笑った。


「来たぞ――――待たせたな、フォン!!」


 

 

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