チェンジ・アンチェンジ その2
きぃぃぃん―――高く澄んだ音。
虹色の光が溢れ出し、肩幕をはためかせ、夜を照らす。
光が落ち着いた時、それはあるべき形を手に入れていた。
主が、名前を呼んでくれたから。
それは直刀だった。
鍔は七芒星を模し、刀身は真っすぐに伸びる黒だが、銀混じりの刃紋が虹色に揺らめいてオーロラの様にも見える。
何よりも特徴的なのは刃の腹の両面に刻まれた銀色の流線の紋様だった。
その紋様もまた刃紋と同じように虹色に揺らめいている。
黒の中の銀。そして虹色。
それを見てアルマのドレスを思い出した。
「―――」
軽く振れば、きぃんと剣らしからぬ音なる。
それは精霊の笑い声だと直感的に彼は理解した。
アース412、精霊界に住む多種多様な全ての精霊がそこには集っている。
握った柄から感じたことのない力が流れてくるのを感じた。
彼は逆らわなかった。
景と巴が自分の背後まで下がったのを確認し。
両手でしっかりと握りしめ、振りかぶる。
「ッ―――!」
≪精霊使い≫も≪槍使い≫も、もはや本能的な行動だった。
修正と水晶。二つの精霊術による防御を全力で行う。
暴力に心酔する彼女たちだったからこそ。
その刀に秘められているものを感じ取っていた。
それでもウィルはただ、思い切り刀を振り下ろす。
口から勝手に言葉がこぼれた。
「―――――≪アルコ・イリス≫」
斬撃。
極光。
奔流。
振り下ろした刃の切っ先の軌跡、それが線を描いたと思えば虹色が指向性を持った閃光となる。
ウィルが刀を振り被った瞬間、アルマが強化していなければ結界ごと吹き飛ばしていただろう。
虹色は斬撃となり、斬撃は閃光となり―――≪精霊殺し≫の修正もまた消し飛ばした。
≪槍使い≫の水晶も言うまでもない。
単純な理屈である。
修正という精霊術に対して絶大な優位性を誇る精霊だとしても。
その世界全ての精霊が宿った虹に対して修正が追い付かなかったのだ。
究極の質と究極の量。
今回は究極の量に軍配が上がった。
或いは理不尽な光景。
転生者が持ちうる才能。
それゆえに―――チートと呼ばれるのだろう。
●
「…………虹の橋、ね。北欧神話か」
館の窓際に腰かけてウィルが全てを薙ぎ払うのを見ていたアルマは軽く顎を上げながら呟いた。
「いや、詩の方かな?」
「えぇと……おとぎ、話なんですが……ふぅ……よかった……」
「ご主人様、無理に立たないように」
「ありがとう……ございます」
「お疲れ様」
クロノは疲労困憊でアルカに支えられてなんとか立っているという状態だった。
三日前からほぼ不眠不休で刀の研磨を行い、今朝襲撃を巴と景が予感してからはさらにペースを上げてそれでも間に合わず、戦いの中でやっと完成させたのだ。
彼は息を整えつつ、
「こっちではわりと有名な話ですね。あるきっかけで人間と契約が解除された精霊が精霊界から元契約者を見守ってるという。きっかけに関しては色々バリエーションがあるんですけど……あれ、もしかしてアースゼロにもありました?」
「あるよ。飼い主とペットの詩だけどね」
「……」
なんとも微妙な顔をしていた。
アルカはむしろ納得していた顔をしていたが。
「さてと、あっちに行こうか」
窓から直接外に降りたアルマはついでのようにパチンと指を鳴らす。
「おっ? おぉ……なんか元気が湧いてきました」
「とりあえず三日前の肉体に時間を戻しただけさ」
「だけ……?」
「時間の大精霊でもそんな簡単にはできませんよ、アルマ様」
「僕だからね」
肩を竦めながらウィルたちの下に向かう。
行けば巴と景が≪精霊殺し≫たちを縄で縛っている。
あの極虹に飲み込まれてちゃんと生きているのは、≪ビフレスト≫に宿る精霊がウィルの意思を汲んで殺さなかったということだろう。
「や、お疲れ」
「あ、はい! クロノさん、これ凄いですね!」
「へへ……」
「ちょっと凄すぎますね!」
「はい……」
「ほんとだゼ、後ろから見てたけどめっちゃびびっタ」
「全くでありますな」
「初使用で完全に箍が外れてたね。非殺傷にはなってたみたいだけど」
「精霊さん? ちょっとどういう意思なのか分かんないですけど、なんか凄いテンション高いのは伝わってきます。具体的に言うと知らない知識を前にしたトリィみたいな」
「それは……やばいね。あんな威力になるわけだ」
「おほ~」
「落ち着けヨ姉さん。縛りが緩んで……ないけド。なんで気持ち悪い声出しながらそんな手際よく拘束できンの?」
「できないでありますか?」
「できネーよ」
やれやれと首を振りながらも二人の手は淀みなかった。
全員まとめて縛り上げ、一か所に集める。
「クロノ、こいつらどーするんであります?」
「憲兵ですかねぇ。あっちこっちで指名手配されてますし」
「ふぅん」
「にしても、随分テコらずらてくれたなァ。こいつ、ちょっと顔くらい拝んで――――うっげェ」
「どうしたでありますか、とんでもない不細工でありました?」
これ以上ないくらい顔を歪めた景に視線が集まる。
彼が見ていたのは顔が露わになった≪精霊殺し≫だった。
フードの下から零れたのは簡単にまとめた濡れ羽色の長い黒髪。
顔立ちは二十代半ば頃、鋭利な顔立ちの美女だ。
巴のいうとんでもない不細工ではない。
皆が首を傾げる中、アルマは少し笑っていた。
「アー……ほら、ウィル、クロノ。俺のアースの≪ネオン・キラー≫の話したよナ」
「はい」
「はい」
「………………同じ顔シてんだけど」
「えぇ!?」
「えぇ!?」
「わはは、同じような反応で声ないとどっちがどっちか分らんでありますな―――それで? どなた?」
「……………………複雑ナ関係」
「はーん、モテモテでありますな」
「ご主人様、こうなってはいけませんよ」
「ウィルは……まぁもう遅いか。顔を見て呻く様なことにならないだろしね。彼みたいに」
「うぉぉぉ絶妙に評価ガ……! …………どーゆアレだヨ」
「なにって、
「……」
「それでも会うってことはよっぽど縁があるんだろうね?」
「………………」
微妙な顔がさらに深まる。
事情を知ってか知らずかアルマは苦笑していたし、巴はよく分らないけどとりあえず笑っておいた。
ウィルはなんとも言えない感じ。
他人事ではないかもしれない。
誰も何も言わなさそうだったのでクロノは息を吐き、
「まぁ、終わらせるきっかけってことじゃないですか、景さん?」
「……」
「或いは、始め直しても」
「……はァ」
彼の言葉に景は息を吐き、頭をくしゃくしゃと掻いた。
「そんなもンか?」
「えぇ。そう思いますよ」
モノクル越しにウィルとアルマを見る。
当然のように隣に、寄り添い合う様に立つ二人。
或いは彼が握る虹の刀。
隣に控えるアルカを見る。
ずっと自分に寄り添ってくれる相手。
魂まで溶け合った自らの半身。
巴を見る。
彼女は面白そうに見ているけれど、その左手の薬指には指輪が嵌っていた。
質素だが、ぴかぴかに光る指輪。
彼女の過去は知らないけれど、あれだけの技術を持つ軍人が家庭を持つというのはつまりそういうことだ。
「変わることも変わらないことも大事だと思います。それが自分で選んだことならば」
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