チェンジ・アンチェンジ その1
よく分らない攻撃で仲間が1人戦闘不能になり、よく分らないことを叫んだ女に対して残った二人の判断は早かった。
「―――」
≪槍使い≫はその槍の柄を地面に叩きつけ、≪精霊殺し≫は前に出たのだ。
言葉はやはり無かった。
彼らは暴力の心酔者だ。
好き勝手戦うことを願い、そのためにあらゆる訓練を受けている。
例えば今回のような暗殺の場合は、何があって言葉を漏らさないように暗示まで掛けている。
そしてそれは味方が倒れても、敵が未知の相手、未知の攻撃手段、意味不明なことを言っていたとしても同じだ。
「―――ッ」
≪槍使い≫から零れる呼気。
瞬間、ウィルたちと≪精霊殺し≫の間に何本も水晶の柱が視界を塞ぐように突き出した。
攻撃の為ではない。
「―――」
≪精霊殺し≫が飛びあがるための足場にするものだった。
つるつるとした垂直壁面を当然のように何度も跳躍し、一気に距離を詰め、
「スルーとは冷たいなァ!」
「!」
目前、フレームウィングを広げた景が出現する。
ガスマスクやガントレット、全身のチューブはこの世界の技術はまず存在しないもの。明らかに自然光ではない蛍光色の翼。
怪人、とでも呼ぶべき異形。
手に握っているのはネオンブルーの超低温のブレードだ。
≪精霊殺し≫はほんの一瞬、その異形に目を細めた。
景はマスクの裏で歯をむき出しにして笑っていた。
同時に刃が振るわれる。
「うおっ!」
「―――!」
驚きは二つ分。
景は自らの体に流れ、武器に用いるネオニウムが一部機能停止し体勢を大きく崩したから。
≪精霊殺し≫は自らの修正の精霊術を使ったにも関わらず目の前の怪人が落ちなかったから。
片や一つの世界のエネルギーの根幹を担うもの。
片や一つの世界の魔法を無効化するもの。
異なる世界法則がぶつかり合い、結果ネオニウムの修正は本来の半分程度の効果だった。
「っ……おっ」
ずるりと景の体が落ちる。
フレームウィングの光が点滅し、飛行を維持できなくなったのだ。
≪精霊殺し≫は態々それに追撃しようと思わなかった。
水晶の柱を足場にし、落ちかける景は無視。
暴力を振るうことは望むけれど仕事はする。
≪信念無き指≫はそういう者達だ。
だから真っすぐにウィルたちの背後の屋敷にいるであろうクロノへと向かおうとして、
「だから」
既視感を≪精霊殺し≫は感じた。
「スルーすんなって!」
「!?」
斬撃。
思わず双剣で受け止める。蛍光色はなかったが、衝撃はあった。
弾き飛ばされながらも彼女は見る。
異形の怪人の足元に黄色と緑のリングが浮かんでいることを。
そして地面、黒衣の少年が手を掲げていたことを。
「助かるぜェウィル!」
「いえ!」
ウィルの右手の人差し指には光を放つ指輪が。
複雑な文様のような細工がされたそれはアルマから貰ったものだ。
アース111の魔法理論と≪全ての鍵≫を一時的に、劣化はあるものの再現できる。
クロノによる剣の打ち直しが≪精霊殺し≫の襲撃に間に合わなかったので苦肉の策でもある。
故に単純な戦闘力に関して今のウィルは期待できない。
けれど、できることがないわけではないのだ。
「≪
拳を握る。
指輪が輝き、手の甲に紋章が。
「―――≪
彼の血統が、世界を超えても力になる。
「ハッ! こいつはアドだゼ!」
「うおー! 次やる時はウィルとトリウィアさんとしてるところに混ぜて欲しいであります!」
景とさらっと推しの間に挟まろうとする巴とウィルの思考が直結する。
意識共有。
トリウィアと行った時のような能力の共有までは関係値と術式劣化の都合起こりえない。
それでも思考をリアルタイムで繋げるだけでも十分だ。
「サポートするので、よろしくお願いします!」
「勿論!」
「了解であります!」
戦闘が本格的に開始する。
異形の翼を広げる景。
重力とそれによる弾丸を放つ巴。
二人を随所でサポートするウィル。
水晶を時に武器に、時に防御とする≪槍使い≫
そして、≪精霊殺し≫だ。
戦いは、やはりというべきか≪精霊殺し≫を中心に展開する。
この場で誰が一番強いのかと問われればそれは間違いなく巴なのだろう。
彼女の重力操作は極めて強力かつ応用性が高い。
そもそも本来であれば、広範囲に人間が圧壊するほどの超過重を掛ければいいだけの話。かつてのクリスマス、巨人化したゴーティアの動きを止めることさえした彼女はそれができた。
それを選ばなかったのは彼女なりの理由がある。
或いは景が致死性ではなく麻痺毒の罠を張った理由も同じだ。
ウィル・ストレイトの前で、誰かを殺したり、死ぬところも見せたくなかったのだ。
誰かの命を奪うということ。
きっとそれはある意味この世で最も理不尽なことなのだ。
どんな理由があったとしても、それは揺らがない。
どれだけの虚飾で飾ろうともその中心はブレてはいけないのだ。
景も巴も、そのあたりの感覚は麻痺してしまっている。
二人とも誰かの命を奪って動く心はもう持っていなかった。
誰かを殺してその人生を奪うということ。
誰かを殺してその人の家族や友人からその人を奪うということ。
新島巴も景・フォード・黒鉄もそれができる。
できてしまう。
そういう人生を送ってきた。
だからそれはある意味では押し付けにも等しい願いだったのかもしれない。
命の奪い合いなんて、彼には経験してほしくない―――そんな部外者故の身勝手な願い。
アース111のことを考えれば難しいだろうし、十分に起こりうるだろうけど。
きっとそれは、今ではない。
そんな祈りが二人から殺意を損なわせていた。
そうでなくても≪精霊殺し≫の修正は強烈だった。
景のネオニウムも巴の重力操作も完全無効化とは言わないまでも半減は確実に行う。
≪槍使い≫もそれを解っているので割り切って彼女のサポートに徹していた。
≪精霊殺し≫も、クロノを殺す為には景たちを斃さないとダメだと判断したのだろう。
修正の精霊術をばら撒き、ネオニウムと重力操作の機能不全を引き起こしながら決定打にならなかったのはウィルによる意識共有により互いをフォローしていたから。
そして拮抗が生まれた。
時間にすれはほんの数分。
その数分は何時間も続くのではと思うような、奇妙なくらいに釣り合った均衡だった。
しかし、釣り合った均衡というものは僅かな干渉で崩れる。
「――――!」
兆しは、突然館の方へ振り向いたウィルだった。
無防備とも言える行動に≪精霊殺し≫たちがすぐ襲おうとしたが当然それは巴と景によって阻まれる。
数秒、彼は中空を見つめ。
その右手を掲げた。
そして、それは来た。
●
棒状の物体だった。
屋敷の中から窓をぶち破って高速でウィルの下へ飛来する。
まるで主の下へ飛びつく様な飼い犬のように。
そうあることが自然と言わんばかりにウィルの掌に収まる直前で勝手に減速、吸い付くようにウィルの手に収まった。
「お待たせしましたぁあああああ―――!!」
同時に館の中から聞こえて来た声。
「ありがとうございます!」
礼を叫び返し、前を向く。
どうするべきか、知らなかった。
だが、それを握った瞬間どうするべきか分かった。
握ったそれが、教えてくれたから。
極彩色の棒に見えた。
柄は何かの革が巻かれ、握り心地が非常に良いが鍔から先は剣には見えない。
だがそれは剣だった。
ウィルの父が握り、二年ほど前に託された剣だった。
握った瞬間それを理解した。
銘はなかった。
だが今はあった。
やはり握った瞬間、剣が教えてくれたから。
だから、名前を呼んだ。
契約のように。
友の名を呼ぶように。
枷に掛けられた鍵を開ける様に。
意志を込めて、真っすぐに。
「―――――≪
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