【クリスマス特別編】ウィル&アルマ――クリスマス・プレゼントーー その2



「ん――」


 その時アルマは、なんてウィルを慰めようかと思っていた。

 気にしなくていいと言って、気にしない性格ではない。

 彼は、彼の中の判断の基準が明確に線引きされている。

 自分が良いと思うことは良いし、悪いと思うことは悪い。

 そして今回の件はどれだけアルマが気にしなくてもウィルは気にすると思った。

 よく考えればアルマ自身も無意識に自分の誕生日に関する話題を避けていた気がするし仕方ないとか、そういうことを言おうと思っていた。

 けれど彼は白い息を一つ吐いて、


「アルマさん、今からちょっと勝手なことを言うんですけれど」


「……今更君の我がままで驚く僕じゃないよ。それで?」


「ありがとうございます……それじゃあ、まずはこれをどうぞ」


 スーツの内側から取り出したのはラッピングされた細長い小さな箱。


「クリスマスプレゼントです」


「へぇ……驚いた。この世界、クリスマスにイベントはあってもプレゼントを贈る習慣はなかったよね」


「えぇ、まぁ」


 建国祭を決めたのは初代国王だったけれど、プレゼントの習慣はない。

 おそらく、習慣を作りたかったけれど作れなかったんだろうなとアルマは予想している。

 国同士の関係や経済、治安が落ち着いた今ならばともかく、建国直後は民全体にそこまでの余裕はなかったはずだ。

 数年かけて、それこそこれから出来上がるのではないかと思っている。


「ふむ、困ったな。僕は用意してなかったんだが……開けても?」


「勿論」


「ありがとう」

 

 箱を空ける。

 重くはなかった。

 中にあったのは、


「これは……万年筆かい?」


 艶の無い黒地に二つの銀の糸が螺旋を描く様な装飾がされた万年筆。

 手に取れば少し小さくアルマの手にも握りやすい。


「えぇ。アルマさん、いつも色々なことをメモしているので。……元々、アルマさんには貰ってばかりですから。何かちゃんとしたものを送りたかったんです」


「全く、そんな気遣いはいいのに。いや、ありがとう。これは嬉しいな、使わせてらもうよ」


 胸の前、小さな両手で万年筆を握り、アルマはにっこりとほほ笑んだ。

 花がほころぶような、年頃の少女みたいに。

 ウィルの頬がうっすらと赤くなったけれど、自分の頬も赤くなっているだろう。

 照れているのではなく、嬉しいからだ。

 ウィルはきっと照れているのだけれど。


「えぇと……こほん。それからもう一つ、さっきの話なんですけど」


「ん」


「アルマさんは誕生日がないということなら……今日が誕生日、なんてどうですか?


「…………ん?」


「去年、アルマさんが僕に会いに来てくれました」


 ウィルは真っすぐにアルマを見つめていた。

 意志を秘めた黒い瞳。

 

「僕に希望をくれました」


「んんっ」


「あぁ、ごめんなさい。揶揄ってるわけではなくて」


「解ってるよ。……それで、今日が僕の誕生日?」


「はい」


 首を傾けて彼は笑う。


「生まれた日を覚えていなくても、アルマさんがこの世界に来てくれた日で、僕とアルマさんが初めて出会った日です。だったら誕生日にするならぴったりじゃありませんか?」


「………………」


「こっちの世界……というか、実家にいた時はあんまり誕生日とか意識してなかったですけど、学園に来て実際に祝ってもらって嬉しかったですから。だからこれから、アルマさんと生きていく上で、何度でも、お祝いしたいなって、思うんです。今更って感じですけど―――わっ」


 ぽすんと、小さな音がした。

 それはウィルの胸にアルマが頭を乗せた音だった。


「……アルマさん?」


「君は……」


「は、はい」


「…………全く、ずるいね」


 顔を上げた時、アルマは―――泣いていた。


「え、えぇ!? す、すみません! ふ、不快にさせてしまいましたか!? そんなに嫌だったなんて……」


「馬鹿だなぁ、嫌なわけないだろ。これは……ふふっ、嬉し泣きってやつだよ」


 ぽろぽろと涙をこぼしながら彼女は笑っている。

 

「………………えぇと」


「ん?」


「いえ、その。アルマさんが泣いてるところ、初めて見ました」


 そのアルマはウィルの知らないアルマだった。

 掲示板で尊大に振る舞う彼女でもない。

 ただの少女のようにウィルと生きる彼女でもない。

 御影の勢いに押されている彼女でもない。

 トリウィアに魔法を教えている彼女でもない。

 フォンの級友として授業を楽しんでいる彼女でもない。


 きっとそれは、いつか、穴倉で。

 なんでもできるかもしれないけれど、なんでもはできない少年となんでも知っているけれど、なんでもできるとは限らない少女が。

 二人なら何でもできると笑っていた時のアルマだ。


 ウィルでさえめったに見れない―――アルマ・スぺイシアの一番深い所。


「…………確かにね。そういえば、びっくりだ」


 最後に泣いたのは――――いつだろう。

 それを彼女は覚えている。

 けれど、思い出したくない。

 を彼に知られたくなんてない。

 

「お誕生日、おめでとうございます。生まれてきてくれて……僕と出会ってくれて、ありがとうございました、アルマさん」


 でもきっと。

 その時に泣いた少女は今、救われたのだろう。


「あぁ……うん。ありがとう、ウィル」


 胸いっぱいに気持ちが溢れて月並みの言葉しか言えなかった。

 固く掛けられた心の鍵が開いているように。

 ねぇ、ウィル。

 君はどれだけ僕が喜んでいるのか解らないだろう。

 解らなくていい。

 解る必要はない。

 ずっと知らないでいて欲しい。


 けれど雪降る夜の下、少女がありったけの優しさと愛しさを込めた口づけをした意味を少年は知っていたのだ。

 


 

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