ボーイズ・トーク その1


 クロノが前世を思い出すと、いつも鼻の奥で鉄と油の匂いがする。


 大きな戦争の復興が一段落付き、景気が華々しい世の中。

 彼は田舎の町工場で生まれた。

 世の中がどんどん自動化、ロボットを導入して効率化を図る中、とことん手作業にこだわる昔ながらの職人だった。

 いつかクロノになる少年は火傷が多い、油に汚れた父の手が好きだった。

 それなりに良い進学校から工業系に明るい大学に進学し、機械工業を学んだのは父の負担を減らしたかったから。

 

『俺はこの手は好かんな』


 頑固な父は頑固な顔で、彼の話を聞いてそう言った。

 

『だが、そうだな』


 固く結ばれた唇が僅かに歪んだ。


『変化は必要だ、どんな時にもな。お前がそうなら、いいだろう』


 控えめな父の珍しい笑いが印象的だった。


 結局、機材搬入中の事故で死んでしまったのだから何とも言えないが。


 二人目の父は、いつも紙とインクの匂いがした。

 クロノは転生の際に特別な特典は与えられなかったが、ラザフォード家は幸いにも裕福な商家だった。

 ついでにいえばアース412には世界を滅ぼす魔物はいなく、魔王も勇者もいない。

 いるのは精霊だけ。

 二人目の父は一人目の父とは違い柔和な人だった。

 精霊術と機械工業を併用し、大量生産の仕組みを試そうとした時も止められなかった。


 ただ、やってみるといいとほほ笑みながら背中を押してくれた。


 結局失敗したのだけれど。

 人に寄り添い、人の想いを糧にする精霊が、人の手間を介さないものを受け入れるわけがなかったのだ。

 便利だからだ普及するなんて考えは甘いにもほどがあった。

 母は心配していたが、父はやはり笑っていた。


『変化はするべきものはある』


 10歳になったばかりの自分の頭を、インクの匂いが滲む手で撫でながら父は言った。


『けれど、変わらない、変わってはいけないものもあるんだよ』


 いつもと変わらない笑みが、何故か前世の父に被った。

 結局のところ。

 二人目の父の言う通り、やり方を変えて。

 一人目の父のように、全て手作業で。

 精霊の肉体を作ってみたらうまくいってしまった。


 人生何が起きるのかわからないものだと、クロノは思った。

 転生者が言うことではないけれど。







 しゃー、という音が作業部屋に何度も響き渡る。

 それは作業台に置いたウィルの剣だった結晶棒に直接砥石を滑らせる音だ。

 勿論クロノが行っている。

 質素なズボン、腕まくりをしたシャツは少し汚れており如何にも作業着と言った感じ。

 まだ幼いと言っていい彼だが、腕は意外と逞しかった。


「剣を鍛えるっていうと」


 となりに同じような、しかし新品に近く汚れの無いシャツを着ているウィルは小さく首を傾げる。


「炉で熱して、ハンマーで打つイメージでしたけど、砥石なんですね」


「それでもいいですけどね」


 クロノは砥石を滑らせる手を止めずに答えた。


「この結晶、色ごとに微妙に硬度が違いますね。炉で高温で変形するまで熱するとへんな穴ぼこになりそうです。砥石……というより似た性質の結晶石なんですがこれで少しづつ研磨して成型する方が確実です」


 しゃー、という小気味のいい音と共に色とりどりの砂が作業台に零れていく。


「それに手間という意味では非常にかかりますしね。そういう意味でも精霊にとって都合がいいんですよ」


「なるほど……ありがとうございます」


「いえ。当然のことですから」


 もう二時間近くクロノは結晶棒を削っており、表面の凸凹は消えている。

 間に少し休憩を入れたとはいえ大した集中力だ。


「とりあえず第一段階ですね。ここからちゃんと剣として成型しますけど、希望の形はありますか? 前と同じなのか、少し変えるか。勿論ウィルさんに最適化しますけど」


「希望の形っていうと……」


「分かりやすいのは重さとか重心とか、長さですね。最近は使用頻度は減っているようですし使いやすい様に短剣にしてもいいですし。鍔の形とか、ワイヤー仕込んだりとかできますね。それこそ先輩さんみたいに」


「トリィみたいな武器の使い方は、できる気がしませんね」


 ウィルは苦笑し、


「うーん……そうですね。あんまり思いつかないですけど……」


「後は……例えば片刃にして、刀ににするとか」


「………………刀」


 刀かぁと、ウィルは思った。

 刀は、わりとくすぐられるかもしれない。

 自前の剣や武器生成ができたから態々貰わなかったけれど。

 それでも刀はかっこいいと思う。

 アレスの鍔無しの直刀とかかなりかっこいいと思う。

 あれで抜刀術使いなのだから。

 かなりロマンだ。


「アリ……ですねぇ」


「おや、ありですか。なしかと思いました」


「だってかっこいいですし……」


「確かに……」


「楽しそうな会話してンなぁ」


 ひょっこりと並んだ棚から現れたのは景だ。

 ウィルやクロノと同じようなシャツを、胸元までボタンを開けて着崩して鎖骨をさらしていた。

 腕にはいくつかの瓶とその中の植物。

 

「これ触っていいンだよな?」


「えぇ。お好きにどうぞ。いくつか毒性のあるものもありますが……」


「俺には関係ないナ」


「でしたね」


「あ……薬物耐性」


「そうそウ」


 作業台の椅子に腰を掛けつつ、景は笑う。

 口端を歪めた、ヘラヘラとした力のない笑い方だった。


「俺の転生特権は毒とか薬とかのデメリット……アルマが言うには体の負担になるような副作用の無視らシい。だから、どんな毒でも意味はないし、薬効だけ受け入れらレる」


「羨ましいですね、それ。随分と便利でしょう」


 クロノの手は止まらず、会話は続ける。


「まァな。実際俺の世界じゃ滅茶苦茶有用ダ」


 景・フォード・黒鉄。

 ネオニウムという宇宙由来の薬物をその身に受け入れる者。

 様々な効果を引き起こすネオニウムは肉体に、精神に異常を及ぼす。

 だが、彼はどれだけ摂取しても問題はないし、それを逆手にとって過剰なまでにネオニウムを体に受け入れ、改造している。

 故に――≪オーバードーズ≫。


「しかしヨ、ウィル、クロノ」


「はい」


「はい」


「……お前ラ、一緒に口開くとセリフと口調だけじゃどっちかわかンねぇな……まぁいいけど。今アルマとアルカも、ついでに巴の姉さんもいねーだロ?」


「言われてみるとアルマさんもアルカもよく似てますね……それが?」


「えぇと、アルマさんは書庫で、アルカさんは家のお仕事で、巴さんは屋敷や周囲の地形確認をされていますね」


「つまり――――ボーイズトークってわけダ」


 

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