オーバー・スピリット その3


「アース111の系統魔法は使えないなら、逆に精霊魔法は使えるはずだ。その為の呼石だね。ほら、早く進めて」


「はい!」


「ふふふ……それでは。ウィルさん、手を」


 クロノが長剣の上に呼石を置き、その手の上に手を置くように促す。

 その通りにした。

 二人以外は少し離れる様に促され、やはりその通りにした。


「アルカ」


「はい」


 ウィルの手の上にアルカが手を翳した。


「呼石は、それ自体は精霊しか使えません。人にはただの石ですが」


我々セイレイにとっては―――門になる」


 アルカの翳した手から金色の粒子のようなものが生まれた。

 そして彼女はそのまま言葉を紡ぐ。

 それは詩だった。


「全ては細やかな粒より始まり、火の蜥蜴、水の巫女、風の旅人、土の鉱夫を巡り―――人の手へ」


 ウィルの手の周囲で光の粒子は火、水、風、土となり、円を描きながら彼の手を通る。

 暖かさも冷たさも、或いはものに触れた感覚もなかった。

 ホログラムのような光景は呼石に集まり、さらには剣に到達してぼんやりとした光を生む。


「愚かな子、賢き子、憎き子、愛しい子」


 詩は続く。

 奇妙な韻を踏んだそれはアルカの静かな声と共に広がった。

 四つの元素が再び粒子となり、ウィルの、呼石の、長剣の周囲を囲むように渦巻いていく。


「出会いに軋み。軋みが軋轢を。軋轢が痛みを生むのを是とするなら―――門を開けよ」


 剣と石と手を中心に光が弾けた。

 目もくらむ虹色の閃光。

 音はない。

 誰もが一瞬目を伏せ、そして見たものは、


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………」


「…………………………あの、クロノさん」


「…………………………はい」


「精霊の契約って、こうなるものなんですか?」


 視線が集まった先。

 それはになった何かだった。

 剣の表面、鞘ごと虹色に煌めく水晶が突き出し覆われている。


「………………いえ、初めて見ました」


「………………」


「………………」

 

「あああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!? 父さんから貰った剣がああああああああああああああああ!!!!!」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!! 何でもします!!!!!!!!!!!!!!!」







「私としても初めて見ましたが」


 完全に剣として使い物にならない、ただの水晶の塊になった物を見据えながらアルカは言う。

 クロノは頭を抱え、ウィルは困ったように首を傾げ、そしてアルマでさえ眉をひそめて腕を組んでいた。


「間違いなく、大精霊ビノ・デ・パゴが来ました。来ましたが……これは」



 短く銀髪の少女が呟く。


「はい。ウィル様の特権によるものでしょうか。通常、1人と契約する精霊は1体です。ですが……おそらく大精霊ビノ・デ・パゴのほぼ全てが門を抜けようとし、それで無理が起きてこのような状態になったかと……」


「全てって、大丈夫なのかヨそれ」


「精霊には個というのが曖昧です」


「どういう意味であります?」


「個体概念が曖昧なんだ。大本の精霊がいて、人間と契約して個体認識を得る。そういうことだろう?」


「はい。私自身、精霊界に本体と呼ぶべきものがいますが、自己認識はもう別ですね。人と契約しなければ精霊は人間界に干渉できません」


「……えぇと」


 迷う様にウィルが口を開く。

 彼は悲しんでいるわけではなかった。

 それでも、戸惑っているのは言うまでもない。


「この剣は……もう使い物にならない感じですか?」


「いいえ」


「いいや」


 応えたのはクロノとアルマだ。

 クロノは真剣味を帯びた表情で、アルマは相変わら眉をひそめたまま。

 彼女が顎を軽く上げて、クロノの言葉を促す。


「現状、剣に宿った精霊……いわば情報量が多すぎて形が歪になっています。だからその形を整えれば剣としては言うまでもなく、精霊術の媒介とできるはずです」


「あぁ、よかった。なら、申し訳ないですけどそれをお願いできますか? 流石にこれで手放すのは……」


「ウィルさん」


 モノクルの少年は真っすぐにウィルを見た。


「……責めないんですか?」


「どうしてですか?」


 ウィルはその視線を受け止めながら苦笑する。


「別にクロノさんが悪意でこうしたわけでもない事故ですし。僕が責める理由はありませんよ。こんな言い方は良くないかもですけれど……この剣が大事なのは剣だからではなく、父さんから貰ったということですからね」


「謝るべきは僕だ」


 苦々しげに彼女は呟いた。


「ごめん。君の特権を甘く見ていたな。こうなるのを予測するべきだった」


「いいんですよ」


 もう一度、ウィルは苦笑を漏らした。

 そう、ウィルにとって形が変わったということは大した問題ではない。

 驚いたけれど、剣として復活するなら、まぁいいかという範疇だ。

 大事なのは形ではなく、想いだから。


「アルマさん」


「……うん?」


「アルマさんが気にしてくれるのは嬉しいですけれど、貴女が落ち込むのはちょっと……いえ、とても悲しいです」


「――――――」


 言われた言葉に、彼女は真紅の目を大きく見開いた。

 それからうつむき、顎を上げ、そして長く息を吐いた。

 

「……全く、君ってやつは」


 彼女は小さく笑う。

 先ほどウィルの背中を押したと思ったらこれだ。

 アルマがウィルを励ませば、すぐにウィルは前に進む。

 そういうところが好きなのだ。


「クロノさん」


「てぇてぇ……あ、はい? なんでしょうか」

 

「剣、お願いできますか?」


「勿論です!」


 返事は即答。

 少し前まで顔を青くして頭を抱えていた少年はもういない。

 生ウィルアルでエネルギーは限界突破だ。


「こうなったのは僕の世界によるものです」


 だったらと、彼は笑う。

 その笑みは少年の笑みではなかった。

 職人の、それだ。


「作りましょう―――ウィルさんの為だけの、ウィルさんの専用武器を」


 

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