ウィー・ウィル・ロック・ユー その2



「……何を言うかと思えばそれですか」


 呆れつつ、トリウィアとウィルはぬかるんだ地面に着地する。

 五階建ての建物丸ごと変換したが、先刻の雨による水は適応外らしかった。

 酒倉や調理室も巻き込んだのだろうか、いくつかの液体の、特にアルコールの匂いも漂っている。

 宿屋の礎ごと消え去り、晒された泥を踏みしめる。


「まぁ美人なのは確かですけど。……何同意してるんですか後輩君」


「……いえ、客観的にぼんやり思っただけです。先輩が言ったんじゃないですか」


「そこは」


「先輩の方が御綺麗ですよ」


「…………いいでしょう」


「何を妙な会話を!」


 彼女が四本づつの腕を使って握っていたのは二本のハンマーだった。

 先ほどよりも数は減ったが、それは宿丸ごと圧縮した超密度の鉄槌。

 振り下ろせば人間なんて簡単にひき肉になる。


「どうやって避けたかは知れないけど、銃がダメなら直接ぶちのめしてあげる……!」


「できもしないことしか言えないのですか?」


「ぶっ殺す!!」


 八腕双鎚が迫る。超高密度、数トンはあるであろうそれを腕四本で持ち上げるのは流石と言える。

 

「でも――」


「――それだけ」


 二つの口で、一つの言葉。

 揃った足並みで一歩踏み出した。


 そしてウィル・ストレイトとトリウィア・フロネシスのダンスが始まる。


 ウィルは再び無手掌底。トリウィアは双剣に。

 ヘファイストスを中心にして彼女の破壊を流れる水のように二人は受け流す。


「――――あはっ」


 僅かでも掠めれば、死ぬであろう状況においてしかしトリウィアから笑みがこぼれた。

 だって、今この状況があまりにも未知で、楽しくて、幸福だったから。

 その気持ちがウィルと同じだと解ったから。


 『≪外典系統アポクリファ≫・我ら、七つの音階を調べ合おう ἀ ν δ ρ ε ί α ・ σ υ μ φ ω ν - ί α


 言うなればそれは『調和』であり『共鳴』だ。

 アンドレイア家の直系として素質を秘め、ディートハリス・アンドレイアの外典系統を受けたことによって覚醒したウィル・ストレイトの外典系統。


 即ち、彼にとって大切な、幸福と定めた相手との意識共有。


 対応する相手は天津院御影、フォン、アルマ・スぺイシア、そしてトリウィア・フロネシス。

 

「――――」


 頬の緩みが抑えられないし、思わず顔が火照る。

 今、何考えているか全てお互いに伝わってしまっているから。

 彼が自分を幸福と定めてくれたことが嬉しくて、その嬉しさが彼に伝わっていることが照れくさくて。

 今トリウィアはウィルの全てを知ることができた。

 でも、なぜだろう。

 不思議だな。

 あれだけ知りたいと思っていたのに。

 いつもなら、知ってしまえば満足してたのに。

 なぜか満足できなくて。

 これ以上ないはずなのに知りたくて。

 知れなくても、それはそれでいいのかな、なんて思ってしまって。

 知らなかった。

 「知りたい」の先に、こんなものがあるなんて。

 ただ、彼と溶け合ったこの瞬間があまりにも暖かい想いに溢れていた。

 この思考も全て筒抜けなのに、やっぱりそれでいいかなとか思っている。

 彼に婚約を持ちかけたのは失敗というのは後から気づいたが、成功の方法はあまりにも簡単だった。

 全く本当に自分は要領が悪い。

 何度も失敗しないと成功に辿りつけないのだ。


「――あはは」


「……ふふっ」


 二つの蒼と黒の視線が交わり、トリウィアは笑い、ウィルも苦笑する。

 

「何を気持ち悪い笑いを……!」


 それに挟まれてたまったものではないのはヘファイストスだ。

 当たれば肉塊に変えられるのに。

 八本の腕を使っているはずなのに。

 至近距離で立ち回りながら、何度振るっても当たらない。

 意味が解らない。

 そして、どうしていいのかヘファイストスには解らなかった。

 一心双体となった二人への対処方法なんて解らない。

 解らないということは。

 知らないということだ。


「今すぐにそのニヤケ面をぶち壊して……!」


「あぁ、まだそんなことを言ってるんですか―――貴女はもう、終わりですよ」


「っなにを―――――!」


 何度目かの叫び。

 そして答えはすぐに表れた。

 ウィルとトリウィアが同時に離れ、


「!?」


 幾筋もの水流がヘファイストスを包み込んだ。

 それら彼女に纏わりつき、粘液を剥がし、巨大な水球となって包み込み、浮かんでいく。

 

「がぼっ……!」


 ≪鐵鋌鎬銑ウルカヌス・ハンマ≫は――――発動しない。

 それをウィルとトリウィアは知っていた。


「それは、固体にしか適応されない。宿を丸ごと変換したのに、液体は変わっていない。単純な、観察眼ですね」


 水球は二つ、リボンのように繋がる場所があった。

 トリウィアの銃と、いつの間にか手渡され握っていたウィルの銃、それぞれの銃口。

 ウィルの右手とトリウィアの左手。 

 そして空いた手は、


「――――」


 まず五本の指同士が触れ合った。


「さぁ、ウィル君。私たちで―――」


「――――あっと言わせて見せましょうか」


 それから指を絡め合い、握りしめ、


『――――共鳴魔法シンクロマジック!』


 銃を水球に囚われたヘファイストスへと突き付ける。

 ウィルの外典系統による恩恵は意識共有だけではなかった。

 互いの魔法の融合。

 溶け合う蒼と黒は究極魔法にも劣らない。

 蒼と黒の衣がはためき、言葉が重なる。


『蒼き深淵よ! 深き知性よ!』


 十字架の双眸が、輝いた。


『≪十字刻みし蒼玉の叡智ヘカテイア・ザフィア・ヴァイゼ≫―――――!』


 引き金を引く。

 繋がれた水が溢れ、螺旋となって水球に届く。

 最早身動き一つ取れない水圧にヘファイストスは飲まれ、


「―――!」


 二人はそれぞれの銃を真横に引いた。

 刹那、圧縮された膨大な水量が爆散する。

 超圧縮からの解放。爆散による衝撃。

 後に残ったのは二つ。

 空の色を反射する一面の水浸し。

 その中央、人の姿に戻り―――スーツは破けていたので全裸―――気絶し、倒れたヘファイストス。


「……見てはダメですよ、後輩君」


「あ、はい」


 完全に伸びた肢体を見て、トリウィアは少し考えて、


「まぁこれでいいでしょう」


「………………なんだかなぁ」


 適当に首から下を泥で埋めた。

 なんとも惨めな姿だ。


「ふぅ…………やれやれ。やっと終わりましたね」


「ほんとですよ。先輩には後で話がありますから」


「えぇ、解っています。……私も話したいことがありますから」

 

 そう言って、笑みをこぼしつつ、彼女は煙草を取り出した。

 箱が防水にでもなっていたのだろうが、かなり濡れたのにも関わらず渇いている。


「後輩君は」


「あぁ……貰います」


 首を傾げながら微笑む彼に、手渡し、そして一歩近づく。

 魔法で手早く自分の煙草に火をつけつつ、彼女は当然のように顎を上げた。

 彼もやはり当然のように身をかがめ、


「―――」


 二つの煙草が触れ合い、熱を灯す。

 反射する水面が空の蒼さと煌めく虹と共に、その灯りを映していた。

 


  

 

 

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