マイ・ブラッド その4




「……っ」


 時は少し巻き戻り、ヘファイストスの腕を切り捨てた直後。

 トリウィアは微かな眩暈にふらついた。

 ウィルとの戦闘、二度の究極魔法、さらにはアカシック・ライトによる幻術。

 それは流石のトリウィアにも大きな負担を生んでいた。

 だからこそ、一瞬で彼女の腕を切り捨てたのだ。


「…………やれやれ」


 息を整え、振り向く。

 そして見たのは―――――とびかかる八本の触腕だった。


「な―――!?」


 予想外の光景に銃を構えようとし、


「馬鹿が―――甘いわねぇ!」


 ヘファイストスの声を聴き、その姿を見て、驚きに一瞬動きが止まった。

 切り捨てたはずの全ての腕。


 それが――――全て再生していた。


「っ……この!」


 背を向けていても、ヘファイストスから意識は外さなかった。

 外れたのは眩暈でふら付いた一瞬。

 その一瞬のうち、切り捨てたはずの触腕が動き出してトリウィアの全身をからめとっていた。

 四肢に、体に、首元に絡みつく粘液を滲ませる蛸の触手。

 蛸―――そう、蛸だ。

 蛸や烏賊のような頭足類は足が切れても再生することがあるという話を思い出す。流石に生きている状態で、その光景を見たことがない故に驚いてしまった。


 と粘液塗れの触手と体が絡み合い、双剣を取りこぼす。


「あははは! 良い様ねぇ! 写真なり録画できなくて残念だったわ!」


 腕を完全に再生させたヘファイストスがトリウィアをあざ笑う。

 

「どうしようかしらねぇ! ギャラリーがいないのが残念極まるわ! このまま、貴方を辱めてあげてもいい!」


「―――――っ」


 言われた言葉と全身をなぶる様な感触にトリウィアは怒りと羞恥で頬を赤く染め、


「―――?」


 ふと、空を見上げた。


「―――」


 次に、全てを受け入れる様に力を抜いた。


「? 何を――――?」


 ヘファイストスが脳裏に疑問符を浮かべた瞬間。

 水の奔流がトリウィアを飲み込み、触手を洗い流した。


「な――がっ!?」


 そのまま水の柱はヘファイストスを打撃し、吹き飛ばすまでは至らなくも大きく後退する。

 そして見た。


「――――お待たせしました」


「いえ、でチャラにしましょう」


 深い青のコートを棚引かせながら、トリウィアをお姫様抱っこしながら現れたウィル・ストレイトを。


「すみません、ちょっと強引でしたけど」


「いえ、べとべとが気持ち悪かったので助かりました」


「ならよかった。あ、銃……というか剣を」


「ありがとうございます」


「…………何?」


 疑問は、ウィルが現れたことではなく、その会話に対してだった。

 妙な、違和感がある。

 水流が来て、ウィルが壁を駆け上がって現れ、トリウィアを救ったようだけれど。

 なんというか。


 ――――――駆け上がる前から、状況を把握していなかったか?


「さて」


 濡れた髪をかき上げつつ、トリウィアが双剣を双銃に戻す。

 ウィルもその両手に光の糸で銃を編んだ。


「君は」


 トリウィアがヘファイストスから見ても解るくらいに上機嫌そうに笑う。


「本当に、いつも私に未知をくれる」


 示したもの。

 白衣に並んだ蒼衣の彼の右手。


 そこに――――虹色の紋章が浮かび上がった。

 赤、青、緑、茶、黄、白、黒。

 七色の長方形が円を為す。


「!? それは――――!」


 それは、流石のヘファイストスは知っていて、驚いた。

 トリウィアは驚かず、むしろ納得していた。


「富は富を生み、権力は権力を生み、力は力を生み―――特権は継承される」


 そう、それが帝国貴族の在り方。

 だったら。 

 アンドレイア家の直系であるウィル・ストレイトが、ソレを持ち得ないはずがないのだ。

 トリウィア自身それを見せ、そして直前にディートハリス・アンドレイアから同じルーツによるものを受けている。

 そして彼は、一目見たものの大体を理解してしまうのだから。


 ウィルは自らの右手の輝きを思う。

 これは、彼自身がこの世界で生きていることの証明。

 だからその名を、自らに、世界に告げた。


『≪外典系統アポクリファ≫―――――我ら、七つの音階を調べ合おう ἀ ν δ ρ ε ί α ・ σ υ μ φ ω ν - ί α

 

 

 

 

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