マイ・ブラッド その3



「ウィル! ディート! 無事かしら!」


「えっ……なんで、此処に!? 危ないですよ!」


 ディートハリスを肩に担いで宿を出たウィルを出迎えたのはウェルギリアだった。

 彼女だけではなく、ディートハリスの使用人であろう若い男女も背後に控えていた。


「孫二人が危険な場にいるのに、自分だけ逃げられるわけないでしょう! あぁ、ディート! 怪我はないかしら!?」


「……はい。毒を盛られて麻痺しているだけです。命に別状はないみたいなんですけど、かなり強かったようで……」


「ウィル様、若様をお預かりします」


「あ、どうも」


「うぅ……手間を掛けるな……ローマン……」


「あ、よかった。喋れるようになったんですね」


「フッ……迷惑を掛ける……あっ、ローマン。体が動かないせいで変な頭の揺れ方して吐きそう」


「辛抱を、若様」


 ディートハリスを渡したローマンと呼ばれた使用人は随分と背の高い犬科の獣人種だった。190近い身長に相応したがっしりとした体格な使用人服に押し込んでいる。

 

「あぁ若様! そんな、毒を盛られるなんて……!」


 もう一人の使用人は背が低く、しかし胸の大きい茶色の耳の犬人種。

 ローマンと合わせて兄妹か何かだろうか。


「くぅーん、毒に倒れなさるとは御いたわしい――――いつも私が盛っている睡眠薬やしびれ薬は最近効かなくなっていたのでそれなりの耐性ができたと思ったのですが」


「ふっ……アデーレ。いつも君の夜這いには恐怖しか感じなかったが、君の忠誠に感謝をしよう」


「そんな。私はただ若様のお子を抱いて愛人にしてもらって弟と子供とあと子孫も含めて安定した生活を送りたいだけにございます! ね、ローマン! やっぱり市井に流通してる薬ではだめね!」


「ウス」


「あ、今ならお子種を頂けるのでは……?」


「姉さん、流石に今は拙い。―――全て終わって疲れ果てた時にしよう」


「フフフ……! ウィルよ、見ているか、これが帝国貴族……! ハニートラップ、怖い! 身内ですらこうだからな……!」


「…………」


 何とも言えなかった。

 やっぱり悪い人じゃないなぁとは思ったけれど。

 絶妙に表現がねじ曲がっているが、部下には愛されているらしい。

 何にしても、だ。


「ウェルギリアさん。それからそちらの2人も、今すぐに離れてください。上で先輩が戦っていますし、僕も行きます」


 数歩離れ、壁を駆け上がろうとし


「待ちなさい、ウィル」

 

「……?」


 祖母に制止され、足を止める。 

 ステッキを突きながら彼女は歩み寄り、ウィルの肩に手を当て、そこから光が零れた。


「随分と消耗している。簡単だけれど治癒を、すぐに済ませるわ」


「……ありがとう、ございます」


 言われ、疲労に気づき息を吐く。

 トリウィアとの戦いで体力は削れていたし、腹への蹴りは小さくない負傷だった。致命傷というほどではないが、ありがたいものでもある。


「………………ごめんなさい、ウィル」


「はい?」


 肩に手を当てたまま老婆は小さく言う。

 

「私のせいで、貴方を余計なことに巻き込んでしまった」


「………………いえ。どうもそうでもないみたいなんですけど」


 誰がウィルを巻き込んだと言えば。

 前提としてヘファイストスという敵はいるけれど。

 首謀者はトリウィアだ。

 上手いこと行っているようだが、それはそれとして後で話す必要はあるが、


「……先輩が巻き込まれて、巻き込んで起きている問題です」


 だったら、


。だから、ウェルギリアさんが気にしないでください」


「………………ベアトリスは、良い子を育てたようね。私を反面教師にしたのでしょう」


「そんなことないと思います」


「?」


 ウィルはウェルギリアの手を取った。

 今生における自らの、そして前世において知らなかった故に、彼にとって初めての祖母を。


「母さんは、僕を愛し、慈しみ、育ててくれました。それはきっと自分がそうされたからだと思います。それに、母はあの小さな家の外のことを自ら学べと言ってくれましたけど、決して帝国に行くなとか貴族に近づくなとは言いませんでした」


 もしもベアトリスがウェルギリアを、帝国を疎んでいたら、行くなと言っただろう。

 だったら、これはあくまで想像だけれど。


「母さんはきっと恨んでいません。僕はそう思います。決別はあったけど……それでも。僕が母さんから受け取った愛情が、その証拠です」


「――――ウィル」


「あ、でもやっぱり一度会いに行ってあげてください。なんだったら一緒に行くので」


「…………」

 

 ウェルギリアは放心することはなかった。

 ただ一瞬だけうつむき、そして一筋の涙を流し、


「ありがとう、ウィル」

 

 小さく首を傾げて、微笑んだ。


「――――はい」


 同時に、彼女の手から光が消え、


「どうかしら」 


 言われ、何度か手を握り感触を確かめた。


「…………凄く良くなりました。ありがとうございます!」


「よかった。それでは」


 ピシリと、老婆が背筋を伸ばす。

 そこにもう一度、ウィルは母の姿を幻視した。

 それがウィルは、たまらなくうれしかった。


 自分は、この世界で、確かに命の流れに乗っているのだから。


「――――いってらっしゃい」

 

「いってきます―――お祖母ちゃん!」

 

 応え、背を向け、飛びあがり、


「っ?」


 壁を駆け上がる途中、唐突に体から力が沸き上がった。

 そして、右手に熱を。

 横目で振り返れば、


「――――フッ」


 ローマンに抱えられたディートハリスの掲げた右手の甲に、灰色の紋章が浮かんでいた。

 槍と盾を組み合わせたようなそれは、トリウィアの≪外典系統≫の十字架によく似ていた。

 それが、ウィルに力をくれていると気づいた。

 

「――――」


 小さく彼へ頷き、速度を上げて駆け上がった。

 そして見たものは。

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