マイ・ブラッド その2
「ふふっ……光栄に思うことね、トリウィア・フロネシス」
ヘファイストスは上機嫌に笑う。
先ほどまでの追い詰められた様子は最早ない。
「この≪
吠え、長い腕の二本が蠢き屋根床に触れる。
直後、手が触れた周囲が先ほども目にした多くの小さな立方体に変貌し、彼女の手の中で大きな鎚に変貌した。
四腕で握る二つの鎚。
それを見て、トリウィアは目を細める。
「触れたものの分解と再構成。なるほど? ……あぁ、あの打鍵印字機もそうやって?」
「いいえ! あの時は設計図が必要だったけれど、今の私はそんなものは要らない! 触れ、壊し、思いのままに形作る!」
「はぁ。ふむ……なんでタコ? と思いましたけど納得しました。手が増えればそれだけ文字通り手数が増えるわけですね、なるほど合理的です。……魔族、とは聊か様子が違うのが気になるところでしょうが」
「魔族など! もう古いわ! 未知が好きなのでしょう、この力に恐れおののくといい! 予定とは違うけれど、周囲一体を分解して、芸術品でも作ろうかしら! 哀れで無知なこの世界の人間の悲鳴を聞きながら―――」
笑い、声を上げ、そして気づく。
今ヘファイストスは、貴族向けの高級宿をぶち抜き屋上に出た。当然周りに何もないわけがなく、高級宿に泊まる様な金持ちに向けて服や宝石やレストランなどの店もあるし、同じような客層向けの宿もある。
週末の休日だ。
王都の高級街ともなれば活気に満ちているはずなのに。
だがどう見ても、今のヘファイストスは人外のそれであるのに。
「――――なんで」
誰も、声を上げない―――どころか、周囲を見回しても人っ子一人さえいない無人の街だった。
「……ふぅ」
トリウィアは煙草を咥えたまま、器用に煙を吐いた。
呆れたように首を回し、
「人にものを教えていると、出来の悪い子はいますが概ね3種類だと思っています。そもそもやる気がないか、純粋に物覚えが悪いか。やる気のないのは論外ですが、物覚えが悪いのは、まぁ仕方ないですね。時間を掛ければなんとかなりますし」
もう一つは、
「頭の回転が遅い子です。記憶力は悪くないし知識は詰め込めるのに、持っている知識同士を繋げることができず、論理的な思考ができない。だから、結果がでないわけですが」
貴方はそれですねと、トリウィアは嘆息する。
冷たい無表情のそれは、文字通り生徒に落第を伝える教師のようだった。
「聖国のヘルメスとやらに、貴女。そちらにどれだけ人材がいるのか知りませんが―――貴女、相当出来が悪い方では」
「な……! ぐぅっ……! 勝手な、ことを……!」
「図星ですか?」
「黙りなさい! いや、それより、どうして誰もいない――」
「馬鹿ですか? さっき散々伝えたはずです。準備をした上で貴女の下に来たと。一切否定しないので呆れていましたが、弁舌で乗り切るか武力で抗ってくるくらい予想するでしょう」
だったら。
「それを見越して、戦えるように人払いをするのは当然でしょうが。こんな街中で普通に戦ったらどれだけの人的被害がでることか」
相手がゴーティアの残党、≪D・E≫ならば。
アルマはこの世界の枠組みを超えた魔法を使うことができる。
以前建国祭で使った結界ほどの大規模ではないが、それでも周囲一体では気兼ねなく戦闘を可能としていた。
「っこの……貴族のくせに、民を気遣うというの……!」
「…………いや、平民あっての貴族なんですが。まともな教育を受けてませんか? 誰かからの受け売りだけで喋ったりしていません? だとしたら逆にあんちょこ見ずに喋られることが感動ものですけど」
「―――――殺す! ぶっ殺すわトリウィア・フロネシス!」
「頭が足りない上に、品までないとは。商会の仕事を真面目にやらなくて正解でしたね。その知能と下品さでやれば一月と持たなかったでしょう」
「……!」
激情に駆られヘファイストスが四本の腕でハンマーを振り上げ、踏み出そうとし、
「――――警告します」
トリウィアの言葉がそれを制した。
冷たく、無慈悲に、ただ事実だけを乗せた言の葉。
「聞きたいことがありますので、殺しはしませんが。これ以上抵抗するなら腕の一本や二本……」
一度、言葉噤み、
「…………八本は無事でないと思ってください」
「はっ! 何を言うかと思えば!」
ヘファイストスはトリウィアの言葉を聞かなかった。
「あまり私を舐めないで欲しいわね!」
二つのハンマーを振り上げ、一歩踏み出し、
『――――
トリウィアの握る銃が変形する。
≪
双剣形態。
詠唱と共に魔法が発動。
ヘファイストスが二歩目を踏み出し。
トリウィアの姿が掻き消え。
「≪
――――刹那直後、トリウィアはヘファイストスの全ての腕を切り落とした。
斬り飛ばされた八本の腕と二つのハンマーが屋根床に落ちると同時に彼女は腕を失った女の背後に軽いステップと共に降り立ち、
「―――――ふぅ」
新しい煙草を吸い、煙を吐き出した。
≪
トリウィア・フロネシスの二つ目の究極魔法。
持ちうる全ての系統による自己の身体能力と思考速度の超強化。
時間系統を彼女は持ち得ないが、結果的に自己時間の超加速機動を実現する。
究極魔法というのはこの世界の上澄みであることの証明だ。
10以上の系統を同時発動し、個人における全ての力を集結させたもの。
この場合、重要となるのは系統の数よりも全ての素質を使うという完成度にあり、それ故に究極魔法には繊細極まるバランスを必要する。
ウィル・ストレイトもまた、35系統をただ同時に発動するだけなら簡単だが、究極魔法と呼べるような完成度は未だに実現できていない。
究極魔法とはそれだけ難しいものであるし、天津院御影が皇位継承権第一位であるのは年若いながらも究極魔法を使えるが故に。
それだけ、この世界では究極魔法は重要なものである。
究極魔法とはその人物を象徴する、文字通り究極の一。
そしてトリウィア・フロネシスは――――その究極魔法を3種保有している。
歴史上を見ても極めて稀な、そもそも二つ以上を持とうという考えがない中で、彼女は自らの武器の変形機構に合わせ三つの究極魔法を生み出したのだ。
それこそがアース111最強の女に他ならない。
「警告はしました」
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