マイ・ブラッド その1
ヘファイストス・ヴァルカンの全ては与えられたものだった。
帝国のどこかの貴族がどこかの愛人を、特に考えもせずに生んだ子供。
おまけに父は大した系統数を持たなかったし、母はそもそも育児に興味がなかったらしい。
それなりに珍しいというべきなのだろう。
そういった身分が保証されない貴族の子供は帝国では昔からいたし、系統の保有数によっては大きな問題に発展することもある。
ただ、無くはない。
そして問題になるのは系統を多く持つ者であり、彼女はそうではなかった。
だから捨てられて、帝国のスラムでごみに塗れて幼いながらも生きていた。
そんなゴミまみれの少女の人生が変わったのは、ゼウィス・オリンフォスに拾われてからだった。
彼女はヘファイストス・ヴァルカンという名を与えられ。
そして、世界とは一つではないことを教えられた。
世界の外側を。ただ生きるだけでは到底知りえない、無限に等しい広大さを。
それは持たぬが故に捨てられ、持たぬままに生きた彼女の自尊心と優越感を満たすには十分だった。
世界の敵になることに迷いはなかったし、そういう教育も受けた。
主であるゴーティアは予定よりもずっと早く消滅した上に、聖国で消えたヘルメスにしても、彼女たちの目的には変わりはない。
むしろ、それ故に進んだものもある。
故に問題ないと思っていた。
自分はこの世界の人間が知らないこと知っているのだからと。
●
「言ったでしょう? そして言いましょう。―――――この世界を舐めないでもらえますか?」
そして知っているつもりだったはずの女は、何でも知りたいと願う女に追い詰められていた。
広い客室、ヘファイストスは魔法による鎖で巻かれ、トリウィアに銃を突きつけられている。
背後には未だにマヒしたままのディートハリスと彼の様子を見ているウィルが。
ヘファイストスの額から汗が流れ、口端が歪む。
「……言うわね」
「そうも言いたくなる杜撰さだったが故に。貴女には色々聞きたいことがあります。魔族信仰派について。その異能について―――そして貴女達が、これから何をしようとしているのかを」
「はっ……ペラペラしゃべるとでも?」
「貴女、自分が優位に立つと余計なこと喋る類の人では」
「……」
頬が引きつる。
引きつったまま、
「…………さっき、言い逃れ一つしないと言ったわね」
「言いましたけど。さっきから言った言ってないって繰り返しますね。記憶力も危ういんですか?」
後ろのウィルが若干引いていたし、ヘファイストスは頭に血が上るのを自覚した。
そしてその激情に身を任せたままに、
『
背に縛られた拳を強く握り、魔力が溢れ出す。
物理的な大気の奔流となり、
「―――!」
即座にトリウィアは引き金を引いた。
それでも。
『―――
絶叫。
そしてトリウィアから打ち出された銃弾を――――彼女の手が掴み取った。
「!?」
トリウィアの、背後からそれを見ていたウィルが目を見開く。
ヘファイストスが銃弾を手で受け止めたことに対して、ではない。
――――彼女の両腕は鎖で縛られていたのに、もう一本の新たな腕が肩から生えていたのだから。
予想外の光景に、ほんの一瞬だが二人の動きが止まる。
だがヘファイストスの変貌は止まらなかった。
新たに生えた腕は一本だけではない。スーツの肩から先を引き裂きながら赤紫に染まった、関節の動きを無視したように蠢く新たな腕が何本も生えて来た。
体は炎上し、衣類を焼きながら広がっていく。
『打ち鳴らせ――――≪
そして爆風と共に衝撃が巻き散らかされる。
とっさにウィルは浮遊盾を展開し自分とディートハリスを守り、
『
片銃を刃鞭形態に変形。自らに巻き付けることで防御膜を生み出し、逆の銃で超圧縮された重力弾を打ち込む。
局所的一点へと着弾したものが圧縮される魔弾は、
「――!」
いつの間にか腕の一本が手にしていた盾に命中する。
「―――」
言葉を吐く間すら彼女は惜しんだ。
炎に包まれたヘファイストスを中心に置き、全体を見回すように。
そして気づく。
先ほどまであったはずの机や椅子、テレビがないことを。
加えて増えた手に小さな直方体が浮遊し、集まっていることを。
そのことを認識した瞬間、
「!」
ヘファイストスだったものが飛びあがる。
それは衝撃をまき散らしながら天井をぶち抜いていった。
「っ―――後輩君! ディートハリスさんを外に!」
「は、はい! 先輩は!?」
「アレを追います」
「っ……すぐに行きますから!」
背中に受ける声に彼女は笑いつつ、膝を沈め、
「―――ふっ。来る頃には終わっているかもしれませんけどね」
トリウィアは知る由もないが、掲示板では悲鳴が上がっていた。
フラグ、と。
●
宿屋の屋上。
宿、と言っても貴族向けの高級宿は石造りの5階建て。その屋上は広く足場としても十分だった。
煉瓦の瓦屋根には微かな傾斜はあり、そこにヘファイストスだったものはトリウィアを待ち構えていた。
腕が、八本生えている。
噴出した炎は収まり、白かった素肌は赤紫に。スーツは燃え尽きて裸体となっていたが所々に浮かぶ黒いまだら模様や、その体表から粘性のある黒い液体が衣類の様に纏われていた。
さらにその八本の腕はやはり関節を無視したかのように柔らかく蠢き、それだけで足元に届くほど長い。いつのまにか身の丈もあるようなハンマーを腕を二本使って握っている。
赤紫の八本の腕、それはまるで、
「………………タコ?」
王国ではまずお目にかからない、亜人連合の一部沿岸地域や皇国でしかみないような珍しい海洋生物を連想させるものだった。
もっとも、死んで捌いた状態でなら王国でもなくはない。
素材が完全に輸入で頼っているので平民や庶民が食べる機会はないが、小麦粉の生地でタコの小さな切身を包み、香辛料を効かせたソースを掛けたものは高級レストランではコースに含まれていることもある。
初代国王は愛した一品だとか。
「―――ふむ」
先ほど見た光景を頭の隅に起きつつ、短くなりつつある煙草を噛む。
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