アンサー・タイム その2


「……えぇと、先輩」


「はい、なんでしょうか後輩君」


「だとしたら……僕と戦ったのは。今の流れからは、あんまり関係ない気がするんですけど」


「あぁ」


 頷き、彼女はいつの間にか短くなっていた煙草を携帯灰皿に捨てる。

 新しい一本を咥え、今度は自分で魔法で火を点けた。

 再び、紫煙が漂う。


「疑念を上げましたが、この段階ではただの疑念だったんですよね。確実に黒だと断ずるにはより詳細な調査が必要になり、それには時間が足りない。私の考えすぎかもしれない。となると、明確な反応がいるわけですが」


 だから彼女は考えた。

 仮定に仮定を重ねて。

 いつも新しい知識を調べようとする時のように。

 彼女がゴーティア、魔族信仰派で、自分やウィル、アルマたちの敵だとしたら。


「なので、あえて貴女が喜ぶようなことをしてみました」

 

 即ちそれは、望み通り自分が消えるようなことで、


「その為の後輩君との決闘ですね。例によって最近学園に変な鳥がいて、調べたらやはり打鍵印字機と同じ術式を使っていたし、王都を日々飛ぶフォンさんも見たことない鳥だと言っていて、アルマさんもそれが別の場所に映像を送っていると確認してくれました」


「…………ん?」


 ふとウィルが声を上げた。

 その言い方に気になるものがあったから。


「後は見た通りですね。、なんて言い方をしたら、黙っていられないのは解っていました。そういう人ですからね。いきなり戦いをけしかても戸惑うでしょうけど、アルマさんが背中を押してくれるのなら戦ってくれると思いましたし、その通りになりました」


「あ、あの先輩!?」


「はい」


「その言い方だとアルマさんとフォンには話を通していたって感じなんですけど!?」


「はい。なんなら生徒会の面子とアレス君には言っておきました。先生方にも模擬戦は申請していましたし。だってそうじゃないとあんな戦いしたら止められるじゃないですか」


「……………………」


 ウィルの頬が引きつる。

 つまりそれは、


「なにも知らなかったの、僕だけ……ってことですか?」


「はい」


「……ひ、一言言ってくれても」


「後輩君、嘘苦手でしょう。先に言われて真面目に戦えました?」


「……………………」


 何も言い返せなかった。

 ウィル・ストレイト。

 誰よりも真っすぐ故に、彼は嘘も我慢も苦手だ。


「じゃあ、さっきの戦いをしかけたのは、僕の我がままを止めようとしたんじゃなくて……」


「はい。私の婚約の問題は、全く別ですし」


 そっちは、

 そして彼女はやれやれと肩を竦めて息を吐いた。




「全く―――――私が本当に、知識欲だけで君に究極魔法をぶっ放して、殺し合い紛いの戦いをするとでも?」




「えっ」


「えっ」


「……ぇっ」


「……………………え?」


 上からウィル、ヘファイストス、まだマヒしたままのディートハリス、そしてトリウィアである。

 しばらく、微妙な空気が流れ、


「後で後輩君には個人的にお話があります」


「…………あ、はい。…………はぃ」


 全く、実に心外である。

 そりゃあ確かに、自分を知ろうとしてくれる彼に興奮しちゃって、必要以上の戦いをして、途中から本気だったけれど。

 

「そんな……頭、おかしいんじゃないの、貴女……」


「失礼ですね。誰のせいでこんなことになったと思っているんですか」


「あの戦いで、そのウィル・ストレイトを本当に殺したらどうするつもりだったの!?」


「は? 私の後輩君が簡単に死ぬわけがないんですが? 馬鹿にしてます?」


 過去最速の早口だった。

 ヘファイストスもウィルも頬を引きつらせる。

 ディートハリスも反応をしたかったが、麻痺から回復していなかったので体を痙攣させるだけだった。


「話を戻しますが。監視をアルマさんに逆探知してもらって、反応をこっちも見て、楽しそうに笑ってる上に、ディートハリスさんに毒を打ったとこまで見たので途中で戦いを切り上げて、幻術を張って、アルマさんに転移してもらったら案の定貴方が明らかに背中を震わして笑ってたので銃を突きつけた―――というわけです。いや、流石アルマさんですね。また力を借りてしまいました」


「……あの、幻術は。ドローンみたいな機械を、幻覚でだませるはずが……」


「ふむ? ドローン? 気になりますが……」


 言葉と共に彼女はヘファイストスに銃口を再び向ける。

 そして、煙草を挟んだ指でリボルバーを弾き、回転させて。


 ――――銃口に白い火花が散った。



 それは現実を改変するマルチバースに通じる力。

 アルマ・スぺイシアから直接学び、数週間前にその感覚を覚え、


「幻術だけ習得しました。まだアルマさんのように好き勝手できませんが、短時間のみ現実に映像を投影するだけなら私もできるようなので、さっそくそれを使ってみたわけですね」


 なんて事のないように言うが、それは極めて偉大な偉業である。

 アルマ・スぺイシアが十年かけたことを僅か数か月に縮め、幻術の習得にはさらに数十年かけたというのにたった数週間に縮めてしまった。

 幻術を使えるようになったと彼女に報告した時の顔は中々思い出深い。

 逆探知やら転移やらウィルに対する後押しやらを色々頼んだが、もはや呆れ気味に受け入れていた。


「………………えぇ?」


 いい加減、ヘファイストスは頭が壊れそうだった。

 仮定に仮定を重ねた上で、尋常ならざる能力でその仮定を推測として確立し、確定させる手はずを整える。

 確かに思い返せば、自分の行動に違和感はあった。

 だけど―――だからって。

 こんなことをできるのだろうか。


「私もここまで上手くいくと思っていなかったんですけどね」


「……嫌味かしら?」


「いいえ。単なる感想です。推測は全て推測で、違和感はただの違和感で、もしかしたら本当に勘違いかもしれなかった」


「なら……どうして実行できたの?」


「トライ&エラーは基本ですから」


 かつて、アカシック・ライトを学ぼうとした時、アルマに言ったことをそのまま言う。

 そう、トリウィア・フロネシスは決して要領がいいわけではない。

 一を知るために百を遠回りして、やっと一を知ったと言える。

 時には全く違うものを調べるということを繰り返してしまうなんて何度もあった。


「だから、本当にただの杞憂だったら……」


 彼女は一度大きく煙草を吸い、吐き出し。


「後輩君にほんとは凄い強くてかっこいい先輩の威厳を見せて終わり、というのもあったでしょう。えぇ。それでも全然よかったのですが」


「……」


 返事はなかった。

 仕方ないので話を進める。

 

「結局の所、貴女が雑だったんですよ」


「……そんな、はずは」


「いいえ、甘い。商会の改竄も、私に対する商談も、提示した印刷機や印字機も、監視の方法も、監視してる間の反応も。何もかも―――杜撰極まりない。異世界の技術があるから、現地の人間なんて簡単に思う様にできると思いましたか? だから、ダメなんですよ。もっと細かく、詳細を詰めれば違和感なんて全て消せたはず」


 極めつけに、


「この状況まで来ても、弁舌で言い逃れできたかもしれないのに。言い訳一つしない。潔いというか、頭が足りないというか」


 冷えた蒼と何もかも飲み込むような黒がヘファイストスを見下ろす。

 アース111最強にして最賢の女が、異世界の技巧を握る女へという。


「言ったでしょう? そして言いましょう。―――――

 

 

 

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