ザ・ストロンゲスト その3


 雨は勢いを増していく。

 視界を塞ぐほどの、王国では珍しい秋雨。

 その中でウィルは腕をクロスし、

 

「サファイア――――」


 周囲十数メートル。自分とトリウィアも含んだ空間の雨粒が中空で停止する。

 即座にウィルは両手を広げ叫んだ。


「―――シューティングドロップ!」


 小さな雨粒同士が集い、拳大の水球へ。

 そして叫んだ通り、水球がトリウィアへと殺到する。

 

 余談ではあるが、聖国の戦いの後掲示板でウィルの技名に対する真剣な相談会が勃発しかけ、僅か数レスの満場一致で『単語重ねるなら三つまで』という制約に至った。

 

「環境を利用した良い魔法ですね。単純だけど強力です」


 そんなことは知らず、彼女は目を細め双銃を構えた。

 右肘を持ち上げ、左腕を伸ばし、


「――――!」


 右目の蒼が輝き、両腕が跳ねた。

 激突するリボルバー。

 腕を広げクイックドロウ。右銃からは一度のトリガーで三発、魔力の弾丸が水球を撃ち抜き、左銃の弾丸は水球に激突した瞬間に爆発し他のそれもまとめて吹き飛ばした。だがその結果を彼女は見届けない。

 魔力調整により意図的に増加させた反動に逆らわず腕を跳ねリボルバーを激突。

 十字に交叉した上でトリガー。

 今度は銃弾ではなく光線。いくつもの水球を撃ち抜いても消えずに屈折を繰り返す追尾型。

 さらに彼女は止まらない。

 腕を交差し、広げ、舞う様に踊る様に。

 全方位から飛来する水球を二丁の拳銃と多種多様な弾丸と舞踏染みた動きで全て撃ち落とし、


「――――」


 右の銃口を上に、左の銃口を下に手元でそれぞれ向けた残身を取った瞬間、全ての雨が再び降り始め、


「甘いですよ」


「っ!」


 ウィルが打ち込んできた左の掌底を右の銃身に逸らし捌く。

 それによりウィルの体勢が崩れたところに左の銃口を殴りつけるように押し込みながら引き金を引き、


「!」


 弾丸が射出される刹那、ギリギリのタイミング、無理やり体を動かし、右手で銃身を掴んだウィルに逸らされる。


「―――良いですね」


「このっ」


 動きは止まらない。

 今度は右の銃口でウィルの腕に狙い撃ち、それよりも早く銃口を離し、逆の掌底が彼女の右肩へ飛ぶ。それを威力が乗る前に自ら肩を押し当てることでダメージを減らし、脇の間から銃を向け、今度は引き金を引く前にウィルの掌底が叩き落し、それには構わず一歩踏み込みながら彼女は肘を彼の顔面にぶち込み、当たる直前で頭を引くことで回避される。

 超至近距離の接触戦。

 範囲攻撃は距離感故にできず、銃の性質上、銃口の延長線上に相手の体がある状態で引き金を引けば基本的に命中する。

 

『≪クィ・ベネ・シェリフ・ベネ・メーテ≫!』


 それをウィルも理解していた。

 青い光の糸がウィルの右手に編まれ、拳銃の形を取る。

 トリウィアのようなリボルバー式ではない、自動式拳銃を模した造形だ。

 左手は掌底のまま、片手の拳銃。

 そのまま密着戦は続行した。


「……!」


 トリウィアが狙いを付ければ、ウィルの掌底が逸らし、ウィルが銃口を向ければ弾いて射撃線を逸らし、腕や身体、全身を用いながら如何に自分の都合が良い様に相手を制するかという陣取り合戦の様相となっていた。

 ウィルは歯を食いしばり、トリウィアは笑う。

 僅か十数秒の四本の腕と三丁の銃の攻防はまるで事前にそう取り決められた殺陣のようでもあり、


「これはどうですか?」


 トリウィアの指が撃鉄を強く押し込み――――

 

「いぃ!?」


 正確に言えばそれは伸びたのではなく、弾倉と撃鉄部を起点に

 一瞬前までは拳銃だったのに、それによって短剣のように。

 即ち、変形機構。


『―――≪From:Megaera豊穣と嫉妬≫』


「そんなものまであるんですか!?」


「フフフ……! 驚く顔、いいですね!」


 冷静に考えるのであれば、だ。

 トリウィアの二丁拳銃は正確には拳銃ではない。

 火薬によって銃弾を打ち出すのではなく、回転弾倉で使用する魔法系統や属性を切り替える為の補助器具。

 ならばそれは、回転する弾倉の機構さえあればよく、ついでに変形機構があるのも納得ができる、ような―――


「―――いやちょっとよく分んないです! 何故!? 普通に銃身に魔法で刃つければいいのでは!?」


「決まっているでしょう―――かっこいいからです!」


 斬撃が放たれる。

 なまじ超至近距離だったせいで反応が遅れ、ウィルの胸に十字の線が刻まれた。


「本当に、あなたって人は……!」


 傷は浅いが、大きく飛び退き距離を取った。

 驚いたが、双剣ならば以前ザハル・アル・バルマクとの一戦で焼き付けた。

 動きは違えどその経験がある故に、むしろやりやすい。

 そう思った瞬間、


「十字路とは」


「……?」


「それ即ち―――自らが立つ道から三つの道が伸びているということです」


 そんなことを彼女は言って、


『―――≪From:Tisiphone慈雨と殺戮≫』


 撃鉄を、強く押し上げ―――――


「――――はぁ!?」


 それは最早短いリングが魔力で編まれた鎖で繋がっているだけの何かに見えた。

 そしてそれが何なのか、ウィルはすぐに思い知ることになる。

 鎖で繋がれたリング、それはウィルが良く使う戦輪のようではある。

 彼女は体を回しながら、鞭のように体の周囲で数度振ってから、大きく体を回転させ、


「!!」


 ウィルへと叩きつけた。

 当然、魔力の鎖で繋がれているために間合いは自在。

 雨粒を散らしながら音速を超える速度で迫る鞭に対し、とっさにウィルは手を掲げた。

 それに従うように周囲の水が巻き起こり、即席の盾となる。


 以前、バルマク戦ではワンアクションごとに属性を切り替えたが、周囲に膨大な水があり、それを利用できる。故に≪サファイア≫のみで戦っており、こうして咄嗟に水を操ることができる。


 故に振るわれた鞭に間に合い、


「!?」


 接触した瞬間、水の盾が

 ただの水をまき上げた盾とはいえそれなりの質量があり、ウィルの魔力を通している。故にある程度の強度もあった。それが破られた。


「いや、おかしいのは―――」


 破られたことよりも、水の散り方に違和感を覚える。

 そして返す刀で繰り出されたものを見て、違和感の原因を理解した。

 鎖で繋がれ、小さなリングになった銃身。

 それ自体から細かい刃がびっしりと生え、超振動している。

 まるでそれは、


「チェーンソー……!?」


 或いは蛇腹剣と呼ばれる武器との合成。

 そう気づいた時、鞭刃はさらに伸び、縦横無尽に駆け、ウィルを取り囲んでいた。

 鎖で繋がれた合計二十の超振動する刃。


『―――|Měsíčku na nebi hlubokém, světlo tvé daleko vidí《空澄む月、はるか遠くの光明》』


 その刃は謳うようなトリウィアの言葉と共に輝きを増し、

 

『|po světě bloudíš širokém《広がり移ろい》, |díváš se v příbytky lidí《見下ろす瞳よ》―――――≪|Flieg zum Mond mit mir 《月寄せる水底の声》≫』


 空間が撓み、震え――――刃鞭圏内を超過重が押しつぶした。







「………………ふむ」


 水煙が巻き起こり、しかし雨は心なしか弱くなっていた。

 ウィルが立っていた場所を中心に、半径数メートルの地面が陥没し水が流れ込んでいた。

 自らが成した刃鞭圏内に対する超過重。

 爆発、潤滑、活性、加速、伝達、振動、崩壊、落下、拡散、反射、収束、圧縮、荷重、斥力―――刃鞭そのものの制御を含めて合わせて14系統の同時使用。

 即ち、人によっては十分に究極魔法となるはずのものを放ったという事実はまるで気することはなく。

 息一つ切らさずに、


「いい判断ですね」


 視線をずらした先、制服の姿に戻り、片目の色は黄色く、右腕に真紅の布を巻きつけたウィルの姿があった。

 雷属性特化≪トパーズ≫。

 その高速移動により、彼女の過重魔法が成立する直前に脱出していた。

 それでも息は荒く、片膝を付きながら眉を潜め、


「はぁっ……はぁっ……っ……なんですか、今の……!」


「詠唱による魔法の強化。もう失われた……というより属性や系統がそもそも35種と定まっていなかった頃の、帝国の一部で使われていた古代魔法ですね。今日日誰も使いませんが、私は好きです。かっこいいし、雰囲気が出るので」


「…………ほんとに、もう。貴方は……変形するそれはなんですか。そんなことできるんですか?」


「土属性の魔法を予めこれ自体に刻み込んで、後は最初から決まった魔法を使うだけです。知る限り、私しかできなかったので誰も使い手知りませんけど」


「………………先輩、強すぎますね」


「えぇ」


 後輩からの賞賛を彼女は当然のように頷く。

 

「アルマさんには全く及びませんし、前学園長……ゴーティアということは置いといて真面目に仕事していた


 帝国一の才女。

 マルチバース最高の魔法使いアルマ・スぺイシアをして天才と言わせしめ。

 僅か五歳にして帝国学会を恐怖に陥れ、本来上位種である火龍カルメン・イザベラさえも叩きのめし。

 アルマとウィルが転生特権による全系統保有を例外とするならば、この世界で最多系統保有者であり。

 この世界における最高学府≪アクシオス魔法学園≫で5年間頂点に立ち続ける女。


「自分で言うのもなんですが――――



 

 

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