ザ・ストロンゲスト その2


 その光景をヘファイストスは見ていた。

 王都、帝国貴族向けの高級宿。ディートハリスやウェルギリアが泊っているところと同じある一室で。

 机に上に置かれたのはこの世界にあるはずのないブラウン管テレビに酷似したもの。

 ≪鐵鋌鎬銑ウルカヌス・ハンマ≫により作り出したものであり、出力される映像は雨の中で戦うウィルとトリウィア。

 

 二人を見下ろしているのは――――小鳥型のドローンだ。


 眼球がそのままレンズになっており、雨天の遠距離だろうと全体を俯瞰して見ることができる。

 近代以降の電子技術を再現するのは素材の都合上難しいが、それでも遠隔で状況を確認できるというのは有用だ。

 遠見の魔法は可能ではあるが、この世界は構成が難しく魔力の消費も多いためあまり発展していないのが実情であり、それは大きなアドバンテージでもある。

 

「音声が入らないのが困ったところだけど……これはいい。これはいいわね」


 どうしてこうなったかは全く分らないけれど。

 それでもウィルとトリウィアが潰し合うというのは実に都合がいい。

 戦いの規模や動きを見ていても模擬戦とかいうレベルではなく一つミスればどちらかが死に至るもの。

 痴情のもつれか何かだろうか。

 結果的に―――心中まがいの相打ちなら最高だし、そうでなくても片方が死んだり後遺症が残る怪我を負えばいい。

 

「或いは……学園の誰かお偉いさんを篭絡して、どっちか、できればトリウィアなんかを追い出せれば……どうかしらね……彼女の研究を思うと難しいから……?」


 想定を重ねながらも口端には笑みが浮かぶ。

 彼女の質問責めで泣かされた時はほんと嫌になったが。

 まさかの運が向いてきたかもしれない。

 そう思った瞬間、


「―――ヘファイストス!!」


 ノックも無しにディートハリスが現れた。

 常と同じ軍服に近い儀礼服に加え、シンプルな造りのステッキを握っていた。

 オールバックの額に汗を流し、


「大変だぞ! 学園でウィルとトリウィア嬢が―――うぅん? なんだ、その箱は? ウィルと……トリウィア嬢?」


「……ディートハリス様。ノックも無しとは貴方らしくない」


「それは失礼! だが! 事態は急を要する! それが君のところの商品なのか何なのかは知らないし後で凄く詳しく聞きたいが、見ているのなら話は早い! ウィルとトリウィア嬢が何故か戦っているらしい! 止めなければ!」


「耳が早いわね」


「ふっ……ここしばらく、放課後ウィルを迎えに行ってる時、帝国出身と仲良くなったり、情報収集のために使用人を一人置いているからな。まさにその結果だ。……いや、そんなことはどうでもいい。行くぞ、ヘファイストス!」


「…………と、言われてもね。ディートハリス様」


 語気が強いディートハリスに肩を竦め、テレビの画面を見る。


「彼らの戦いに、今から介入できるのかしら? 間に合ったとして―――ディートハリスでは勝てないと自らおっしゃったでしょう?」


「それはそう。残念ながら俺ではウィルにもトリウィア嬢にも手も足も出んだろうな」


 そんな情けないことを当然のことのように言って、



 誇りを持つ帝国の青年は続けた。


「仮にもトリウィア嬢は俺の婚約者であり、ウィルは従弟だぞ? 横やりを入れて騒ぎを大きくすれば似たような者が来てもいいはずだ。むしろそっちに二人を止めることを期待しよう!」


「………………なんとまぁ、ディートハリス様らしいというか。というか、私も?」


「君もそれなりに戦えるだろう。動きを見れば分かる」


「…………ふむ」


 言われたことを考えて。

 そして。

 にっこりと笑いながら、彼に身を寄せ、


「流石ね、ディートハリス様。まさに貴族の、男性の鑑のような人だわ」


 ステッキを握る手を取って囁く。


「むっ……いつもの俺ならばこれだけで君に惚れてしまうが今はそれどころではないがしかし君柔らかいな女性はみんなこうなのか?」


「…………まぁもうなんでもいいけれど」

 

 一瞬呆れ、


「―――行ってはダメよ、ディートハリス様」


 握った彼の手に、自らの爪を食い込ませた。


「っ? ――――んん!?」


 反応は劇的だった。

 微かな痛みに少しだけ眉を潜め――――


「な……ぁ……ぁぁ? ぁぃ―――ぉ?」


「ごめんなさいね、ディートハリス様。私、護身用として爪に毒を仕込んでいるの。毒と言っても麻酔……少し痺れるだけだから心配しなくていいわ」


 基本的にそれは護身用というよりもハニートラップの行為の中で使う場合の方が多いのだが。

 それでも今は、純粋にディートハリスの動きを止める為に用いられていた。


「今から、私たちがあの二人の間に横やりを入れても間に合わないだろうし、返り討ちに合うかもしれないわ」


 彼女は笑う。

 そレが一番都合がいいから。

 倒れたディートハリスを起こしつつ、彼女は囁いた。


「歌劇がお好きなのでしょう? ――――若い二人の破滅ケツマツを、じっくりと鑑賞しようじゃないの」



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