ウルトラ・ロマンティック その1


「夫は……貴女のお爺さんは、ベアトリスが出奔したことに心を痛めてねぇ」


 王都のある高級レストラン。

 豪かな屋敷が丸ごと店であり、中庭やテラスまで飲食や歓談の場として使えるその店でウィルは自らの祖母、ウェルギリア・アンドレイアと共に訪れていた。

 着込むのは王国式のスーツではなく、帝国式の礼服だ。

 室内用コートやベストの刺繍多く、装飾も聊か過多に感じる。掲示板では如何にも中世、ないしヨーロッパの男性貴族の華美な恰好と言われたものだった。

 正直、布の量が多くて動きにくく、服に着せられている雰囲気が否めない。

 

 ウェルギリアは50を少し超え、けれど外見はそれ以上の老婆だった。

 結われた髪は元々の灰に白が混じり、若い頃は美しかったであろう顔には深い皺が刻まれている。

 背は低く、腰も少し曲がっており、やはり高価そうなステッキを付きながら歩いている。

 そのドレスは帝国式のフリルや刺繍が多く、スカートが膨らんでいた。掲示板のクロノ自動人形職人曰く、クリノリンというフレームで膨らみの形を作っているらしい。

 如何にも、と思ったが、これでも帝国においてはかなり地味だという。

 

 レストランの廊下は清潔で、床は大理石に近いものでありウェルギリアのステッキの音と二人分の足音が響く。 


「大戦で戦果を挙げた娘に、お爺さんは結婚相手と新たな地位を用意した。けれど、あの子はそれを受け入れようとせず、貴方のお父さんを紹介して……」


「……家出して、帰らなかったと」


「えぇ。二十年近く音沙汰無しのまま。貴方の名前を聞いた時は驚きましたし、顔を見てさらに驚きました。……ベアトリスによく似ていますからね」


 声色や優しく、祖母の顔にはほほ笑みが浮かんでいる。

 使用人と共に王国に訪れたウェルギリアはウィルに対して優しく朗らかだ。

 ベアトリスは自分の母について何も語らなかった。

 貴族の生まれであるということは知っていたが、しかし七大貴族であるということは聞いてないし、出奔した経緯も同じ。

 だから会うと聞いて、不安の方が大きかった。

 けれどウェルギリアの対応はウィルを慮ったものだ。

 まだぎこちないものの、祖母と孫として少しづつでも距離を縮めようとし、しかし焦らずにいてくれる。


 前世において両親が二人とも施設育ちで、ウィルは祖父や祖母というものを知らなかった。


 だからウェルギリアの存在はこそばゆく、嫌ではないけれど、どう接するべきなのか分からない。

 

「これであの子と和解できる……とは思っていないけれど。それでも見ることのできないと思っていた孫を見れて嬉しいわ」


 だから。

 だからこそ分からない。

 与えたものによってベアトリスはウェルギリアから離れた。

 なのにどうして、彼女はウィルに対して同じことをするのだろうか。


「――――どうしてこんな見合いを、という顔をしているわねぇ。ウィル」


「っ……えぇ、はい。失礼ながら、言わせていただくのなら。これでは母さんの時と同じことになるとは思いませんか?」


「真っすぐねぇ」


 彼女は苦笑し、


「えぇ、解った上での行動なの」


 足を止めた。

 それからウィルに対して微笑んだ。



「……………………はい?」


 言われたことを一瞬理解できず、動きが止まった。

 配信で繋げていた掲示板の面々からも疑問符が上がり―――けれど、アルマとステゴロお嬢様マリエル暗殺王ロックは何かを察していた。


「ふふっ。……いえ、失礼。の仕込みに少々乗せられたかしら。聊か不快にさせたようで……」


 彼女はステッキの柄を撫でながら、ウィルへ語り掛ける。


「見合いの成立を強要するつもりはないの。けれど、帝国の、それも我がアンドレイア家の血が貴方に流れる以上、今後必ず持ち掛けられるはず。或いは、卒業と同時に見合いの申し込みが殺到するかもしれないわ。それは、嫌よね?」


「……えぇ、はい」


「だから、今回断るのなら盛大に、はっきりと、怒りを以て拒絶するとよろしい。ウィル・ストレイトは権力戦争を疎み、帝国との婚姻を拒絶した。そういう事実があるのとないのとでは、周りの対応は変わるから」


「えぇと……つまり、僕が断るのが前提だと」


「相手を気に入ったのなら受け入れてくれればいい。ただ、どちらでも良い、そういうお話よ、ウィル」


「はぁ……」


「貴方には実感がわかない話かしらねぇ」


「はい。……ただ、関わりたいとは思いませんが、慣れないと、とは思っています」


 一代とはウィル自身貴族となり、さらには御影と婚約している。

 つまり将来皇国の女王の夫となるのだ。

 いくら皇国がそういった政治のややこしい面が薄いとしても、関わらずにはいられないだろう。

 正直、煩わしいとは思う。

 けれど、それを含めての人生だ。


 今のウィルには頼れる人がいっぱいいて、前世よりずっと恵まれているのだから。


 そんなことを掲示板で書いたら凄い空気になった。


「面倒よねぇ。けれど、帝国はそういう国だから。ただ、今は難しいことは考えなくていいわ。お相手と話して、見合いをどうするかだけを教えて欲しい。そうすれば、後のことは貴方の意に沿うようにすると約束するわ」


「……ど、どうも」


 ありがたい。

 ありがたいけれど―――やはり、反応に困ってしまう。

 意識を掲示板に向ければ「一度受けて、ウィルが激怒と共に断った」という事実はウィル自身が思うよりも重要らしい。それによって帝国からの干渉を防げることもあるという。

 彼女もまた、ウィルの今後を案じてくれてもいる。

 なのになぜか、彼は祖母の好意を全面的に受け入れることはできなかった。


「…………」


「……それでは行きましょう。向こうも待っているわ」


「……はい」


 促され、廊下を歩きだす。

 しばらく足音とステッキが床を叩く音だけ廊下に響き、中庭に出る。

 広く、綺麗な場所だった。

 いくつかの椅子や机があり、植えられた木々や花。噴水は美しく、中庭を横切る様にかなり深さのある小さな人口の川―――というより、流れるプールみたいだなとウィルは思った。

 小さい頃、何度か連れて行ってもらったことがある。

 あの頃、腕白な妹は流れに逆らって泳ごうとして、溺れかけて、自分が助けて母親と妹と3人で笑っていた。


「……」


 フラッシュバックするぼやけた記憶に首を振る。

 祖母と出会ったからだろうか。今となっては曖昧な、思い出しても仕方のないことを思い出してしまう。悪い記憶ではないが、悪い結末しかない。

 目を伏せ、そして向けた視線の先。

 川のように伸びるプールの上に小さくかかった橋。

 そこに、1人の女性がいた。

 アップに結った青い髪。帝国風の膨らんだスカート、フリルの多い薄い青と白のドレス。細いウェストはコルセットでより強調されていた。

 彼女がこちらを向く。

 黒と深い青のオッドアイに、金縁の丸眼鏡。


「―――――ん?」


 知っている人だった。

 装いはいつもと違っているけれど、それでもウィルは良く知っていた。


「ウィル」


「あ、はい」


「あれが貴方の見合いの相手よ」


 祖母はその名前を告げた。


「トリウィア・フロネシス――――貴方も良く知っているだろうけど」







4187:デフォルメ脳髄

>1の見合い絶対阻止する会、解散!!!!!!!!!!


4188:1年主席天才

ウケる

4189:>1先推し公務員

ひゃっほー!! >1先は最高でありますな!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!




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