ウルトラ・ロマンティック その2



 後は若い二人で、というお見合いの常套句はどの世界でも変わらないらしい。

 ウィルの祖母ウェルギリアと、トリウィアの母だというアイネス・フロネシスは簡単な挨拶だけして中庭から去っていった。

 残されたのは互いにいつもとは服装の違う二人だ。


「どうも、後輩君」


「………………」


 何でもないように、トリウィアが声をかけてくる。

 手にするのはいつもの紙巻き煙草とは違い、煙管だった。

 どこからどう見ても良家のお嬢様という雰囲気である。

 かけられた声にウィルは少しなんというか迷った。

 それから、まず一言断って掲示板での配信を切り上げる。

 見合いを拒否するためにアドバイスをもらうつもりだったけれど、トリウィア相手ならば必要ないと判断したからだ。


「…………えっと。驚かせたかったとか、そういう話ですか」


「ふふ、流石ですね。驚きました?」


 言うまでもないが虚勢である。

 「相手が自分だということを黙っていたのは」という問いだが、それに対してトリウィアが何も言わなかったのは、ウィルがわりと本気で見合い対策をしていてメンタルがちょっとやられていたからだ。

 正直、ウィルが来るまでは緊張で自前の煙草を吸い尽くしてしまったので母から煙管を借りているし、開口一番怒られたらどうしようとか考えていた。


「驚きました……全く、先輩らしいというかなんというか……最近避けられていたのはそういうことですか」


「良かった。怒られるかと思いました」


 これに関しては本当である。

 一先ずウィルに怒った様子はないので安心できた。

 そして彼女は改めて気を引き締める。

 日頃から常に無表情なトリウィアだが、感情が表に出ないわけではない。1年半の付き合いで、ウィルは大体自分の感情を読めるようになっていた。

 ここしばらくはトリウィアがウィルを避けていたのと、ウィル自身見合い対策に意識を取られていたので気取られることはなかったけれど。

 この場において、感情を悟られるのはかっこいい先輩ではない―――――なんて、アルマやフォンが聞いたら呆れかえるようなことを思っていた。


「それで……えぇと……お見合い相手は先輩なんですよね? あんまり理解が追い付いてないんですけど……僕の家と先輩の家は仲が悪かったのでは?」


「えぇ」


 煙管を蒸かしながら彼女は答える。

 彼女はあえて視線を川のプールに落し、表情を見せにくいようにしつつ、


「フロネシスとアンドレイアの確執は大きかった。……ただ、私は昔帝国で色々やって結婚相手がまるで見つからず、ウェルギリア氏はベアトリスさんとの一件があり、母と後輩君のお祖母さんで意気投合したそうです」


「へぇ……仲が悪かったのに、ですか?」


「仲が悪いからといって、顔を合わせないわけではないのが社交界というものです」


 二人は話し合い、ウェルギリアは娘の相手に困っている気持ちを理解できたし、アイネスにとってウェルギリアの経験は他人事ではなかった。

 そこで話題に上がったのがウィルであり、トリウィアだった。


「以前、叙勲式に参加したでしょう? あの時にも帝国の人間は数人いて、踊っている私と後輩君を見て関係が良いということが伝えられていたとか。それで今回の見合いを取り決めたようですね」


「はぁ」


 生返事。

 流れが分かったが、やはり理解できない――というより、納得しきれなかった。


「うぅん……僕と先輩が結婚するだけで解決する話ですか?」


「少なくとも両家の関係が良くなるきっかけになるでしょうね。帝国では結婚で元々仲の悪かった家を繋ぐというのはよくある話です」


「なる、ほど」


 このあたり、御影たちや掲示板でも聞いていたのでいい加減そのあたりはそういうものだと受け入れる。

 その上で、ウェルギリアが見合いを勧めた理由も理解した。

 相手がトリウィアだから、ウィルが受け入れると思ったのだろう。


「まぁ、そういうわけです後輩君」


「はい」


「今更あれこれお互いのことを知ろうという間柄でもないですし、聞いちゃいますけど」

 

 少しだけ、彼女の煙管を握る手に力が入った。

 そして改めてトリウィアはウィルに向き直る。

 青と黒の双眸で、黒を見つめた。

 揶揄うように、けれど本気を込めて。


「私と結婚―――したいですか?」


「ごめんなさい」






「………………………………えっ」


 沈黙が流れた。

 トリウィアは断られるとは思っていなかった。

 それくらいにはウィルとの関係は深いものだし、

 驚きすぎて、煙管をプールに落としてしまった。

 

「…………………………えっ?」


「―――」

 

 呆気にとられたトリウィアに対してウィルは口を開く。

 何故断ったのか。

 彼は何を望んでいるのか。

 彼女に伝えようとした。

 その時だった。



「―――――いやはや、手間が省けたね」


 

 ウィルでもトリウィアでもない声が、二人の耳に届いた。


「!!」


 声の相手は中庭の扉に背を預け、腕を組む青年だった。

 帝国式の軍服のような紺の儀礼服。ウィルのように着せられているのではなく、それが当然であるかのように着こなしている。

 オールバックにした長めの髪は―――灰色だった。


「――――――貴方、は」


 その男をトリウィアは知っていた。

 二色の瞳が揺れる。

 彼女の明晰すぎる頭脳が――――その意味を計算してしまったから。


「ふっ……察しがいい」


「……?」


「初めまして……というべきなんだろうな、ウィル・ストレイト」


 青年はウィルとあまり変わらない年頃に見えた。

 笑みを浮かべた男はゆっくりと歩み寄り、少し離れた所で止まる。

 次の動きは、芝居がかった一礼だった。


「俺はディートハリス・アンドレイア―――君の従兄であり、アンドレイア家次期当主」


「………………いと、こ?」


「あぁ。君の母親の弟の息子にあたる」


 言われ、青年、ディートハリスの顔を見る。

 そして気づく。

 性別の差はあるが、母に、そして、自分自身と似た顔立ちということを。

 ディートハリスは大げさに額に手を当てて息を吐く。


「お祖母様の勝手も困ったものだ。孫として、従兄として次期当主として謝罪をさせてほしい、ウィル」


「……はぁ」

 

「ふっ、急に言ってもさらに困らせてしまうだけか、いいだろう。それでは簡潔に」

 

 北から来た灰の髪の青年は笑う。

 そして告げた。


「この見合いは無し――――そして、トリウィア・フロネシスとの婚約は俺が行おう」

 

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