ザ・フール その1
「後輩君、ご家族とのお話なんですが……」
「あぁ……はい。ちょっと困ったことになりまして……お見合いなんて……」
「! なるほどなるほど……しかし貴族の血ともなれば、そういうこともあるのは致し方ないとも言えるでしょうね」
「そうなんですかねぇ」
「えぇ。帝国では貴族は9割お見合いや家の手配によるものですからね……ちなみに」
「はい」
「お相手の話は……」
「それが、教えてくれないんですよね。絶対気に入るからのごり押しで」
「ほう! それはそれは……で、あれば良縁かもしれません」
「ですかねぇ……でも、正直、こういう用意されたのは気乗りがしないというか」
「えっ」
「先輩もこういうのお嫌いでしたよね。気持ちが良く分かりました。僕を思ってくれるのは嬉しいですけど……どうなってもお断りさせていただくと思います。先輩だって」
「………………な、なるほど?」
●
放課後生徒会室。
3人掛けのソファにて。
ヴィンダー帝国が誇りし、アース111最高峰の傑物。5歳にて帝国学会を揺るがし、多くの老練の学者たちを号泣させ、この世界の最も優れた若者のみが入学できる≪アクシア魔法学園≫を3年間歴代ダントツトップの成績で卒業し、研究員として未だ尚席を置くことを許され、この世界の魔法体系を大きく変えると称えられ。
次元世界最高の魔法使いであるアルマ・スぺイシアでさえも手放しのその才能を褒めるトリウィア・フロネシス。
「あぁ……そんな……後輩君全然断る気満々じゃないですかぁ……どうして……」
彼女は今、ソファに横になりながら死人のようにお腹の上で手を重ね――――戯言をほざいていた。
行儀が良いのか悪いか分からない状態ではあるが、
「トリ先輩さぁ」
片髪を結ったパールはネイルを塗りつつ、
「なんでそんなクソボケになっちゃったんすかー?」
「ぐふっ……」
クソボケ呼ばわりされたトリウィアは後輩の一言に呻き声を上げるだけだった。
「なんだかなー」
その無様な姿に彼女は呆れつつ、
「トリっち先輩。この5年ずっと生徒の憧れじゃないですか? 私が入学してからも強さも成績ずっと一番だしー、私は勿論上級生にも下級生にも魔法教えてくれたしぃ? 鳴り物入りで入学して調子に乗ってたカルメンも入学試験の時点でぶちのめしたしぃ。私にとって完璧超人……はまぁ言い過ぎにしても、デキる女って感じだったのに」
「そんなことも……ありました……」
「色恋沙汰になるとこんなクソボケだったんですねー」
「ぐはっ……」
3年間慕ってくれていた後輩の容赦のない一言にデキる女は何も言い返せなかった。
遠慮も手心もなにもないパールの言葉だが、攻撃する意思というよりも純粋な呆れという風であり、表情も顔全体で呆れを表現していた。
褐色の少女は何度目かの溜息を吐き、
「ねー、アレっちもそう思うでしょー?」
生徒会の隅、備え付けられた小さなキッチンに立つアレス・オリンフォスに声をかけた。
「…………」
紅茶を淹れていた彼は何故僕がと眉を潜め、
「……………………」
手にしていたティーポットや並んでいるカップや茶葉を見る。
それは細やかな細工がされた聖国風の最高級茶器一式だった。
続けて視線をずらせば、皇国風の茶器一式と王国ではなかなか手に入らない最高級茶葉。
どちらも聖国の一件におけるお詫びと感謝の意味でパール本人と御影の姉、甘楽から個人的にあの時参加していた面子に送られたものだ。
聖国風のそれは本来教皇が使っていてもおかしくないものだし、皇国式のそれはちょっとした屋敷が立つレベルに高価なもの。
本来、生徒会役員ではないアレスがこの部屋に放課後入りびたる理由はないし、アレス自身も望むことではない。
できることならばなるべく他人と関わらず、距離を取りたいというのが彼の心情だ。
だが、彼にとって唯一の趣味と言えるのが紅茶である。
そしてそんな彼にとって聖国産最高級茶器は金塊の山に等しかった。
他人と距離を取りたいという心情を脅かすほどに。
さらにいえば現生徒会面子は茶器に対する興味は薄かった。
ウィルはなんか凄いんだなぁ程度にしか思わなかったし、トリウィアは製作者と材質を確認すれば満足、アルマは少し褒め、カルメンとフォンは器よりも中身の味と量。
さらに贈り手の妹である御影から言われた。
『あぁ、アレスよ。お前も巻き込んでしまったし。詫びというわけではないんだが……これ、この部屋でなら好きに使っていいぞ?』
アレス・オリンフォスは迷った。
それは迷った。
このちょっと頭の螺子が緩みまくった生徒会の中に混じるのは頭痛と胃痛の問題で避けたい。
だが、この素晴らしい器具に日常的に触れられるのはあまりにも人生の質の向上に繋がる。
迷いに迷って休日、ジョン・ドゥにも相談しかけたがそれよりも前にウザ絡みされたので何も言わなかった。
結局の所。
散々悩んだアレスは高級茶器に釣られて放課後、日々生徒会室に顔を出すようになった。
なんのかんの、仕事中のみんなにそれぞれの好みに合わせたお茶を出すあたり彼の性格が現れていた。
「…………同意を求められましても」
彼は嘆息しつつトレイに自分の分のストレートの紅茶、パールのスパイスミルクティー、さらにはトリウィアのブラックコーヒーを乗せて運ぶ。
「どうぞ」
「ありがとー! アレちのお茶はほんと美味しいよねぇ。私がいれてもこうはならないぜー」
「どうも……そこにおいといてください……今の私にアレス君の珈琲は相応しくない……」
「いやせっかく淹れたんだから飲んで欲しいですが……」
なにやら顔は青く、口から魂的なものがはみ出ている。
普段から常に無表情で、何を考えているか分らないが今ははっきりと落ち込んでいるのが目に見えた。
「色恋沙汰に関して、僕に言えることはあまりないですが……」
「アレちモテモテじゃん。陰から見守るファンクラブあるよ」
「……ないですが」
知りたくなかった。
「相手がストレイト先輩であるのなら、別に問題はないのではないでしょうか」
仰向けで倒れるトリウィアの向かい、パールの隣に一人分空けて彼も座る。
紅茶の香りとティーカップの美しさに息を吐きつつ、
「あの人なら、お見合いにフロネシス先輩が現れても驚きはすれど、拒否することはないと思いますが」
「おぉ、アレち。ウィルちへの解像度高いじゃーん」
「……別に、これくらい普通でしょう」
「へへへー、まぁでも、アレちの言う通りじゃーん? そのあたりどーなんすか、トリ先輩」
「…………それは」
重い動きでトリウィアが起き上がる。
いつもよりも倍時間をかけて、取り出した煙草に火を点けた。
煙を吸い込み、目を見開いた。
「――――――確かに?」
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