トリウィア・デ・ヴィル その2
「こほん。君の帝国でのおもしろ過去は解った。それでこの手紙は……開けていいのかい?」
「どうぞ」
「それでは失礼して……ふむ」
開いた手紙は数枚だけだった。
しばらくアルマが手紙を読み、トリウィアが煙草を吹かす時間が流れる。
数分ほど経って、
「君の母親が、王都に来るって?」
「らしいです」
煙草を持った掌を額に押し当て、珍しく苦虫を噛み潰したような顔をする。
母親が嫌いなわけではない。
尊敬もしている。
ただ、
「この5年、手紙のやり取りはしてましたが、直接来るというのは初めてですし、あと1年で研究員も卒業となると、何のために来たか分かりやすいというか、予想すると面倒だなというか……」
「今度こそ結婚させられるか?」
「わりとありえますね。というか、後輩君や御影さんの例は特殊でしたが、帝国出身の女生徒が卒業して帰ったら即結婚なんてよくありますしね。名誉や箔というなら最大級ですし、引く手数多です」
「君の場合は?」
「………………」
6年経って、過去が忘れられているとも思えない。
研究者としてなら、学園に入学してからの方が成果を上げているのでむしろ色々尾ひれをついてくる可能性もある。
そんな自分の婚約相手に選ばれるような輩は、多分ちょっと頭がおかしい。
「面倒だね」
「はい」
「ウィルと結婚すればいいんじゃないか?」
「……………………アルマさん」
「うん」
「そういう、面倒だからで選ぶのはどうかと」
「くくっ」
彼女が顎を小さく上げて笑う。
大人びた笑みだった。
彼女はトリウィアに対してそういう表情をすることが多い。
概ね、魔法を学ぶトリウィアの隣で外見に見合わない笑みで見守ってくれている。
妹に対する姉のような。娘に対する母のような。孫に対する祖母のような。
そんな視線を見るたびに、彼女が外見通りの年齢ではなく、1000年を生きた偉大なる魔法使いということを思い出す。
その表情で見守られるのはいつもどこか体がくすぐったい。
「こほんっ……とにかく。母が来るということは今の私にとっては面倒事が大きい故に、それに気を取られていたわけです。或いは別に卒業前に顔見に来ただけかもしれませんけど。ほら、事情は説明しましたし、ヒントをいただけますか?」
「くくっ……あぁ、勿論。わかったわかった、そう睨むなよ」
一しきり笑った後、彼女は万年筆を握った手を掲げ、
「僕はいつも魔法を使う時……系統魔法だろうがアカシック・ライトだろうが、どっちにしても確かに指や手、腕が発動媒体だ」
指が動き、ペンが跳ねる。
五指それぞれの周りを、親指から順番にくるくると回り、手首まで行ったかと思えばスナップで小指にひっかかり、今後は先ほどとは逆再生の様に指を軸に回転していく。
「フィンガーダンス……タッキングって言うんだけど。こっちの世界にはないかな、とにかく指の動きを使っているのは僕の癖だね」
言ってる間にも万年筆は動きを止まらなかった。
手からペンが跳ね、ペンの尻が人差し指に静止した。
そのまま珈琲を飲むが、指先も万年筆はピクリとも動かない。
「……大した器用さですね。癖……癖?」
癖。
その言葉に眉を顰め、煙草を灰皿に押し付ける。
つまり、
「アカシック・ライトを使うのに、アルマさんと同じ動きをする必要はない、と?」
「だね。むしろ慣れない動きで集中力削れて逆効果じゃないかな」
「……………………なるほど」
盲点だった。
新しい煙草に火を点け、
「アルマさんは言うまでもなく、後輩君も手で行っているのでそういうものかと思ってましたね」
「もっと早く教えたほうが良かったかい?」
「いえ。トライアンドエラーは基本ですからね。むしろ感謝します」
返しつつ、煙を吸う。
「ふぅ――――」
吐き出しながら考える。
癖と彼女は言った。
つまり自分が一番リラックスして、自然にできるような動きが良い。
要はルーチンワーク。
動きそのものに意味はなく、しかし特別な力を感じている。
だったら、
「―――ふむ」
愛銃を取り出す。
銀色のリボルバー式拳銃。
少し見つめ、リボルバーを左肩に押し当て、
「――――」
一気に左腕を使い、リボルバーを回転させた。
―――――そして、その回転に伴う様に銃口の先に白い火花が散った。
「………………おぉ」
「おめでとう、第一歩だ」
アルマは満面の笑みで手を鳴らす。
そしてマグカップを掲げる。
「僕の十年を数か月に短縮したね。やはり君は天才だ」
「いえ、先生がよかったのでしょう」
アルマに返すようにトリウィアもマグカップを掲げた。
胸にあるのは一歩踏み出した僅かな喜び。
だが、それ以上に、
「次はなにを? 私としては着替えの魔法が使える様になりたいですね。あと、飲み物出すのも。それから……」
これから何ができるのかという、大いなる未知への探求心だ。
「いやはや、君らしい。もうちょっと喜んでいいものを」
彼女は苦笑し、小さく顎を上げ、
「そうだな……まずはアカシック・ライトを十分に引き出せること。それができたら、次は幻術だね」
「幻術……幻ですか」
「うむ。現実改変はまだ先の話だね。幻術自体は系統魔法でも似たようなことはできるが、アカシック・ライトによるものは自由度が非常に高い。慣れればこの世界の人間は、初見ではまず気づけないレベルで、それこそ舞台一つだってできるようになるさ」
「……この前の、別のアースのやつとか?」
「あれは……そうだね。そういうことも勿論できる。まずは幻術、それに実体を持たせて、現実の改変はその後だ」
「先は長そうです」
「燃えるだろう?」
「えぇ、実に」
アルマは口端を歪め、そしてトリウィアも珍しくはっきりとわかるくらいに小さく頬を吊り上げた。
さぁ次は思い、
「―――ん」
窓から吹く風の冷たさを感じた。
見れば、日が落ちようとしていて、ほんの少し身を震わせるような寒さが告げるのは、
「…………もう、秋ですね」
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