グレイテスト・ショー・オン・マルチバース その2


「これは……凄いな、ナギ……、サ!?」


「おぉん……まさか、また……こんな風に、見れる、なんて……何度見ても……てぇてぇ……!」


 プロデューサーが彼女を見たら、双眼鏡を目に押し当てたまま号泣していた。

 泣いている間にも何度か目の音楽の転調。

 それまでオーケストラのような音楽だったものから、急にテンポの速いジャズ風の音楽に切り替わる。

 ―――アルマとウィルはステップを踏んだ。

 その中で、ナギサとアルマと目が合った、そんな気がして、


「―――?」


『どうやら、物好きが、いっぱいいるらしい、ね!』


 パチンと指を鳴らし、


 ――――――生み出された光の門からマキナが、クロノが、アルカが、ロックが、ソウジが、景が、マエリルが、巴が、御影が、トリウィアが、フォンが飛び出してきた。



「……………………はぁああああああああああああああああああ!?」


 隣のプロデューサーがびっくりして仰け反ったが気づかなかった。

 舞台装置代わりの光の線で再現された、とかではない。

 完全に本人たちだ。

 いつの間にかアルマとウィルも含めて、それぞれがアース572の学生服と科学的パーツが組み合わさったアイドルスーツに変わっている。

 アルマは赤と黒、それに緑を基調としたダブルタイプのジャケットにチェックのミニスカート。マントはインバネスとなり動きと共に舞っている。他の全員も同じように、あのクリスマスの時来ていた服からアレンジされた衣装。


『おっと、もう1人足りないかい?』


 もう一度指を鳴らし、今度は控室のナギサの前にポータルが開いた。

 

「―――!」


「あ、おい、ナギサ、身体の方は――っ」


 猛は一度静止しかけた。

 ナギサにしてもこれまでの歌で体力を限界まで消耗していたはずだったから。

 けれど彼は飲み込んだ。

 そのたぐいまれなる観察眼からどういうわけか、ナギサの体力が回復していたことに気づいたから。

 なにより―――ナギサ自身が行くことを望んでいたから。

 だから、状況は全く分らないけれど。


「―――行ってこい、ナギサ!」

 

 彼女に吠えた。

 アイドルの背中を押すのが、プロデューサーの役目だから。


「にゃ!!」


 ポータルを飛び越え、ステージに飛び込む。

 あの日の様に。

 

『さぁ! 楽しもう!』

 

 ウィルとアルマが繋いだ手を掲げ、


『―――マルチバース史上最高のステージを!』

 

 そこから先はもう滅茶苦茶だ。

 それぞれが生み出す音楽に統一性なんてない。

 管楽器、打楽器、弦楽器のようなものは勿論、明らかに電子音が鳴ったかと思えば、どうやって作り出したのかもわからないような謎の効果音すら発生する。

 何人もステージ上にいるが統一感なんて全くない。

 だけど、声が重なる。


『愉快なバンドを組もう!』


 マリエルが見事なワルツを披露する後ろでソウジが剣舞を行い、ロックがサイドチェストポーズで、トリウィアが謎のかっこいいポーズでにらみ合う。


『世界の壁なんて大したことないさ!』


 巴の妙にキレのある行進の上でフォンがステージ上を飛び回っているし、マキナは何故かパントマイムをし、クロノはアルカに肩車されてぐるぐる回り、御影は見事な日本舞踊みたいなもの優雅に舞う隣では景が高速のブレイクダンス。


『だって僕らは繋がっている!』


 そしてステージの中央。

 ナギサはアルマとウィルとトライアングルを描いて踊り狂う。

 打ち合わせはしていなかったけれど、動くたびに音楽が弾け、それが互いの届くことでどう動くかを伝えあい、すぐに3人の動きはシンクロし始めた。


『あぁ! 転生も悪くない!』


 ウィルが腕を振り、


『こんな出会いがあるんだから!』


 アルマがステップを踏み、


『明日も楽しく、生きていこう!』


 ナギサが歌声を響かせる。

 結果的に。

 失ったことは変わらないし、失ったものは戻ってこない。

 だけど、それでも。

 過去を振り返った後に、今の自分を見てみれば。

 色んなものを抱えているのだ。

 案外、それだけで人は生きていけたりすると、ナギサは思う。

 あと、推しがあれば最高。


『唱えれば、それだけで幸せなんて!』


 声が、歌が、心が重なる。

 一緒に足を踏み鳴らし、笑い、声を上げて。


『そんな魔法の言葉が希望!』


 みんなに囲まれながら、中央でウィルとアルマが手を繋ぐ。


『真っすぐな意思の魂で!』


 繋いだ手から虹色の五線譜が魔法陣となって広がり、それはステージ全体へと広がっていく。何重にも七色は輝きそれらは天へ昇り―――ウィルとアルマが最後の言葉を叫んだ。



『――――生きている限り、希望を抱く!』



 虹色が爆発した。

 高く澄んだ音。

 五線譜が、音符がステージを飛び越え世界に広がり――――

 七色の光の粒が雪の様に漂い残る中、全員が並び、揃って一礼。

 再び、ステージから光が消えて。

 舞台の幕は下りた。







「いやいやいやいやどういうことにゃ!?」


 幕が下りたと思ったら、控室に転移していた。

 目の前にはアイドル衣装のままのウィルとアルマ。

 二人は汗を流し、頬を上気させたまま、息は切れているが笑っている。

 ウィルは少し首を傾け、


「ははは……ちょっと驚かせようと思って」


 アルマは得意げに顎を上げた。


「サプラーイズ」


「サプライズが過ぎるにゃ! なんでみんないるんにゃ!?」


「全員僕がDMして直通で呼んだんだよ。ついでに御影たちも。ちょっと踊らないって?」


「かっるいにゃ!!」


「……失礼。そこの2人。俺はこの場の指揮官なんだが……」


「あぁ、悪いね。いきなり介入して」


 訝しげに眉を顰める猛に、アルマは軽く肩を竦めた。


「少々遠方からナギサの応援に来た者だ。深くは後でナギサにでも聞くと良い」


「話していいのかにゃ?」


「一人くらいならまぁいいだろう。手短に状況を話す」


 アルマが上を指す。

 それは天井ではなく、その先の黒い渦を示しているのだろう。


「僕とウィルで、。これ以上は広がらない」


「…………は?」


「ってことは……ウィルの特権かにゃ? クリスマスの時みたいな?」


「はい、そういうことです。さっきの歌がそのまま術式になってる……らしいですよ?」


「じゃなきゃあんなことするか」


「アルマはわりとすると思うにゃ……」


 『僕の希望だよ♡』は伊達ではない。 

 弄られるのはキレるけど、この最強の魔術師、彼氏自慢には躊躇わないタイプだ。

 

「ついでに言えば、ゲストもいたから≪シンフォニウム粒子≫もおまけで限界値まで蓄積されてるし、さらにおまけでそれぞれの控室で疲れ果ててた≪IDOL≫も回復させておいた」


「……君、凄いな。アイドルやらないか?」


「むしろ君が凄いな」


「これが私のプロデューサーにゃー……って蓄積? まだ解決してないにゃ?」


「あぁ」


 一つ頷き、アルマは苦笑する。


「お膳立てはしたからね。―――


 その世界でできることはその世界の者で。

 変わらないアルマのポリシー。

 ただ、どうしようもないのは手伝う。

 それがウィルと出会って変わったもの。


、現実や人生なら余計だ。後は、頑張れ。君らの仲間全員で歌うといいさ」


「応援してます。頑張ってください、ナギサさん」


「っ……にゃ!」


「うおっ!」


「わっ」


 思わずナギサは二人を抱きしめていた。


「ありがとうにゃ、ウィル、アルマ」


 ナギサにとって二人はユウとウシオのように―――ではない。

 全く似てないし、出会い方も、関係も違う。

 あの二人は返ってこないし、代わりだっていない。

 けれど多分、妹と弟を失ったせいでぽっかりと空いた大きな穴を埋めてくれたのは、この二人なのだ。

 だから愛おしい。

 結果的に。

 失ったものがあって、得たものがある。

 人生って、そんなものだ。


「――よぉし! 二人とも、よぉぉぉぉぉく! 見て聞いていて欲しいニャ!」


 二人から離れて笑う。

 素の自分をさらけ出すつもりはない。

 二人には見せたくない。

 別に、このアイドルの自分だって嘘じゃない。 

 少なくともウィルとアルマに対しては。

 二人の前では笑顔で、お気楽で、謎に猫語尾のアイドルなお姉さんでいたいだけ。



「――――この天音ナギサと、この世界の≪IDOL≫たちの歌を!」


 

 

 

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