グレイテスト・ショー・オン・マルチバース その1
誰もいない巨大なライブステージ。
天上には漆黒のブラックホール。
世界の終わりかのような光景の中、ウィル・ストレイトとアルマ・スぺイシアは降り立った。
色違いの胴着、フード付きのロングコートと肩幕。
ステージの中央、動きを見せたのはアルマだ。
「第193番」
アルマが胸の前で、金細工のブローチの前で、指を組み印を結ぶ。
ブローチの周囲に白い魔法陣が展開し、金細工が歯車のような音を立てながら動き、内部の宝石が露出する。
現れたのは輝くエメラルド。
「――――≪
カチャリと鍵を開ける音。
腕を広げると同時に白が緑に、魔法陣が五本の線の円環と共にスタジアム全体に広がった。
そして、全ての光が消滅する。
●
「なんだ!? どういうことだナギサ!」
ステージ外周部分にそれぞれユニットごとに用意されていた控室の内、本人の希望で唯一個人用となっていたナギサの部屋。
≪IDOL≫たちの様子を確認している最中、たまたま訪れていた猛は声を張り上げた。
状況が意味不明すぎる。
当然現れた二人もそうだが、ステージに繋がる扉の外が真っ暗だ。
夜とか暗闇とかそういう話ではなく、天の渦すら見えない完全な漆黒。
常人離れした視力を持つ猛でも何も見えない。
ナギサなら。
彼女なら何か知っているはず。
そうでなければ自作らしいサイリウムやらうちわを持っているはずがない。
「ナギサ!」
「静……かに……!」
語気は強く、しかし言葉を短く区切る様な、たどたどしい話し方は天音ナギサ本来の話し方。
プロデューサーと二人だけの時しか見れないが、しかしそれでもいつも以上に鼻息が荒い。
いつもなら気だるげに、世界を疎むような気配を纏い、薄い笑みと共に皮肉を言うのに。
今は目を爛々と輝かせて何かを待ち望んでいる。
「これから……私たちは、凄いものを……見るっ! ……多分! あとついでに……この状況も、なんとか、なる!」
「凄いものとは!?」
「凄い、もの!」
言っていたら、暗闇に変化が起きた。
ガコンと。
まるで、そう。スポットライトが舞台を照らすときのようなそんな音と共に。
ステージの中央、にアルマが現れた。
真紅のコートも指輪やブローチのような全ての装飾がない、胴着だけ。
暗闇の中、天から彼女だけを指す光は本当に舞台上のスポットライトのように。
そして、どこからかゆっくりとした音楽が流れ始め、
『―――――あぁ』
その音楽に乗せて言葉を紡ぎ始めた。
『唱えれば、それだけ幸福なんて』
彼女は弦楽器によって奏でられるであろう音楽に合わせて鈴の鳴る様な声で伸びやかに語り歌う。
胸の前で組んだ手を空に掲げる。
『そんな魔法の言葉があったら、いいのに―――』
そして、最初と同じ消灯音と共に光が消える。
一瞬、全てが漆黒に包まれて、
『あぁ、どうしようどうしよう!』
ステージに光が戻った時、軽快なアップテンポの音楽とそれに合わせた歌声が始まった。
質素なシャツとズボン、農家の息子と言わんばかりの姿の彼は大げさに頭を抱え、ステップ。ナギサたちから見て舞台中央から外れて少し右。彼の背景にはデフォルメされた森と家。その周囲だけを照らすライト。
『できることが多すぎて! どうしたらいいか分からない! こんなことじゃあ! こんな風じゃ! 主席なんてできやしない!』
ほぼセリフに近い歌、大げさな歌詞と身振りと踊り。
そしてあからさまな背景。
それは、まるで、
「………………ミュージ、カル……!?」
あんぐりとナギサの口が開く。
思っていたのとまったく違ったから。
なんで? どういう舞台装置? そう来る!? と思い瞬きを三回。
「っ……プロデュー、サー! オペラ、グラス……せめて、双眼鏡……!」
サイリウムとうちわを投げ捨て、猛へ掌を突き出した。
「は? いや、何が……」
「ミュージカルで、サイリウムやうちわ、振る……馬鹿はいない……!」
それはそうだけども。
『おやおや! 面白い特権を持っているね、君!』
言っている間、ナギサたちから見て左側――舞台で言う下手に光。
真紅のコートを纏い直し、周囲を本棚に囲まれたアルマが現れる。
『困っているようだ! 仕方ないね! ここは僕が面倒を見てやろう! 感謝を、したまえよ!』
『あぁ! ほんとに!? ありがとうございます!』
『おっと、思っていた反応と違うぞ?』
大きく彼女が肩を竦めたら、音楽が変わる。
より早く、弾むように。
ステージの半分が暖かな明かりに包まれ、光が弾ける。
宙に舞う光は一つ一つが音楽だ。
様々な色を持ち、物理的に存在する音楽の結晶。
アース193。
このアース572は限られた年代の歌を力と変えるが、その世界では音楽そのものが力を持ち、魔法の様に扱う。
アルマはその世界法則をそっくりそのまま、このステージに展開しているのだ。
故に感情が、記憶が、全てが音楽として紡がれ、彼女の魔法も合わさってリアルタイムに舞台装置を再現するミュージカルとして成立している。
『ほんとになんて天才さん! 貴方は優しい人なんだろう!』
腕を広げれば光と曲が弾けて衣装が変わる。
慣れ親しんだ彼の学園の制服に。
『貴方が前を向かせてくれた!』
指を鳴らし、前を指す。
赤い光と燃えるような音と共に真紅、黒い片角の獅子が現れ雄たけびを上げる。
『貴方が道の歩き方を教えてくれた!』
指を鳴らし、右を差す。
青い光と本をめくる様な音と共に、群青、眼鏡をかけたブリキの人形がかっこいいポーズを取る。
『貴方が未来を示してくれた!』
指を鳴らし、背後を指す。
黄色混じりの白と黒の光と風が吹く音と共に、黒白、翼を備えた案山子が背後で翼をはばたかせた。
色とりどりの光と音がウィルの中心に渦巻き、集まり、
『貴方に感謝を天才さん! 新しい人生に喜びを! きっと! これから! もっともっと、楽しくなるから!』
虹色が弾け、音は何十にも重なり、ステージに木霊する。
光の飛沫はまるで紙吹雪の様に。どこからともなく響く喝采音。
何かもが彼の人生を祝福するかのように。
「―――」
それが何を意味するかをナギサは知っている。
あれはナギサが≪IDOL≫を再開して、しばらくした頃。再開したアイドル生活はそれなりに楽しかったけれど、それなりに退屈だった。
だからそれまでろくに使っていなかった掲示板を見て、たまたまウィルを見つけて。
転生によって幸せを得た人もいることを実感したのだ。
彼はいつだって、率直に、素直に感情を表現していたから。
彼女もいつだって、それに対して様々な反応を見せていたから。
これはそれのリフレイン。
『唱えればそれだけで―――』
音楽の中でウィルの言葉が長く紡ぎ。
そして舞台が再び闇に包まれる。
次に暗闇の中、スポットライトが孤独に照らし出したのはアルマだけだった。
『―――幸福だなんて。そんな魔法の言葉があればいいのに』
さっきまでとは打って変わって、青白く冷たい光。
右手を冷光に翳し、その光が静かで、寂しげな音楽を奏でていく。
ゆっくりと、悲しさすら滲ませて、
『君は幸福になる権利がある』
声は高らかに。
けれど静寂に溶けていくように。
『君はそれだけの喪失を経験した』
そこには多くの感情が含まれていた。
悲しみと苦しみ、慰め、慈しみ、切なさ―――そして言葉にできない何か。
掲げた指の先。
七色の光の周りに、赤と青、黒白の三色が浮かび舞う。
『君はきっと、幸せになれるだろう。無敵のライオン。物知りなブリキ学者。翼を持つ案山子と共に。虹の向こうで、本当の魔法を見つけられるさ』
それはナギサも、誰も知らない彼女の感傷。
自分がいなくても、ウィルなら大丈夫。そう彼女は思っていたし願っていた。
マルチバースというあまりにも広い隔たりがあるから。
全てが悲しみの青白い光の中、世界の誰よりも偉大な魔術師は世界の誰よりも独りぼっちだった。
『きっと―――きっと。魔法の言葉がなくても幸せになれる…………』
光と共に声が消える。
再び闇が降り、次は低く重い音がゆっくりと連続で轟いた。
続く音楽は息苦しく、おどろおどろしい。黒く、鈍く輝く光の波が暗闇の中からステージを覆う様に溢れ出す。
舞台転換。
黒い靄のような化物がステージ上にあふれかえる。
100人以上が一斉にダンスと歌ができるほどの広さに、
『――――死にたいわけじゃなかった!』
たった一人、ウィルだけが闇に囲まれて歌い上げる。
重低の旋律に飲み込まれそうになりながら、彼は切に思いを言の葉に乗せてていく。
『ただ、怖かった。恐ろしかった。大事なものを失うことが! もう一度失ってしまうことが!』
大いなる特権を手に入れて。
幸福へと導かれて、けれどそれを享受することが、もう一度失ってしまうことが恐ろしい。
その気持ちは、ナギサにだって理解できた。
彼女もまた失って、けれどもう一度与えられた。
頼りになる、なりすぎるプロデューサー。
個性豊かな≪IDOL≫の仲間たち。
季節ごと、毎月ごとに発生するてんやわんやのお祭り騒ぎ。
それはきっと幸福で、けれど失ったものが大きすぎて受け入れるのが難しかった。
失った妹と弟に申し訳なくて。
もう一度幸せになるのが恐ろしくて。
『大切なものを失うくらいなら――――』
―――もう何も大切なんて抱きしめたくない。
『――――自分から失っていけばいい』
だけど、ナギサの周りはナギサを放っておかなかった。
去年の夏。
妹や弟を殺したレベル5≪FAN≫を今度こそ一人で倒そうとして、負けて、死にかけて。
結果的に――――数人の≪IDOL≫と指揮官と一緒に戦って倒したのだ。
いや結果的に見ても≪IDOL≫と一緒に戦ってる指揮官がいるのはおかしかったが。
ありがたいことにナギサは助けてくれる人がいた。
そして、ウィルの場合は、
『――――そんなこと言わないで』
その言葉共に光の門が開き、そこからアルマが登場し―――溢れる光と音が闇の靄を吹き飛ばす。
光の粒がステージに舞い、虹色が世界を染める。
その中。
七色に包まれ、音が一度消え去った中。
『唱えれば、それだけで幸福なんて』
少女は少年に手を伸ばす。
『そんな言葉が――――』
少年が少女の手を取る。
そして二人はほほ笑み、言葉を重ね、
『―――――希望なんだ!』
『―――――希望なのさ!』
音が爆発し、五線譜が舞い踊り、ステージ全体を虹が染め上げる。
流れ出す明るく、煌びやかな、聞くだけで楽しくなるようなオーケストラ。ステージ上のあちこちで光の色で編まれる様々な楽器がそれぞれを演奏する。
世界が二人を祝福するように。
その出会いを寿ぐように。
『人生に光が満ち溢れて 』
『 明日へ進む心が弾むんだ!』
二人が揃えてステップを踏み、腕を振るうたびに、音楽の光が弾け舞う。
ステージ上の黒い靄は溢れる光に触れた瞬間に消えていた。
『 掴み受けて踏み出すだけで!』
『伸ばした手を 踏み出すだけで!』
『『―――こんなにも幸福に満ちている!』』
光の奔流は止まらない。
発生する≪シンフォニウム粒子≫は天井知らず。
一人の少年と一人の少女の出会い。そこに込められた想いがこのショーを生み出していた。
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