≪新生トライアングル≫天音ナギサ:FILE1


 天音ナギサが転生した時、正直テンションは上がった。

 そしてわりとすぐにテンションは下がっていた。


 この世界の現状を理解したからだ。


 知っている街どころか世界中が半壊しており、≪FAN≫とかいう化物に侵略されていたのだ。

 物心ついた時、ニュースを見て「あ、これポストアポカリプスじゃん」って思った記憶は鮮明だ。

 近未来なので生活の利便性は上がっていたが、しかし同時に資源不足のせいで不便なところもあってどっこいどっこい。

 あいにく転生特権さえ持っていなかったから転生チートの物語を始める気にもなれなかった。

 前世において嗜んだアニメや小説と話が全く違う。


 第二の人生のモチベーションは双子の弟と妹だった。

 天音ユウと天音ウシオ。

 白に近いピンクの髪でいつも元気いっぱいのユウ。

 濃いピンクの髪でいつも元気いっぱいのウシオ。

 つまりはいつも元気いっぱいの弟と妹。

 対して二人の中間くらいの薄目のピンクの髪の長女は前世の性格を引きずって会話が苦手、人見知り、内向的、内弁慶、ネガティブ思考、オタク気質。

 陽の弟妹と陰の姉。

 言葉にすると悲しいが、しかし弟妹はナギサになついてくれたし、ナギサも二人が大好きだった。

 思い返すとついつい単語ばかりでゆっくりと話すナギサの代わりに二人が通訳してくれていたりもしたがまぁいいだろう。

 とにかく弟と妹が可愛い。

 ジャスティス。

 転生人生サイコー! と思った。


 転機は10歳の時。

 この世界の子供は10になる前までに≪シンフォニウム粒子≫との適合性の検査が必須である。≪FAN≫との生存競争の真っただ中である以上当然であるし、一定以上の適正が発覚すると≪IDOL≫になる義務も発生する。人付き合いが下手な上に口下手な彼女を慮って、両親が義務ギリギリまで検査を遅らされていたのだが。

 

 天音ナギサは過去最高の適合率を叩き出した。


 あれ? 転生特権ってこれじゃね? ―――なんて。ナギサのテンションは上がった。

 ついでに言うと同じタイミングで検査を受けたユウとウシオも、ナギサほどではないが平均を大きく上回る適合率を見せ、3姉弟揃って≪IDOL≫になることになって―――またさらにテンションは上がった。

 大好きな弟妹と3人でユニットを組んで、≪IDOL≫になって世界を救う!

 この世界のアイドルは前世でのアイドルとかなり乖離していたが、それでも華やかなことには変わりない。

 戦う必要もあるが、転生特権のおかげで実力は担保されている。

 前世、インターネットで飽きるほどに読んだ転生小説のように。

 あるいはこれからイケメンのアイドルに何人も出会って求愛されるかもしれない。

 アイドル逆ハーレム、悪くない言葉だ。

 とりあえず何があっても弟妹は絶対に守る。下手な相手は許さない。

 

 そして実際に2年間、≪IDOL≫として華々しく戦い。


 3年目の夏、ユウとウシオは死んだ。







 ≪FAN≫というものにはその強さに応じてレベルが振り分けられている。

 レベル1はただの雑魚。

 レベル2も雑兵

 レベル3はそれらをまとめるリーダー的存在。

 レベル4になると大物となり固有の能力やボス的存在。知性も急に高くなる。歴戦の1ユニットで倒せる限界点が基本的にこことされている。

 そして、レベル5は複数ユニットと熟練の指揮官を前提として倒せるかどうか。自分よりレベルの低いものを軍隊のように従えることもある厄介な存在だ。


 ナギサたち3人はそのレベル5とある日遭遇し、そして負けた。


 ユウは腰から下が消えていた。


 ウシオの頭は肉塊になって、体が残った。


 ナギサは喉元から胸に風穴が空いた。


 言葉にすれば、結局のところそれだけだ。

 珍しいことではある。

 レベル5の≪FAN≫という強大な存在が唐突に現れるなんて滅多にない。レベル3以下と戦う程度なら≪IDOL≫の死亡率はそこまで高くはない。

 ただそれら可能性はゼロではないし、たまたまナギサたちがババを引いただけの話。

 肉袋になった最愛の弟と妹を見て、彼女は泣け叫ぼうとして。

 喉なんか消えてることに気づいた時には彼女は死んでいた。


 そして、ここからが最悪だった。


  





 死んでいたと思ったら、死んでいなかった。

 ナギサは忘れがちだがこの世界はわりと近未来であり、軽く滅びかけているから部分的な衰退はあるが、部分的な技術は大きく発展している。

 医療関係もそう。

 即死してないければ。あるいはどこぞの脳髄ではないが、脳細胞が完全に死んでいなければ蘇生は不可能ではない。

 だから、結果的に生き残った。


 ユウの心臓とウシオの声帯を移植して。


 三種に分けられる≪IDOL≫の性質。

 それを≪UNION≫は兼ねてより複合型を生み出せないか画策していたという。

 先天的な才能からソレが生まれるのか、或いは人為的に生み出せるのか。

 ナギサも詳しくは知らないが、多くの研究――――時には非人道的な人体実験も行われたという。

 ナギサの場合が、非人道的だったかと言われると難しい。

 移植すれば複合型が生まれるのならばとっくにしているし、簡単だったはずだ。

 助かる可能性があった姉に、失っていた心臓と≪IDOL≫として必須な声帯を移植したというだけの話。

 ただ、結果的に天音ナギサは3タイプ全てを体現した。 

 

 結果的に――――そう、ただの結果だ。


 便利な言葉だ。

 結果的に。

 過程の全てを横において事実だけを記すことができる。

 少なくともナギサはそう思わないとやっていけなかったし、少なくとも2年間は飲み込むことはできなかった。


 移植直後、結果だけを述べるなら。

 ナギサは精神を壊した。

 何もかもが憎かったし、嫌になった。

 あんな≪FAN≫が出てくる壊れかけの世界に対しても。

 当時早々にナギサたちの生存を諦めて指揮を放棄したプロデューサーという存在にも。

 こんな手術をした≪UNION≫にも。 


 何より、浮かれていた自分に。


 転生した第二の生ということをちゃんと見ていなかった。

 高い能力を持ち、弟妹と戦えたことに浮かれて、自分が、ユウとウシオが死ぬことを想定していなかった。

 

 それからは―――壊れたまま≪UNION≫に、単騎による≪FAN≫殲滅の道具にされていた。

 1年ほどは目の前に≪FAN≫がいれば我を忘れて蹂躙した。

 2年目になれば理性的な時間は自傷行為をするようになり、すぐに常時拘束されるようになって。

 3年目、ついに精神が擦り切れそうなった頃に、


『さぁ―――一緒に! トップアイドルを目指そうじゃあないかッ!』


 あの男が現れた。

 ふざけるんじゃねぇボケとか。

 誰が今更アイドルだアホとか。

 お前それプロデューサーのスペックじゃないだろ転生者かタコとか。

 まぁ色々思ったが。

 結局3時間殴り合いになって、殴り負けて、


『…………分かった。やる』


 何故か分らないかそんなことを言ってしまった。

 もしかしたら、救いを求めていたかもしれない。

 或いは、脅迫とか恫喝とかそういう類の犯罪かも。

 いまいちそういう犯罪は緩くなっているのでよく覚えてない。

 何にしても物理的に強めの説得をされて、≪IDOL≫を再開することになった。


 ただ、天音ナギサとしてはできなかった。

 それをするには彼女はあまりにも自分が嫌いだったから。


 だから、そう。

 弟妹のように天真爛漫で、明るくて、ムードメーカーの≪天音ナギサというアイドル≫を作り上げた。

 それ自体に意味はない。

 猫耳やら猫口調も「オタクそういうの好きだろ」という考えから。

 今思うとあまりにも浅い。

 

 そんなこんなで1年は上手くやった。

 アイドルとしての自分の仮面をうまくかぶって、距離感も取れていた。

 2年目の夏、バカンスに行ったらかつてユウとウシオを殺したレベル5の≪FAN≫と遭遇してため込んでいたものをプロデューサーと数人の同僚にぶちまけた。

 そのあたりはちょっと黒歴史。

 それからちょっぴり暖かい記憶。

 そして3年目の夏の終わり。

 ≪IDOL≫としての決戦が始まった。







 オペレーション≪ユナイト・ファイナルライブ≫。


 2047年9月初頭。

 地中海のある地点で小さな黒い渦が発見され、そこから≪FAN≫の出現が確認された。

 これまでどこから現れるのか不明だった人類の天敵の出現方法の発見に世界中が沸いたが―――その渦がその後世界各地で同時出現した。

 小さいものは直径数メートル。その程度ならば数ユニットの≪IDOL≫が≪シンフォニウム粒子≫をぶつければ消滅できたが。

 

 問題は旧東京上空に出現した100メートル級の渦。


 観測されるエネルギーは過去最大級。

 ≪UNION≫本部はそれを観測史上初のレベル6の≪FAN≫と断定。

 これを消去するための膨大な≪シンフォニウム粒子≫を生み出す為に、旧スカイツリーの残骸に粒子増幅装置を設営、即席のライブスタジアムを建設。

 そこに日本≪UNION≫最大戦力であるレインボーラインプロダクション総勢112名のアイドルによってライブを行い≪シンフォニウム粒子≫を増幅蓄積。

 レベル6の≪FAN≫を消滅させるだけの粒子まで達した場合、スタジアムがそのまま粒子砲台となって天上の黒渦を消滅させる。

 それが≪ユナイト・ファイナルライブ≫だ。


 アース572、2045年、9月27日、真夜中少し前。


 結果的に。

 それは失敗しかけている。

 100人近い≪IDOL≫が数時間かけてぶっ通して体力と気力の限り歌い、踊り、≪シンフォニウム粒子≫を蓄積してきた。

 そして規定量には確かに達した。

 間違いなく観測史上最大の≪シンフォニウム粒子≫。

 にも関わらず、達したと同時に渦が広がり、必要粒子量が足りなくなる。

 

 


 歌い踊るということは、この世界において戦闘と同義だ。

 ≪シンフォニウム粒子≫の変換の際に精神と体力をただ歌い踊るのとは比べ物にならないほどに消耗が激しい。

 しかしどれだけ死力を潰しても、渦を消滅させるエネルギーは溜まり切らない。

 多くの≪IDOL≫が意識を失うほどに力を使い果たし、絶望し、心が折れそうになった時。



 ―――――白い火花が門となって広がり、少年と少女が現れた。


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