アルマ・スぺイシアー大いなる責任ー その3


「―――――」


 ガツンと、頭を殴られた錯覚にマキナは陥った。


「いつか艦長にロリババアと言われたけどさ。実際、僕はほぼ不老不死でね。ほぼ、というのはつまり死ぬ手段があるんだけど、それはたった二つだけ」


 突然、アルマが年老いて見えた。

 人形染みた十代半ばの美少女なはずなのに、ずっと長い間放浪してきた老婆のように。世界の全てを見てしまい、心が摩耗しきってしまったかのように。

 そして力なく微笑む彼女は実際に1000の果てに生きている。


「一つはアース666に封印した≪D・E≫最上位種、≪黙示龍≫を殺すこと。基本的に僕はアレが死なない限り死なないし、老いることもない。肉体の時間も止まり続けている。1000年前、僕はあいつを倒しきれず封印したが、。それでやっと封印できたわけだね」


 彼女は微笑んでいる。

 もうそれは当たり前のことだという様に。


「もう一つは≪D・E≫の上位種が殺すこと。ゴーティアとかが僕を狙うのはそういうことだ。400年前に≪ネクサス≫を結成した理由でもあるけど、連中は僕と≪黙示龍≫の繋がりを断つ手段を見つけてね。それでまぁしんどくなって≪ネクサス≫を作ったわけ」


 つまり。

 彼女は≪D・E≫から殺されない限り死なないし老いない。

 永遠にその時間は止まり続けている。

 十代半ばの少女のまま。


「背は伸びないし、太りも痩せもしない、髪は伸びない。ま、ここら辺は魔法でどうとでもできるけど。あとは味覚はだいぶ薄いし……ないってほどでもないけどね。嗅覚はわりと平気だから香りが強いものや味が濃いものを好んでいる」


 それに、


「子供だって、勿論作れない。この体になる直前は色々精神的とか栄養的にも不安定でね、初潮も来なかったんだなこれが。そうでなくても体の時間ごと止まってるから新しい命は生み出せない」


「…………だが、ウィルだって寿命を延ばすなり、彼の特権ならばそれこそ不老不死だって……」


「永遠に価値を感じるのは定命の者の特権さ。不死なんてろくでもない。命には約束された安寧が必要だ。彼は大した特権を持っているけれど、だからってその生命の特権を奪う必要はないよ」


 彼女の切り捨てるようなそっけない言葉に、マキナは今にも倒れそうだった。

 1000年生きる少女と20にもならない少年。

 その年の差の意味を、ちゃんと見ていなかった。

 アルマなら、どうにかするだろうと勝手に思っていたのだ。


「13いる≪D・E≫上位個体のうち、1000年かけて4体倒した。単純計算であと3000年か。≪黙示龍≫を倒すのにもう1000年追加しても良い。僕はそれだけ戦い、生きる必要がある。……まぁ、1000年で大分心折れかけてたけど、ウィルとの出会いだけで1000年は戦えると思っていた」


 だけど。

 それだけではきっと足りないと、アルマは笑う。


「無責任だけどさ。ウィルと生きれば生きるほど。彼と日々を送るほど、。希望をくれたのはウィルだって同じだ。閉ざし、殺した心を蘇らせてくれた。なのにウィルがいなかったら……困っちゃうな」


 言葉を続けるのはマキナの知らないアルマだった。

 掲示板で尊大に振る舞う彼女でもない。

 ただの少女のようにウィルと生きる彼女でもない。

 この世界にきて一緒に戸籍を作ったり、住む場所を決める時に口喧嘩をした彼女でもない。

 或いは、≪ネクサス≫にいる時の冷徹な指揮官でもない。


 きっとそれは、いつか、穴倉で。

 全てを失った少年の話を聞いて、彼を抱きしめたいのに抱きしめられなかった彼女だ。

 

 大きすぎる力を持つが故に、その責務をたった一人で果たそうとする、あまりにも痛々しく、しかしそれを当然だと思っている少女だった。


「だから僕的に、ウィルには御影ともトリウィアともフォンとも結婚して子供作ってほしいんだよね。100年も経てば4人とも死ぬだろうけど、彼らの子孫が平穏にこの世界に生き続けてくれるなら――――それだけで、僕はいいんだ」


 いつか、誰も彼が死んで、アルマだけが残る。

 それでも彼らが残したものが幸福であるのなら、それでいい。

 それだけでこのマルチバース全てを守る理由としては十分だと彼女は笑う。


「ま、カルメンなんかはもう500年は平気で生きそうだけど。あの態度もマシになってくれることを祈るしかない」


「……っ……そんな、ことが……」


 マキナには、何も言えなかった。

 あまりにも価値観が遠すぎた。

 手を伸ばせば触れられる距離なのに、どれだけ伸ばしても届かない気がした。

 ウィルとアルマの力になりたいと思った。

 三度目の命を二人の幸せのためにと思ったのに。

 彼女はたった一人で全宇宙を担おうとしている。


「…………ウィルには?」


 彼女の笑みは消えない。


「子供は難しいかもってのは言ってある。結婚とかは……ほら、お義母さんに言われてちょっと考えてみたけど、それはやっぱりピンと来ないままだし。幸せな生活への期待はあるけれど、ウィルの両親が望むようなものにできるかは不安はあるし……こほん。どうにも、個人的な未来を想像するのは苦手でね」


「…………」


「おいおい、いつもならてぇてぇとか、そういうことを言う所だろ?」


 言えるわけがなかった。

 

「…………その≪黙示龍≫は、今倒せないのか」


「難しいね。不可能と言っていい。あれはなんというか宇宙そのものというか。1000年前の封印だって奇跡に等しかった。力は付けたけど、真っ向勝負となるとね。最低でも≪D・E≫の上位種は全部倒す必要がある。ほら、あれだ、自分の眷属が生きてるとパワーアップしたり、不死身なタイプのギミック系ラスボス」


「ウィルの特権を使えば――――」


「マキナ」


 初めて、アルマの顔から笑みが消えた。

 フードの奥の瞳が僅かに細められる。


「君には正直感謝している。僕とウィルのことを応援してくれたり、こうして心配してくれることもそうだ。……僕にとって家族と呼べる者はウィルたちを除けば、君くらいだろう。この話もだからしている。≪黙示龍≫に関して知っているのは≪D・E≫を除けばこのマルチバースにほんの数人しかいない」


 だけど。



「ウィルに≪黙示龍≫のことは話すな。僕は君と戦うことは勿論、その魂まで消滅させたくはない」



「――――――」


 マキナは今にも崩れ落ちそうだった。

 一つのアース、機械惑星全てを管理していたからなんだという。

 たった一人の少女の力にもなれやしない。

 何を言おうか迷って。

 それでもやっと零した言葉はあまりにもばかげていた。


「君は……それでいいのか?」


「いいさ」


 彼女は笑う。

 何もかも受け入れて。

 何もかも諦めて。

 何千も先を見つめて。

 たまたま全てを知る特権を手に入れたが故に、全てを背負う。

 


「僕は、これでいいんだ」


 

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