アルマ・スぺイシアー大いなる責任ー その2
風が吹く。
砂漠の渇いた冷たい風。
マキナは手にしていた瓶詰と錫杖を彼女の隣に置き、
「……聞きたいことがある」
アルマは思わず苦笑した。
「態々そのために聖国まで来たのかい?」
「そうだ」
「ふむ……いいだろう、どうぞ」
「どうして―――――」
マキナは一つ息を吸い、アルマの背を見据えて問う。
「どうして、ウィルと御影の関係を容認した?」
風が強く吹き付ける。
遮るものない砂漠の風は強烈だ。
だが二人ともそれには構わなかった。
「おいおい、そんなことか? 別にいいじゃないか。御影は良い奴だよ。ウィルだって彼女のことが好きだなんて今更さ。トリウィアやフォンだろうと僕は何も言うつもりはない」
「その3人がウィルの幸福に必要だからか?」
「その通りだ。流石解ってるじゃないか」
「アルマの幸福はどうなる」
「僕の幸福はウィルが幸福であるということだ」
「―――それは違うだろう」
マキナが顔をゆがめたのをアルマは見ていなかった。
ただ肩を竦めただけ。
「それはウィルとの関係を前提としたものだ。アルマ……君は? ウィルが、自分以外の相手と関係を持つことに、なにも思わないのか?」
「特にないよ。そもそも僕は元々あの3人の誰かと結ばれてくれるのならいいと思っていたんだ。結局こうしてこの世界にいるけれど、それを撤回したわけでもないし。掲示板お約束のチート転生者、簡単な話じゃないかハーレム」
「簡単に言っていいものじゃあないだろう……!」
それは悲鳴に近い叫びだった。
本当にいいのかと糾弾するような。そうではないだろうと縋り付く様な。
最早魂以外の全てを失った男には悲痛さすら伴っていた。
「簡単に言うな! あの掲示板は……他人の人生をあまりにも簡単にして複雑な人間関係も過程を省いてハーレムだなんだとレッテルを貼りつけて、冗談や軽口になってしまう」
「君が言うかよ」
「俺は良いのだ。俺の物語は、もう全て終わってしまった。かつて機械どもと戦った男はもういない。魂だけになってナノマシンの集合体による入れ物の中で生きるだけのナニカだ。そんなものいくらでも笑えばいい。ロックにしても過ぎた過去であり、暗殺されずに生き延びているのだから」
もしも。
もしもかつて人だった頃の戦いを掲示板で冗談にできるのかと問われれば、答えはノーだろう。そんな余裕はなかった。
「だが、アルマ。君はこの世界で生きることを望んだ当事者だ。君の物語はウィルとともに始まったばかりだ。1000年もマルチバースを守り続けて、やっと愛する人と生きることを始められたんじゃないか」
なのに。
なのにと、マキナは思う。
家族も、自らの世界も、友人も、愛する人も、自らの命と身体も。
何もかもを失った男は思わずにはいられないのだ。
「君には愛する人の愛を一身に受ける資格があるはずだ。誰にも邪魔されず彼と二人で生きていい……そうでなければ、あんまりではないか」
しぼりだすように男は言う。
アルマに幸せになってほしいと。
一切の不足もない、完全無欠の幸福を手に入れて欲しいと。
1000年の果てやっと始まった二人の物語。御影たちのことは嫌いではないけれど。
それでもマキナにとってはウィルとアルマが最優先だから。
ただの機械の部品でしかない自分に頑張れと言ってくれた少年と終わることのない束縛から解放してくれた少女。
「………………そっか。ありがとう、マキナ。君の気持ちは嬉しいよ」
ゆっくりとアルマは立ち上がる。
彼女は月を見上げながら微笑み、
「……君の言う通り、僕は1000年マルチバースを守るために戦った。色々あった。一人で色々なアースを渡り歩いたり、ネクサスを作って指示をしたり……まぁほんと色々」
「そうだ。ならせめて今は自分の為に……」
「マキナ、君って何年生きたんだっけ?」
「………………人としては30に届かないほどだった。機械どもの部品としては……正直分らない。ねずみ産式クローニングされた脳を並列接続と統括制御して管理していたからな」
「改めて聞くとぞっとするね」
「それでも……100年は行ってないだろう」
「なるほどね。地獄の100年だな。僕とどっこいどっこいだ」
彼女は笑っている。
ねぇと、呼びかけ、
「僕はあと何年生きなきゃいけないと思う?」
彼女は振り返った。
フードの奥、寂しげな笑みと―――暗い真紅の瞳。
「―――――ウィルは、あと何年生きられると思う?」
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