アルマ・スぺイシアー大いなる責任ー その1


 月の光が寒々と砂漠を照らす。

 アルマは夜の砂漠を見ながら、聖都の外縁城壁に腰かけていた。

 城壁の下には粗末なテントが大量に並び、そこには聖都で住む場所を見つけられなかった人々がスラムを形成している。その先に、どこまでも続いていくかのような砂漠。

 濃紺の胴着、真紅のマント、右の五指と左手の人差し指と中指に指輪。胸元には金色のブローチ。フードから零れる銀髪が風邪に揺らされていた。


「―――ふぅ」


 吐く息は白く、月明かりに煌めく。 

 長いこと城壁から出した足をふらふらとさせていた彼女は、


「ん」


 視線を上げる。

 夜風以外に聞こえるものがあったから。

 それは本来このアース111ではまず聞こえないもの―――

 夜空の星ではない、青白い光が軌跡を描いている。

 遥か空の向こうに微かな点が見えたと思ったら十数秒でそれはアルマの下へ飛来する。


 それは流線形の全身アーマーに身を包んだ人型だった。

 足裏と太もものスラスターから青白いエネルギーを噴出することで空を飛び、空中に浮遊している。

 明らかにアース111に存在していいものではないが、それをアルマはよく知っている。


「マキナか」


「あぁ」


 推進エネルギーを消し、城壁に着地しつつ、ナノメタルアーマーが胸部コアに集合し、人の体が現れる。体にぴったりと張り付く近未来的なアンダーシャツに軍用らしきポケットやベルトが物々しいズボンのマキナだ。


「飛んできたのかい? 態々王都から」


「肯定する。フォンほどではなくても音速飛行は可能だ。大した労力でもないしな。…………それで?」


「うん?」


が今回の黒幕か?」


 マキナが指した先。

 アルマの背後。



 ―――――ヘルメスと呼ばれていた者が空中で張りつけにされていた。



 翡翠の光で構成された魔法陣、同色の光の糸で編まれた短剣に両掌が突き刺さり、十字架に掛けられているかのようだ。

 黒いスーツはボロボロというより、心臓と両目から大量に血が流れており、ピクリともしない。


「……殺したのか?」



「……?」


「ウィルの戦いの直後にとっとと消えたからどうするか監視してたんだが。街を出ようとしたところを捕まえたらこいつ、僕を見てなんて言ったと思う?」


「……なんだ?」


天才ゲニウス


「――それは」


「そう、このアースじゃ使ってない。このアースの外で使っていた通り名だ」


「つまり、こいつは」


「≪D・E≫絡み―――というかゴーティアの残党だね」


 アルマはため息と共に肩を竦める。


「元々、いるとは思っていたんだ。クリスマスの時の次元封鎖は準備が良すぎた。あれは結構大変だし、この前の魔族信仰派とかもいたしね。≪D・E≫の反応はなかったからただの思想的なものの可能性もあったが……」


「戦ったのか?」


「イエスだがノーと言ったところかな」


 彼女は砂漠に視線を向けたまま、他人ごとのように言う。


「僕見た途端逃げようとしたから異次元に引きずり込んだんだけど。そしたら体が変貌して魔族になった」


「ほう……クリスマスの時のあれか」


「そうそう。まぁ瞬殺したんだけど」


「うーんこの」


「会話もできなくなってたから記憶を引きずりだそうとしたら心臓が爆発して死んだ」


「…………それは」


「十中八九、僕から情報取られないようにするセーフティだろうね。やってくれる、魔族化による魂と人格の汚染、一定以上のダメージを受けたら自爆なんてされれば情報のサルベージは流石に無理。死体も完全に空っぽでほんとに死に落ちされた。ゴーティアの端末がよく使う手だけど、まさか≪D・E≫の幼体じゃなく現地の人間に仕込んでやられるのは初めてだな」


「なるほど。……あの目は?」


「あれは普通に抉り取った」


 アルマが指を振るう。

 いつからか彼女の下にあったのは瓶詰の眼玉と蛇を模した錫杖。放物線を描きながら背後のマキナの下へ浮遊する。

 眼玉にちょっと嫌な顔をしつつ、受け取って良く見てみればあることに気づいた。


「これは……義眼か?」


「アース44の『深淵の目』っていう義眼のアーティファクトの模造品だ。もうとにかく人の命が安いというかダークファンタジー極めてる世界なんだが、ざっくり言うと自分の目を潰してそれ嵌めたら他人の因果律を下に未来を観測することができる。構成理論は他のアースだけど、このアースの要素で再現したようだね」


「深淵か……深淵を覗くならば」


「また深淵も覗いてるって? あんまり好きじゃないな。それこそそのアース44にそれを言った本人の平行同位体ドッペルゲンガーがいてわりと酷い目にあったんだ」


「ふぅむ……この杖は?」


「君。仮にもSF畑だろ、スキャニングしてみればいい」


 言われて、マキナの目が光る。

 比喩ではなく物理的に赤い光線が射出され、手にした杖を赤外線で全体を解析しているのだ。

 

「これは……超音波とサブリミナル光線、それに幻覚作用の芳香か」


「だね。聴覚と視覚、嗅覚により催眠装置……これもこのアースの技術、錬金術の範囲だな。科学力の仕組みとしてはわりとよくあるタイプだ」


 別のアースの技術による未来予知と洗脳装置。

 蛇の目から光を、口から洗脳用の超音波とディフューザーとなっている。

 異世界の技術であり、技術系統が異なるためにこのアースの人間では対処が極めて難しい。

 問題は、


「あくまでこのアースで再現されたものなので僕でもサーチができない。単純に別のアースのものがアース111にあるのなら固有次元振でサーチできるが、これだと無理だね。ヘルメスの魔族変貌も、それまで全く反応がなかったら休眠状態になって僕の目を逃れている」


 アルマに対する、というよりもこれはどちらかというと≪ネクサス≫に対するものでもあるのだろう。


「いつもの鼬ごっこだ。一度倒したらその経験からこういう僕に対する対抗策を用意している。その中でも今回は特にだね。20年間かけただけのことはある」


「できることはあるか?」


 ちらりとアルマが背後のマキナへ振り返る。

 彼は彼女を見下ろしたまま、立ったまま動く気配はない。

 

「ふむ……王都の魔族信仰どもの情報収集かな。ゴーティアの息が掛かったものが任意で魔族になれるなら、なれば僕が探知できる。魔族信仰の連中の本拠地とか目的が解れば根本的解決ができるだろう」


「了解した」


「ん、助かる」

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