ホール・ニュー・プルーフ その3



 呼び出された部屋に入った瞬間、ウィルは御影によってベッドに投げ飛ばされ、そのまま押し倒されていた。

 要人貴人用の客間なのだろう。豪華な部屋だが、しかし、今ウィルの視界は御影の顔で埋め尽くされていた。背中に伝わる柔らかいマットレスの感触など最早なにも伝わらない。


「ふぅ……! ふぅ……!」


 息が、荒い。

 ウィルの体に覆いかぶさった彼女は琥珀を爛々と輝かせ、今にも餌を食らう肉食獣の如く。

 眼が既にハートになっている気がした。


「…………み、御影さん」


「少し、待ってくれ婿殿。一先ず……そう、一先ず、落ち着くから」


 呼吸が落ち着くまでの間、しかしそれなりの精神力が必要だった。

 馬乗りになられて、両手を押さえつけられているので目の前に彼女の顔があり、少し視線を下に向ければ長く伸びる胸がある。

 おまけに見慣れた襦袢ではなく聖国風のネグリジェ。

 露出度は低いが、体のラインは浮き出ているし、かなり透けているし、そもそも体勢のせいで谷間が半分くらい見えている。


「…………うむ。婿殿。そうだな……まずは諸々の礼を言うべきか」


「いえ、そんな……僕はすべきことをしただけで――」


「そぉーい!」


「きゃー!?」


 落ち着いたと思ったが、色々思い出したらやっぱり落ち着くのは無理だったので理性が暴走し、ウィルのシャツが引き裂かれた。

 絹のような悲鳴。


「―――んれぇろ」


「ひぅ」


 胸板を御影の舌が這う。

 彼女の舌は長く、熱く、分厚い。

 肉厚な舌がみぞおち当たりから胸、首元に。

 じっとりとなぞられる。

 水気の多い舌と熱い吐息がウィルの肌をくすぐり、体が跳ねそうになるが両手を抑えられた状態では逃れようがない。

 

「ん……」


 ウィルの肌を、浮かんだ汗を味わいながら息を漏らす。

 身体に巻かれていた包帯は避けつつ――つま先で軽く触れながらウィルの反応を見て痛みがないか確かめつつ――首元を超え、


「んー……これ、剥がしてもいいか?」


「えっ……あ、はい」


「やった」


 バルマクとの最後の交差、刃は完全に見切ったが僅かな風圧で頬が少しだけ裂けていた。といっても、大した傷ではなく少し血が滲んでいた程度だったので、パールに治療をしてもらうまでもないと絆創膏を貼っただけにしたもの。

 頬の絆創膏を剥がせば、ほんの少しだけ血が滲んでいる。


「んっ……ちゅぅぅ……んくっ」


 その血を舐め、吸い、汗と共に嚥下する。

 

「―――はぁっ♡」


 ウィルの血と汗。彼の体の一部を自らに染み渡らせるように。

 舌から喉に、喉から胃に、胃から全身に。

 量としてはほんの僅かなそれが体を通る感覚に、背を逸らして息を吐く。


「……っ」

 

 恍惚とした表情と逸らされて強調した胸に、ウィルは思わず息を呑む。

 これまで幾度となくスキンシップをされてきたが、今日のそれはいつもとは違うものだった。


「…………婿殿」


「は、はい」


「一つ頼みがあるんだが」


「なんでしょう……?」


 彼女は再び、頭をウィルの胸に乗せた。

 彼の両手を開放し、頬を軽く胸板に擦りつけつつ、



「――――



 彼の目前に、自らの角を差し出した。


「―――」


 その言葉にウィルは思わず目を見張る。

 スキンシップは幾度となく受けた。

 一々耳元でセクシーに囁くので若干性癖が歪んだ気もする。

 その角で、ちょっかいをかけられたこともある。

 けれど、彼女が自ら角に触れることを許すのはこれが初めてだった。


「……」


 いいのかとは、聞かなかった。

 だから、言われた通りに触れる。

 人差し指の背で、撫でる様に。


「……っ!?」


 ビクンと、御影の体が跳ねた。

 比較的落ち着いてた息が先ほどよりも荒くなり、全身から汗が一気に噴き出る。 

 

「…………」


 人差し指だけではなく、親指と挟むように。

 不思議な感覚だった。

 上質な動物の革の様で、、けれど中心に確かな芯がある。

 中指も追加しながらゆっくりと指を上下すれば手触りはさらに良くなった。ウィルの指に吸い付く様な弾力。


「っ……ぁ……んんっ……んくっ……」


 指の動きに従い、御影の口から嬌声が漏れる。

 両手はシーツを強く掴み、顔と胸はウィルのお腹あたりに押し付け、足はホールドするかのように絡める。


 そして、ついに角を五指で握り、


「っ~~~~~~~!?」


 とひときわ強く御影の体が跳ね、しがみ付くように力が入る。

 体が硬直しながらの痙攣はしばらく続き、


「――――あはぁ♡」


 ゆっくりと上がった顔は緩み、悦楽に染まっている。

 眼は潤み、目元には涙がたまり、口元には涎を零していた。

 あまりにも扇情的な表情に、ウィルは息を呑む。

 

「―――」


 熱にうなされた瞳が交わり、


「―――ん……ぇれろ……ちゅず……!」


 それは最早、貪るような口付けだった。

 ゆっくりと唇を重ねたかと思えば、御影の舌がウィルの唇をこじ開け、その中を蹂躙する。歯を、舌を、歯茎を、口蓋を舐る様に。

 完全に理性が蒸発した御影も、それに当てられたウィルも、呼吸を忘れていた。


「んふ……っ……ぐちゅ……ちぅぅぅ……」


 鉄すら溶かすような暴力的な熱。

 ただしこの場合、御影が捕食者で、ウィルは獲物だった。

 たっぷり数十秒、女は男を味わい、


「ぷはっ……はぁ……はぁっ……」


「ふぅっ……ふぅっ……」

 

 二人の間に銀色の糸が残る。

 御影がそのままウィルの体に崩れ落ち、乱れた吐息だけが部屋に響く。


「……はぁっ…………重いか?」


「……。でも問題ありませんよ」


「んふふ」


 人の女にそんなことを言えば失礼にもほどがあるが、相手が鬼種となると話は別だ。

 種族として筋線維密度や骨密度が極めて高いので人種の平均体重と比べて鬼種のそれはずっと重い。混血ながらも純血以上の強度の御影は言うまでもない。

 そしてそれを意に介さないのも、男の甲斐性と強度を示すことでもある。

 体をずらそうかと思ったけど、嬉しかったし、見た目以上にしっかりした筋肉に興奮するのでそのままに。


「……ここまで、するつもりはなかったんだがな」


 少し体勢を調整し、ウィルの肩に頭を置きつつ彼女は苦笑する。


「私はのつもりだったし……それも公言していたんだが……うん。だけど婿殿が悪いしずるいだろ。なにもかも、私の理性を砕くんだからな」


 助けに来てくれたことは大丈夫だった。

 大勢の前で婚約者宣言した時点で大分ダメだった。

 大好きな甘楽を連れてきてくれたのは純粋に嬉しかったし、雄々しく戦う姿は言うまでもない。


 極めつけは――――御影自身を模したような鬼の姿だ。


 アレはダメだ。

 反則。

 ずるい。

 理性という理性、本能を縛る鎖が残らずぶっ飛んだ。

 

「時に婿殿、知っていると思うが学園ではは禁止されている。王族やら貴族やらいるから当然だな。火遊びしようものなら大問題だ」


 だが、と彼女は笑う。


「ここは学園じゃない。それにさっきアルマ殿から―――」


「言わなくていいです」


「んっ……」


 言葉を遮る様にウィルは彼女を強く抱きしめる。


「それは、御影さんにも……アルマさんにも失礼です。誰も関係なく僕は、僕の意思で御影さんと今と一緒にいます」


 それに、


「今更言うのもなんですが、御影さんが、その距離感で好きにならないのはちょっと無理がありますよ。重婚とかピンと来なかったので逃げてましたけど……もう、逃げません」


「ん……そうか」

 

 彼女が笑う。

 尤も、学園生活において御影がそこまで距離感を詰めていたのはウィルくらいだ。

 トリウィアやフォン、アルマにハグくらいはするけれど、舐めたりはまずしないし、それ以外だと指一本触れさせないどころか至近距離に近づかせることさえなかったりする。

 二人で共有する体温は暖かい。

 彼女が顔を寄せ、額を重ね、角を擦りつけた。


「……うぅん。婿殿」


「はい?」


「婿殿もいいが……どうしような、旦那様、貴方様、あなた……どれがいい?」


「…………えぇと。普通に、名前はダメです?」


「むっ……その発想はなかった。ちょっと恥ずかしい」


 そこで照れるんだ……とウィルはちょっと思った。

 

「こほん――――ウィル」


「……なるほど、なんか、確かにちょっと恥ずかしいですね」


「ふふふ、じゃあ次はウィルの番だな? ついでに丁寧語も取っ払って欲しいな。ちょっと乱暴なくらいが私は興奮するぞ?」


「いやいや……えぇと―――――御影」


「――――んふっ、やばいな、だいぶ興奮する」


「あはは……だと思った」


「もう一度、ウィル」


「御影」


「もう一度」


「御影?」


「んふふ……ウィル」


「うん」


 琥珀が黒を見つめる。

 真っすぐに。

 自らの証明を誓った娘は、その誓いを受け取ってくれた愛する人へ。

 


「――――お慕い申し上げます、私の角を捧げた人よ」


「……はい、確かに、貴女の証明を見届けさせていただきました」



 啄むような軽い口づけを一つ。

 


「―――――よし!」


 勢いよく彼女が身を起こし、そのまま既にはだけていたネグリジェを引き下ろした。

 零れ落ちる豊かな双丘を、世界でただ一人だけウィルだけが眼に収める。


「さて、ウィル。一つ証明を終わらせたが、また一つ新しい証明をするとしよう」


「……と、いうと?」


「私がどれだけウィルに惚れているか―――とか?」


「それは……自分で言うのもなんだけど、よく知ってるよ」


「いいや」


 耳元に口を寄せる。

 熱い息で、彼女は嗤いながら囁いた。



「覚悟してくれ――――今夜の私は激しいぞ♡」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る