ホール・ニュー・プルーフ その2

「嘆かわしいな、パール・トリシラ。学園に行き性格まで歪んだか。いや、意地の悪さは子供の頃から変わらなかったな」


「10以上も年下の娘に正論をぶつけて泣かせる下劣な男と長いこと口論を経験したせいでしょう」


「悲しいことだ。正論を嫌味と捉えるねじ曲がったその精神が」


「あら、心について語る余地があったとは驚きね。あぁ、そうそう、口論するだけじゃなく、十も年下の少女を本気でぶちのめす加虐の心はあったかしら。獲物を執拗に追う黒蠍みたいな」


「また悲しい事実を見つけたな。あれを本気だと思っていたとは。愚鈍な上に記憶力すら曖昧とは。これが未来の教皇だと思うとやはりこの国の未来は夜明け前の夜よりも暗いだろう」


「うふふ」


「…………」


 しばらくの間、ぐちぐちと10年分の恨みとそれに対する皮肉が応酬しあった。

 

「……はぁ、もういいわ。やることが増えたわね。そのヘルメスとかいう輩の調査もしないといけない」


「そうか、精々励むと言い」


「他人事かしら?」


「これが見えないか?」


 がしゃりと、手枷を揺らす。

 足にも枷が嵌っているし、治療室を出れば牢屋。

 そこにバルマクの意思は最早関係ない。洗脳を受けていたとしても反乱自体は自身の意志だと主張するなら情状酌量の余地もないだろう。

 普通に考えれば極刑だ。

 

「――――治療している時、ウィルにいくつか言われたわ」


「……?」


「好き勝手言ってすみませんでしたって」


「彼からすれば当然の意見でもある。興味本位の質問にあぁまで吠えるとは思っていなかったが、むしろあぁ言えるだけ天津院御影を大事に思っていたのだろう。純愛路線だ」


「今頃その純愛路線が大変なことになっているでしょうけど……それからこうも言われたわ。『内からと外からでは、同じものを見ても見え方が違う』ってのも」

 

「……オレンス師か?」


 その言葉を知っていた。

 誰の口癖であるかということも。


と面識があったのか、彼は」


 エル・オレンス。

 エルは尊称であり、二十年前に聖国に移り住んだ男はそう呼ばれている。

 聖国、聖都の商業組合の会長であり、商売に関してはこの国においては頂点。現導師とも親友である人物だった。


「デートの時話を聞いたみたいね。見舞いにも来ていたし、それにオレンス師は彼のお父上と大戦時代に色々あったとかなんとからしいわね。オレンス師もウィルも驚いていたけれど。……ここは脱線ね」


 肩を竦めたパールは息を吐く。

 上げた顔を微かに刺す月明かりとランプの二色が照らし出す。


「貴方と戦うのは、私の役目だと思っていた。でも、結果的にウィルが戦うことになった。考えたわ、やるべきことをできなかった私に、何ができるのかを。この国の為に何をするべきかを」


 その横顔は、バルマクの記憶よりも随分と大人びて見えた。

 10年ほど前に出会い、二年半ほど前から顔を合わせなくなった彼女はいつの間にか成長している。

 

「―――私は決めたわ」


 そして彼女は。

 ニンマリとした笑みを浮かべた。

 ゾクリと、バルマクの背筋に悪寒が走る。

 よく分らないが、この女は何か嫌なことを言う。



「………………待て、何を言っている。愚鈍を通り越して狂ったか?」


「いいえ。全く以て正気よ。そもそも私は貴方が導師になるのは絶対に嫌だったけど、導師の一つ二つ下くらいの地位にはしようと思っていた。今回のクーデターに関しても、それ自体は怪我人も死人も出していない。負傷したのは貴方とウィル……それに御影に投げ飛ばされた私くらい。その能力は買っている」


 バルマク以外の導師候補者はいたが、洗脳で自ら手を引かせた。

 バルマクを政治的に嫌う大臣もいたが、やはり自ら手を引かせた程度。

 こと反乱に関しては無血革命と言っても良い。


「信仰を全否定する姿勢は認めないけど、あまりにも非生産的……特に人命をむやみやたらに軽んじる類のものは私もどうにかしたいと思っていたし、私としても学園や王国で気づきは多かったからね、丁寧に聖国に導入したいとこもある。……貴方が国の在り方を疎むことは今更だけど、この国に対する愛国心も別に疑っていない」


 ぺらぺらと、彼女の舌が良く回る。

 理路整然と相手を丸め込むように。

 昔、聖女になったばかりの子供を泣かせた男のように。


「国にいる間、貴方を……そうね、謹慎という形にできれば最良ね。私が学園を卒業するまで。そうしたらで、一政治家として働かせてあげましょう。教皇が政治の素人だから導師に権力が移っているのなら、政治に詳しいの助言を受けた教皇が自分でやればいいだけのこと」


 信仰より実利を求めるバルマク。

 実利よりも信仰を尊ぶパール。

 お互いが大事にしている視点が真逆で、考え方が正反対。


 だが――――その真逆や正反対こそが≪トリシラ聖国≫、≪双聖教≫を象徴するものだ。


「天秤の両端を私と貴方で担いましょう―――というわけで、何か言いたいことはあるかしら?」


「……」


 バルマクは露骨に顔をしかめてしばらく何も言わなかった。

 そして、


「くっ……屈辱だ。いっそ殺せ」

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