ホール・ニュー・プルーフ その1
目が覚めた時、バルマクは王宮の医療室にいた。
病人の様に寝台に腕と脚がそれぞれ枷をはめられて身動きができない。
わずかに体を揺らせば、
「ぬっ……」
全身、特に腹部に激痛が走る。
それはウィル・ストレイトの拳を受けた場所であり、すでに包帯が巻かれて処置が終わっていた。
小窓から指す月明かりが部屋に光を齎し、
「あら、起きたのね不敬者」
寝台の傍に、本を読んでいるパールがいる。
読書灯代わりにはランプが流れ落ちる赤と青交じりの金髪を照らしていた。
彼女は本に目を落としたまま、
「……どれだけ時間が経った?」
「数時間程度よ。私に感謝することね、私が治療しなければ数日は目覚めなかったし、半年は寝たきりよ」
「聖国で最も優れた治療師が治療の感謝を要求するとはな」
「………………その様子なら大丈夫そうね」
嘆息しながら、パタンと本を閉じる。
「面倒なこと、そう……面倒なことになったわ。砂漠で一夜を明かしたら、砂漠が蠢いていて道が見えなくなってしまったように」
「だろうな」
「いいえ、いいえ。面倒になったのは貴方のことよ」
「……?」
「貴方が負けてから
「…………………………何?」
言われた意味を理解できなかった。
こいつが洗脳をした、ではない。
こいつも洗脳を受けている。
つまり、バルマクが――――誰に?
「アルマがそう気づいたせいでこっちも困りものよ。一先ずウィルと貴方を治療して、参列者を帰して、教皇猊下から話を聞いたけれど。結局貴方から話を聞かなければならない。そのせいで私が貴方を態々治療したというわけ」
「……」
「明日、尋問会を開くけれど一先ず私が聞く。拒否権はない……いいわね?」
「いいだろう」
「御影から聞いた。ヘルメスという人物は何者?」
「……三か月前だ。あれは突然現れた」
聖国では見慣れないスーツ。
男か女か分らない声と身体。
細い目とそこから覗く深淵のような眼。
未来予知を行う者。
「アレが、今後どう動けばいいか、お前たち、天津院御影を含めて聖国に訪れることを予知し、洗脳の為の杖を俺に渡した」
「……あぁ、持っていたわね。あれか、なるほど。それで?」
「それで……それで、終わりだ。その杖を受け取り、私は行動を開始した。お前の手の内の者に反乱の情報を流し、その実教皇と導師を掌握、他の候補を蹴落とした」
ぽかんと、パールは口を開けた。
「…………そのヘルメスは何か要求しなかったの?」
「した。聖湖の湖底の採掘だ」
「はぁ? どんな目的で?」
「あの湖からは――――燃える水が出るのを知っているな?」
「あぁ……水というか、泥みたいな油みたいなアレ? 数度しか見たことはないけれど」
有名な話ではあるが、話題に上がることではない。
聖湖≪エル・ウマナ≫の湖底からは、たまにそういう『燃える水』が浮かびあがることがある。
水が燃えるというという点で見れば≪双聖教≫としては神聖視されてもいいのだろうが、如何せん異臭を放つということ、手に入れるには湖の底まで行かなければならないこともあり、ただ、そういうものがあるという知識があるだけ。
火を出すだけならば魔法を使えばいいのだから実利的な価値もない。
今この世界、この国、この科学技術において――――アース0では原油と呼ばれるものはただの燃える泥でしかなかった。
「あれはそれを欲しがった。どうするかは知らんが。そして……そう、私は了承して、洗脳の杖を手に入れた」
「……つまり」
頭痛を抑える様に、彼女は頭を押さえて確認をする。
「貴方は正体不明の未来予知ができて洗脳の杖を持った謎の人物と、燃える水で取引をしたと?」
「…………………………そうなる」
「その時点で洗脳受けていたというわけね」
「…………」
二人しかいない治療室に沈黙が下りた。
パールもバルマクも、何も言わない。
「……ぷっ」
「……」
「ふふふ……」
「…………」
「あはははははははははは!」
「…………………………」
二人しかいない治療室に一人分の爆笑が響き渡った。
顔を歪めてお腹を抱えるまでの大爆笑である。
「ふぅー……ふぅー……」
「…………………………満足したか?」
「くくっ……えぇ、えぇ。いや傑作ね。洗脳で反乱をした男が洗脳されていたなんて。どうなの? 洗脳された自覚ある?」
「…………確かに、言われてみれば奇妙だ。冷静に考えればあんな謎の者の力を借りて傍に置くはずがない」
振り返れば、違和感が強烈にある。
ヘルメス由来の洗脳は、洗脳中の記憶は消えないし、自分がおかしい言動をしていたという認識も残る。
今の記憶はまさにそれだ。
それまで当然のことだと思っていたのに、今になっておかしかったと判断できる。
あの洗脳の錫杖を受け取ったのは、ヘルメスによる洗脳と見ていい。
「だが」
男は天井を見上げた。
その眼は、結局変わらない。
揺らぐことのない黒鉄。
「例え手段を手に入れたのに他人の介入があったとしても―――それ以降、反乱をしたのは全て私の意思だ。その記憶に、違和感は1つもない」
「でしょうね。クーデターとか聞いて全く驚かなかったもの。あ、ついにやったわねこいつって感じ」
「……」
肯定は時に癪に障るものである。
意趣返しのつもりなのか真面目な顔をしている彼女の口端がぴくぴく震えていた。
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