ガール・ウェイツ・ボーイ その3


「―――――」


 その動きを、ウィル・ストレイトは目視の紙一重にて回避する。 

 刃が頬を通り過ぎ、文字通り紙一重のみ首を傾けたギリギリの回避。

 雷属性により肉体駆動を思考を加速していたというのもある。


 だが―――何より、ウィルは目が良いのだ。


 ここにきて、ついにその瞳が黒鉄の剣撃を掌握し、最小動作の回避を可能としていた。

 そして、


『アッセンブル―――コンバート・エッセンス』


 炎が巻き起こる。

 意志が燃えて、怒りが滾って。 

 国の為に手段を選ばずに力を借りた男へ。

 女の為に希望をくれた相手から託され、高めた力を握りしめて。

 鬼の角を宿し、灼熱を解き放つ。



『――――――ルビーッッッ!!』



 紅玉の如き拳が、黒鉄をぶち抜いた。







「……はぁっ……はぁっ……っ……」


 誰も、何も言わなかった。

 倒れて動かなくなったバルマク。

 ふら付きながら荒い息を吐くウィル。

 ただ、二人を見ている。

 信じらないと目を見開く者も、安堵の息を吐く者も、信じていたと笑う者もいた。

 けれど、まず言葉を交わすのが誰であるべきなのかは、誰もが理解していた。


「ふぅっ……ふぅっ……………ふぅ」


 注目を浴びながら、構わずにウィルはしばらく息を整える。

 そして、真っすぐに向かう。

 彼女の下へ。

 中庭の最奥、噴水の前に彼女はいる。

 隣にいた甘楽が――既に罅が入っていたとはいえ――素手で鎖を握りつぶして彼女を開放し、去っていく。

 

 彼女は動かなかった。

 薄い笑みを浮かべて、ウィルを待っている。


「……はは」


 そんな姿を見て、思わず笑ってしまった。

 出会ってからずっと、ウィルは彼女を待たせ続けて来た。

 しばらくは自分自身の過去のせいで目をそらし続けて。

 最近は――やっぱり、アルマに悪いかなと思って先送りにしていた。


 でもやっぱり。

 ずるいとは思うけれど。

 ウィルの求める幸福に、どうしたって彼女は必要なのだ。


 見惚れるような綺麗な琥珀の瞳。

 艶やかな浅い褐色の肌。

 ついつい視線を向けてしまう豊満な肢体。

 強く、優しく、美しく。

 囚われていたしても、やっぱり彼女は天津院御影だ。


「…………」


 彼女は笑みと共に待っている。

 多分、ウィルが最初になんて言うか楽しみにしているのだろう。

 息を吐きながら、どうしようかなと少し思った。

 首を傾げて考えて、すぐに答えは出る。

 

「――――御影さん」


「婿ど――――!?」


 名前を呼んで。

 彼女が何か言う前に抱きしめて。


 ――――半ば無理やりに唇を奪った。


 腕の中で彼女の体が跳ねる。

 一瞬硬直した後、すぐに力は抜かれてウィルを抱きしめ返した。

 この1年と少し、耳元で囁かれたり、体を押し付けられたり、舐められたり、胸とか太ももとか触られたり、触らされたりしたけれど。

 自分からこうして彼女に触れて、抱きしめるなんて初めてだ。


 柔らかい唇に触れていたのはほんの数秒。


 もう一度彼女を抱きしめれば、当然ウィルの顔の横に彼女の耳が。

 小さな声で、はっきりと、世界中の誰にも聞こえないように、けれど彼女にだけは届くように。

 ありったけの想いを込めて、囁いた。



「――――お待たせ、しました」


 




―――≪ウィル・ストレイト&天津院御影―――ボーイ・アンサーズ・ガール―――≫―――

 

 

 

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