ガール・ウェイツ・ボーイ その2


 開いた掌を、茶色五輪のダイヤル式魔法陣を握りしめた。

 瞬間、彼の周囲、石畳を突き破りながら何本もの石柱が覆い、衝撃波と相殺する。


『――――ガーネット!』


 砕けた石柱が現れたウィルは、姿を変えていた。

 服は変貌前の黒のズボンに真紅の腰巻。

 赤い片目は、明るい茶色。


「っ……土属性特化―――?」

 

 色合いと生じた石柱から見て、明らかにそうだ。

 鬼種の角や皇国装束のような分かりやすい変化はないが、変化時の余波が顕著だ。

 だがそれは、ある意味バルマクにとっては良く知った属性だ。

 聖国は土属性系統を持つものが多い。バルマクも五系統網羅しているし、むしろ戦いやすいと言える。

 そう、判断した時、


『アッセンブル。コンバート・エッセンス―――』


 ウィルが右手を真っすぐにバルマクに向け、拳を握りしめた。

 瞬間、彼を覆うブラックホールの如き闇の波動。

 一瞬見えなくなったと思った時、茶の瞳は黒紫へ。


『――――オブシディアン』


 宣言は静謐さすら伴って。

 バルマクに焦点を合わせた拳を腕ごと引き寄せた。


「!?」


 ぐん、とウィルの腕と対応するようにバルマクの体がウィルへと飛ぶ―――否、引き寄せられた。

 唐突のことで踏ん張りも効かず、彼我の距離が一瞬で埋まる。

 何がと思い。闇属性による『斥力』を用いた引力操作? と判断した時、ウィルは既に戦鬼形態へと移行していた。


 今度は、鬼の拳は避けられない。


「――――」


 引力による接近と爆裂加速。

 二つの速度を合わせた拳がバルマクの腹部で爆裂した。







「――――なるほど、考えたな!」


 パチンと、アルマは指を鳴らす。

 頬には明らかに上機嫌だと解る笑みが浮かんでいる。


「形態変化による状況に応じた戦闘スタイルの切り替えかと思ったが、!」


 虚空へと呟く言葉は音声入力により自動的に掲示板に書き込まれている。

 それは転生者の間では別に珍しくもない。

 ある程度高い応用性を持った特権があれば、特定の目的に特化した形態を用意し切り替えることはむしろ自然と言っていい。

 アルマにしても御影を模した火属性特化状態を見た時はそれだと思った。

 だが、彼のそれは似ているが違う。

 

「ワンアクションごとの属性の切り替え! ≪全ての鍵≫をうまく使ったじゃあないか!」


 アルマがウィルに与えたダイヤル式魔法陣術式≪全ての鍵≫。

 ウィルが使う魔法は基本的にアルマが考案し、登録した術式を即座に使用できるというもの。

 即ち、事前に登録さえしていれば拳を握るというワンアクションで使用可能ということ。

 勿論その登録はウィル自身でもできる。

 というか、彼の成長を考えてオリジナルの登録前提で作られているのだ。

 7属性35系統をそれぞれ使うのは難しい。

 それでも1属性5系統はウィルならば可能だし、登録さえしてしまえば即座に属性変換可能。


「御影を模した火は火力、土は防御で、闇は引力使ってたし中距離か? 色々想像できるし……ふむ、その先の応用力も高そうだ。なにより、相手はこんなのやられると最悪だな」


 つまり、ウィルは行動の度に最も適した属性を選択できるし、相手からすれば行動の度に別人と戦うのと同じ状況を強いられるということ。


「属性の切り替えは予想してたけど、ここまで詰めるとは思わなかった……うむうむ、やるじゃあないか」


 数度頷き、ふと虚空に視線を向けて、


「あぁ……うん」


 バルマクをぶっ飛ばし、追撃の為に白い閃光に包まれたウィルを確認して言葉を漏らす。


「…………変換時のエフェクトが派手なせいで、あのくそださネームは周りには聞こえてないみたいだな……?」







『ムーンストーン!』


 四度、色が変わる。

 乳白の片目。

 背後に同色の魔法陣が四つ。

 腕を振ればそれぞれの魔法陣から光線が放たれた。

 吹き飛び中庭の壁に激突したバルマクへの追撃。

 閃光は王宮の壁をぶち抜き、


「っ―――オオオオオオ!!」


 衝撃波が光をぶっ散らした。

 バルマクは全身から超振動を発し、指向性を持った光線をかき消したのだ。

 腹部に重度の火傷を負い、口から血を零した男の表情は険しい。

 何か言おうと、口を開き、


「――――」


 しかし、何も言わなかった。

 彼の意志はもう聞いたから。

 一度聞けばもう十分だし、重ねるのはあまりにも無粋だと男は思う。

 女の為に自らと戦う少年。

 全く絵物語のようだ。

 自分とは正反対の生き方に、ほんの微かに苦笑する。

 

「それでも」

 

 声は小さく。

 ウィルに対してではなく、自らに誓う様に。


「私はもう決めている」


 蛇のようにしつこく、黒鉄のように曲がらない。

 外法を用いたとしても、国を変えると決めたから。

 それがこの国の在り方を根底から変えてしまうとしても。

 ただ愚直に二刀を構えるだけ。


「―――」


 ウィルも何も言わない。

 右手をバルマクに合わせる動きは先ほどの引き寄せと同じように。

 故に今度は動かぬと男は力強く腰を落とし、

 

『トパーズッッ!』


 轟音、雷鳴。

 気づいた時には既に、ウィルはバルマクの背後。

 一閃、足刀。

 

「ッッ……!」


 直前、引き寄せを警戒して踏ん張っていなかったら意識が飛んでいた。

 認識を超えた超高速の蹴撃は最早斬撃に等しい。背中が焼き裂け、


「止ま、らん……!」


 男は止まらない。

 ウィルの高速属性変化にはついていけない。

 歴戦の強者であったとしても、ここまで細かく連続して別人のように変わる相手に対して初見で反応するのは不可能だ。

 故に、止まらないのだ。

 愚直に男はダメージを無視して刃を振るう。

 直線斬撃、滅びた部族の一閃。

 背後へと放つのならば円運動の方が適していたかもしれないが、それを選択したのは―――或いは、極めて聖国らしい部族への誇り故か。


 音すら置き去りにした一閃。

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