ウィル・ストレイト――我がままの証明 その2――



「あのクルクル回る方、パールと同じ動き?」


「……………………私、同じなのよ」


 フォンの指摘に髪を下ろしていたパールは顔をしかめながら答える。


「回転のそれは聖国では一般的な剣術だから私が使っているのもそう。使い方は違うけど」


「なるほど」


 鳥の少女は頷いた後、髪をくしゃくしゃと掻いて、


「あのおじさん、強くない? 楽勝で終わるとは思わなかったけど、それにしたって予想以上というか」


「……バルマクという姓は、≪海の民≫の部族のことよ」


「海? 聖国なのに?」


「砂漠の最も深く過酷な地域に住まう部族。危険な砂漠の魔獣狩りを生業としていたの。聖国において戦闘能力においては最強と言われていた」


 そして、


「……かつての第一次魔族侵攻で、あの男を除いて全滅した」


「――――それは」


 宗教上の理由ゆえに、魔族との戦いで3つの氏族が滅んだ第一次魔族侵攻。

 それの生き残りだというのなら。

 或いは、彼のモチベーションは。


「あの男は何も言わないし、だからってやり過ぎもやり方も気にくわないわ。……ただ、導師候補になる前は聖国の魔獣狩り組織≪神の手≫の長でもあった」

 

 一言でそうだと断じることはできないが、


「それでも―――聖国の最強の戦士の1人に選ばれる男よ」





 

 


「少年、君はどちらだ?」


「―――?」


 二刀一対の刃。七種七色の戦輪。

 バルマクの動きは対極である二つの動きを随時切り替え、ウィルはそれに対応し反撃していく。

 厄介なのはやはり、その二種類の動き。

 それぞれを切り替えるだけならまだいい。

 場合によっては片腕は直線、片腕は円斬撃。次の連撃では左右反対に。

 変幻自在、何が出てくるか分からないというよりも、二者択一なので攻撃の度に対処の選択を迫られるのが厄介極まりない。

 その中で、バルマクは問う。


「私はこの国の在り方を疎んでいる。あの愚鈍な女は信仰を前に進むための杖だと言ったが、私からすれば足枷だ。国の発展を、民の命を損なうものでしかない」


 刃が振るわれる。

 真っすぐな黒鉄と曲がりくねった蛇。

 正反対という聖国を象徴するような連撃がウィルに叩き込まれる。


「信仰はこの国をここまで連れて来た。だが、大戦を経て変わる時が来たのだ。各国の繋がりが強まる中、この国にも変化が必要だ。20年前、初代王国の王が国の在り方を大きく変えてしまったように」


 刃に微か、しかし確かに確固たる意志が乗る。

 刃に静かに秘めた激情。

 

「ウィル・ストレイト」


 黒鉄の瞳が問いかける。

 ウィルの意志を。

 それに伴い刃の速度は上がり続け、ついに七戦輪を抜け、


「今この世で最も大いなる才能を持つ少年よ。君はどちらを支持する? どちらが正しいと――――」



 迫る刃を、ウィルは両手で掴み取った。





「――――何?」


 バルマクの驚きは二つだ。 

 まずは純粋に身体に叩き込んだと確信した刃を素手で掴まれたということ。 

 円運動斬撃の途中に直線に切り替わったそれは、シンプル故に必殺に等しかった。どうにか避けるとは思っていたし、もちろんこれで倒しても問題なかった。

 なのに。

 どちらでもなく、ウィルは素手で双剣を止めた。

 刃が掌に食い込み血が溢れるが、それでも明確に斬撃を見切って、ギリギリのタイミングで攻撃を止めていた。


 けれど何より驚いたのは。

 バルマクの問いかけに対して、ウィルが言い放った言葉だった。


「―――どうでもいい、だと?」


 黒の瞳が見開かれて揺れる。

 黒の瞳は真っすぐに揺らがなかった。


「どうでもいいです、そんなこと」


 ウィルは手の痛みに構わず、普段の彼らしくもなく吐き捨てた。

 むしろ、刃を強く握り、


「貴方にもパール先輩にも悪いですが……それでも、僕が思うことは1つです。―――あぁ、ほんと、心底どうでもいい。申し訳ないですが、聖国の信仰の是非なんて僕は正直どっちも良いです。先輩だから、パールさんを応援したいくらい程度のもの」


「……信じられんな。思う所はないか?」


「なくもないですけど、態々主張するほどのものはありません。この国来てまだたった数日なんですから」


 印象だけで言うのなら。

 概ねポジティブなものが多い。

 生徒会のみんなで旅をしたこと。

 アルマとデートをしたこと。

 ウィルにとっては幸いの思い出だ。

 その最中で王国から移住するほどにこの国を愛した人と出会ったことは―――皮肉だなと、少し思う。

 聖国に生まれた男がこの国を疎み変えようとして、王国から来た男はこの国を愛し帰らなかった。

 外から見るのと内から見るのとでは違うということを、今更、少しだけ理解する。

 そのすれ違いは少し悲しい。


「ならば―――何故、私と相対する? 天津院御影の為か? 彼女のためだけに、この国の未来を懸けた戦いを担っているのか?」



 答えは短く、はっきりと。

 視界は刃が食い込んだ自分の両手とバルマクで埋まっているので御影の様子を見ることはできない。

 今はちょっと見るのが恥ずかしいなと内心苦笑する。

 どうだろう。

 あの人なら、きっと。

 ただ笑って、ウィルを待ってくれるはずだ。

 出会ってからずっとウィルを待っていてくれたのだから。

 

 掌に食い込んだ刃を押し返す。

 痛みなど構わない。

 それだってどうでもいい。

 大事なことは、たった一つだ。


「僕は―――僕の大切な人を! 理不尽に、その立場だけを見て利用したことが許せないッ! 天津院御影は皇国の王女だから価値があるんじゃない! 彼女が彼女であるが故に、あの人は、強く、優しく、美しい!」


 思考操作によって戦輪をバルマクに向けてぶっ飛ばす。

 手の傷は深い。

 けれど、もしもなにかもがこの男の思い通りになった時、彼女の在り方が歪ませられると想像する痛みに比べたらあまりにもどうでもいいことだ。


「ザハク・アル・バルマク! 貴方が聖国の為ならどんな手段でも択ばないとするのなら! 僕はッ、僕の幸福のためなら何もかもを厭わない人間だ! そのためなら、国だろうとなんだろうと敵に回してやるッ!」


 喚き散らすような咆哮。

 それだけは許せないというウィル・ストレイトの根幹。

 前世において、何もかもを奪われた少年は、第二の生において、それだけは認められない。

 勿論、それには力が必要だ。

 ただの才能ではなく、それを為す為の力が。

 

『アッセンブル!』


 天津院御影が混血の身なれどその存在を皇国に認められたように。

 彼もまた、自らの意志を証明する。

 右の五指を天高くへと掲げ、トリガーヴォイスと共に魔法陣が展開。

 七色の光で編まれたダイヤル式魔法陣。

 

『―――ギャザリング・エッセンス!』


 拳を握りしめる。

 同時に右腕全体に真っ赤に燃える五つの環状魔法陣が展開され、ウィルを中心として炎が吹き荒れた。

 それは灼熱の竜巻となってウィルを覆い、蒼天へと昇っていく。

 そして、炎の中で彼は叫んだ。

 アルマに教えられたものではなく、自ら考え、自ら作り出し、名付けた、ウィル・ストレイトオリジナル魔法を。



『クリムゾンスカーレットバーニングスペシャルグレイトスーパーフレイミングオーガ――――ルビーッ!!』



 刹那、視界同期をしていた掲示板で悲鳴が上がったことには気づかなかった。


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