ウィル・ストレイト――我がままの証明 その1――


「ハッ!」


 短く鋭い呼気と共に鋼の刃が繰り出される。

 婉曲した大振りの刃、ククリナイフと呼ばれる短剣。上半身の衣服は脱ぎ捨てられ、露わになった黒褐色の肉体はいっそ双剣を小さく見せるほどに屈強だ。良く日焼けした肌と太い丸太のような腕を始め、隆起した肉体は男が政治家であるとは思わせない。


 そこから繰り出される斬撃は武骨の一言。

 

 自らの肉体からウィルの急所まで最短距離を突っ走る。

 身体の動きを最小限にしたコンパクトな斬撃と刺突を織り交ぜた、ほぼ体術に近い双剣術だ。


「……!」


 頬横を掠めたナイフを、握ったリングで逸らす。

 既に≪七属性戦輪メンス・サーナ・イン・コルポレ・サーノ≫は展開され、いくつかは両の拳に、いくつかは周囲を浮遊している。

 最初は≪武器生成魔法クィ・ベネ・シェリフ・ベネ・メーテ≫で長剣を使っていたが、すぐにそれは二刀になり、そしてすぐに戦輪を展開することになった。


「っと!」


 攻撃を回避しつつ、ウィルの足元に赤と緑のリングが飛ぶ。

 軽く足裏の下に滑り込んだと同時に赤は爆炎を、緑は旋風をそれぞれ小さく起こし後ろに大きく飛び退く。

 同時に両腕をバルマクへと突き出す。

 動きに従い、黄と青のリングが飛んだ。

 直径10センチ程度だった円が、1メートルほどに拡大。それぞれ雷撃と水流の刃輪となって疾走する。


「―――ヌゥン!」


 それをバルマクは振り下ろしの交差で叩き落した。

 

「…………厄介ですね」


 弾かれたリングは自動で帰ってくるので、その分黒鉄の男を見据える。

 水流の斬撃はともかく、雷撃は接触の時点で刃から体へ通電するはずだがそれに構う様子もない。

 双剣と肉体、どちらにも高度な強化が掛かっている。

 

「お前ほどではない。その戦輪、大したものだ」


「ありがとうございます。貴方の剣術も素晴らしい」


「うむ。我が部族に伝わるものを改良している」


「なるほど」





 遠く観戦しているアレスが長い溜息を吐く。


「僕の頭がおかしくなっているのでなければ、天津院先輩を取り合い、聖国の今後を懸けた決闘の最中にあの二人は訓練でもしているかのようにお互いを褒め合っているように見えますが」


 その後輩の悩みに対して、隣にいたカルメンが極めて厳粛な表情で頷き答えた。


「うむ……そう見えていなければお主の頭がおかしくなっているのだろう」


 複数の意味で上がった少年のうめき声はウィルには届かなかった。





 

 考えることはバルマクの技術だ。

 ほぼ体術と直結した双剣術と肉体と武器のみの強化魔法。

 純粋な対人特化したそれは


 このアース111において、人類は先天的に属性系統を保有する。

 人種だろうと亜人種だろうとそれは変わらない。

 保有数の差異はあろうと結果だけ見れば再現が可能だし、地域や文化による独自発展することも多い。

 故に、アース111の武術というのは魔法の使用を前提としている。

 武術流派の違いというのは武器や血脈以上に使用が前提とされる系統の違いというのが大きい。

 この世界において斬撃を飛ばしたりや遠当ては簡単だが、どうやるかというのが細分化されているのである。

 

 アルマ曰く「魔法の技術の中に武術も内包されている」という。

 勿論純粋な体捌きを学ぶことはあるが、やはりそれも魔法を使う延長線にある。


 対して、バルマクの動きはそうではない。

 おそらく動きのキレから見ても魔法を使わなくても同じ動きができるのだろう。


「人間相手ならば」


 ぽつりと、男は言う。


「急所を断つだけでいい。それで死ぬ。一々派手な技を使うのはあまりにも意味がない」


 ぞくりと背筋が震える。

 残酷なことを、当然のように、砂漠は暑いというただの事実を指摘するような物言いだ。

 息を一つ吸い、口を開き、


「かっこいいじゃないですか!」


「………………」


 反論はウィルではなく、背後で観戦しているトリウィアだった。


「……トリウィア・フロネシス。次世代を代表する傑物ではあるが姦しさは普通らしいな」


「自慢の先輩です」


 見えないけれどきっといつもの無表情のドヤ顔をしていることだろう。

 内心苦笑しつつ、息を吐いた。


「一つ、聞いてみたいことがあります」


「なんだ?」


「どうして、こんな反乱を?」


「答えなければならないか?」


 問いかけに、ウィルは小さく首を傾げた。


「いえ、まぁ、答えたくないのなら別にいいですけど」


「ほう、その心は」


「例えば、貴方に今回の一件を起こす理由があったとして――」


 ウィルの体の周りに七色のリングが旋回する。

 それはゆっくりと、けれど淀みなく。

 握った拳は意志の強さの表れか、


「―――僕が貴方を許せないということには変わりません」


 或いは、拒絶と怒りだったのか。

 

「なるほど」


 黒鉄の男はただ、小さく頷いた。

 そして小さく、口端を歪めた。

 

「面白いな、少年。興味が出て来た」


 そして、瞬発した。

 即座に飛来する戦輪を駆け抜け様に弾き飛ばし、ウィルの目前へ迫る。

 最高速度は身体強化されたウィルほどではないにしても、迅速だった。


 腕が振られて、自律行動する戦輪が盾となって展開し――――と、バルマクは体を回した。


「―――シィィィッ!」


 鋭く長い呼気。

 それまでの最短距離を最速で迫る直線斬撃とは違う。

 身体を回して生まれた遠心力を十分に乗せた円運動。 

 、とウィルの瞳が見開かれた。


「!」


 とっさに戦輪の防御が間に合ったが、それでもインパクトの瞬間、物理的以外の衝撃が弾けて吹っ飛ばされる。

 ウィルが数メートル飛ばされながら体勢を立て直す間、バルマクは止まらなかった。その回転も止まらず刃を振るう。

 放たれたのは三日月状の飛ぶ斬撃だ。

 ただの斬撃波ではなく、超振動する微細な粒子を含むことで切断力を高められたものが四閃。

 ウィルが着地した瞬間には、彼へと到達する。

 

「――≪フォルトゥーナ・フェレンド≫!」


 戦輪とは別に展開された四枚の青い自律浮遊盾。鎮静系統により振動を抑えたがそれでも四枚とも破砕。

 拳を構え直した時にはもうバルマクは目前だった。


「シィィィィ……!」


「!」

 

 長い呼気と共に繰り出される連続斬撃。

 足捌き、体捌き共に円運動により繰り出される攻撃は踊る様に、というよりも執拗に得物に食らいつく蛇のように。

 先ほどまでの動きとはまるで違う。

 最短距離で急所を確実に狙ってくるのではなく、円・螺旋運動による遠心力で一撃の威力を高めた上で、随所に魔法を織り交ぜているのだ。


 やりにくいと、ウィルは思う。

 理由は二つ。


 一つは先ほど賞賛した通り魔法に依存しない武術の使い手であるということ。

 これまでウィルもそれなりの実戦を経験しているし、学園の訓練や模擬戦の密度は普通の数年分に匹敵するほどに濃い。

 それでもバルマクほどに純粋な武術遣いも珍しい。


 もう一つは直線的な剣術と円運動的な剣術が織り交ぜられているということ。

 ウィルはその転生特権により一目見た動きは大体模倣できる。もちろん、何もかも一瞬と言うわけにはいかないし、完璧再現は難しいがそれでも動きを理解することには長けている。

 それでも頻繁に切り替わる動き故に、数度のやり取りではまるで把握しきれなかった。

 むしろギリギリのところで回避し、大きな手傷を負っていないことが彼の観察眼の良さを物語っている。

 仮にどちらか片方だけの動きならば早々に有利に持ち込んでいただろう。


 その二点が、掲示板においてスキル制の世界で剣術系最上級の≪大剣豪≫のクラスであり、システム範囲外に独学で純粋な剣術を極めたソウジ・フツノが相性が悪くて良いと評価した理由だった。

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