ワッツ・ハプン その1
導師の引継ぎと結婚式は宮殿内の大きな中庭で行われていた。
数百人単位が収まる様な円、その円周に沿って中央奥にやはり円形の噴水がある。
その周囲に教皇と導師、数人の側近。
広場の両脇に主に政府関連の大臣や近隣の部族の長が合わせて100人近く、いくつも重ね合わされた絨毯に腰を下ろしている。
噴水と教皇、導師たちからは中庭入り口まで長方形の空白があり、彼らの前にバルマク1人が佇んでいた。
晴天の下に行われる式典は、その重要性を思えばあまりにも質素だ。
通常どんな国であろうと、新たな王が生まれる、或いは結婚するとしたら莫大な費用と時間をかけて祝福を行う。当日、ないし前後に祝日を設けることさえあるし、貴賤貧富を問わず祝うものだ。
参列している者の多くが戸惑っているが、聖国における祭りは非常に賑やかだ。普段比較的禁欲的な慣習をある反面、正反対を進行するが故に祭りの時は他国に負けないほどに騒がしい。踊りや料理、音楽は勿論、大道芸も行われるし、大勢が集まる式や祭りは未婚の者の相手を見つける社交の場にもなる。
単なる祝い事ではなく、新たな繋がりを見つける場でもあるのだ。
だがこの日、バルマク主催の二つの式は最低限の費用、最低限の参加者、最低限の時間で行われている。
踊りも無し、音楽も無し、食事は水分補給と軽食の最低限。どちらの式典に関してもいくつもある伝統的な口上や儀式も無し。
主役である教皇や導師、バルマクと結婚相手の御影は早々に引っ込み、中庭は一日自由にさせるので交流は好きにどうぞという塩梅。
参列者の誰もが戸惑いはある。
ただ最高権力者である教皇と導師がそれを指示したのだから逆らえないし、実際の所懐が助かるという面は少なからずあった。
あまりにも告知と準備が速すぎて、聖都にいるものと一日の距離で来れるものしか参列できなかったという実情も。
「――――」
そんな中、バルマクは教皇と導師の前に立ち、空を眺めていた。
雲一つない空に、これから聖国を手に入れるのになんの感情も乗せない目。
何か考えているのか、何も考えてないのか。
双聖教の僧侶が行う神への祝詞を聞き流しているのだけは確実だった。
御影は参列者の最前列に。
白と黄の豪奢な聖国風祭礼服は全身を何枚もの布で覆うタイプであり、全身に金細工があしらわれている。
見る限りでは美しく着飾られた新婦だ。
ただし、折り重なった布の奥、彼女の肢体には幾条もの鎖で拘束されていて1人では身動きがまともに取れないようになっている。
その傍には侍女の服装をしたヘルメスが控えていた。
御影に対する監視の意味だろう。
噴水前、並んだ玉座に座る教皇と導師。
教皇は初老の女性、導師はもう70を超える老人。
二人ともどこか目は虚ろ。
淡々と、あっけなく、一切の面白みもなく式は進んでいく。
「―――以て、これより導師の引継ぎを行う」
僧侶が長い祝詞を終え、参列者から安堵のため息すら上がった。
参加した者の大半が、どうしてバルマクがこんなに早く導師に決まったのかも、異国の、それも皇国の王女と結婚しているのかもわかっていない。
よく分らないが、決まってしまったから従っている。
よく分らないし、何でもいいからさっさと終わってほしい。
現状についていけないが故に、大半の者がそう思い始めたところで、
「――――その式、ちょっと待ったああああああああああああああああああああああ!!!!」
何かが起き始めた。
●
どよめきと共に、中庭正面の大門に視線が殺到する。
聖国特有の上辺が玉ねぎのような通路に乱入者は並んでいた。
数は5人。
黒、青、紫、白、もう1人黒。
聖国風の儀礼服をそれぞれの色に統一したウィル、トリウィア、パール、フォン、アレスだった。
トリウィアはいつもの様に無表情で煙草をふかしながら。
パールは髪を下ろし、毅然とした表情の中に怒りを乗せて。
フォンは少し疲れ気味、アレスは何故自分がここにいるのだろうと遠い目を。
そしてウィルは、中庭に視線を巡らして御影を探す。
「―――」
見つけた彼女は、少しだけ恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに笑っていた。
そのことに安堵し、すでに振り返っていたバルマクを見据える。
「その式、止めさせていただきます!」
互いの距離が二十メートル以上離れている故に、腹から出した大きな声だった。
中庭に響いた声にバルマクは目を細め、同じく声を張って答えた。
「その式とは継承式と結婚式、どちらのことだ!」
パールはその返答に、これだから嫌いなんだと顔をしかめ、
「どっちもです! 継承式も、結婚式も!」
その間の抜けた返答にアレスは喉奥にナツメヤシが詰まったような顔で声にならないうめき声を上げていた。
「理解した!」
「それはどうも!」
トリウィアとフォンは天を仰ぎ、ウィルの母親、ベアトリスのことを思い出した。
真っすぐに同じ色の眼をぶつけあった二人はしばしにらみ合い、
「少年よ!」
「はい!」
「この距離で声を張り上げ続けるのは非効率的だ! もう少し近づくといい!」
「確かに! お気遣い感謝します!」
無言で立ち去ろうとしたアレスはフォンに止められたせいで、前に進むことを強制される。
先ほどまでの閉塞的な雰囲気は消え、どこか微妙な空気――御影だけが噴き出すのを必死にこらえている――が流れる中、5人はバルマクから10メートルほどの距離にまで近づき向き合う。
「ウィル・ストレイトか」
「はい」
「君にこの式典を邪魔する正当な権利と理由があるというのか?」
「はい」
「そうか。ならば言うといい」
「分かりました」
ついにアレスは軽く気絶しかけたが、やはりフォンに蹴りを入れられて正気を保った。
「―――」
ウィルは1つ息を吸った。
自分が言うことの意味を考える。
そして、誰よりも愛する、ここにはいない少女を思った。
彼女は、御影がウィルの幸福に必要だと言った。
その通りだと思う。
どうするか道を示し、背中を押してくれた。
その上でウィル自身も決めたことだ。
錠前を用意してもらったのなら、後は鍵を開けるだけ。
「貴方が結婚しようとしている天津院御影さん」
この場の全員の視線が、ウィルに集まっていた。
その全てにひるまず、胸を張り、彼は叫ぶ。
「彼女は――――僕の婚約者です! 人の婚約者を奪って結婚などさせません!」
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