天津院御影――誇りの象徴―― その1



「下品な女だ。姫とはいえ、やはり蛮族か」


 御影の挑発に、しかしバルマクは胡乱な溜息を吐くだけだった。


「……うん?」


 その様子を見て、御影は少し疑問に思う。 

 パールから聞くバルマクという男は、簡単にいえば「歴史と文化に敬意を払わない下劣な男」と言ったものだった。 

 囚われた時はあまりの出来事だったので深く観察することができなかったが、改めて見ると印象が少し違う。


「これから婚姻を結ぼうという娘の貞操を、式の前に奪うということはしない。鬼種の乱れた価値観とは違い、この国において処女の貞操は神聖視されているのだ」


 訥々と紡ぐ言葉に感情が見えない。

 仮にも「性」とか「処女」「貞操」なんて話をしているのにそれに対する喜びも照れもなにもない。

 鋼鉄のような、或いは蛇のような。

 ただ事実だけを述べている、そんな塩梅だ。


「ふむ……てっきり私は王都の本屋の隅でこっそり売られているような春本のような目に合うと思っていたのだが。こんなあからさまな拘束をされていてはな」


「それについては謝罪をしよう。残念ながら、鬼種を拘束するには鎖で繋ぐなり必要だ。魔封じの拘束紐はあるが、お前たち鬼ならば素の膂力で引きちぎるだろう。寝台に括り付けても、寝台の方を壊すと判断した故に地下牢を使っている」


「………………なるほど? まぁ、確かに」


 言われたことを咀嚼し、奇妙な気分だが納得する。

 確かに鬼種の膂力は亜人においても最高位。

 魔法がなくても、たいていの人種が魔法で強化した状態よりも上回る。バルマクの言う通り、魔法を封じるだけの紐なりでは容易く引きちぎれる。


「扱いが良くないことは理解しているが、不可抗力だ。逃げられると困るが故の拘束をしているが、それ以外は配慮をしている。お前が尻に敷いている絨毯は平民が10年働いても買うことのできない高級品だ」


 そう言われると尻がむず痒い。

 居心地の悪さを感じる御影を見下ろすバルマクの視線は変わらない。

 それどころか口元と目元以外はまるで動かず、地下牢に入ってから直立不動のまま。


「話をしよう、天津院御影。ヤースミンの女」


 黒鉄の如き男は言う。

 

「何故、私が革命を為そうとするのか。何故、お前を拘束したのか。それを話そう」


「まぁ聞かせてくれるなら聞くが。……ヤースミンとはなんだ?」

 

「貴様の母親の部族だ。皇国の言葉では茉莉花という花を示す。貴様の母は聖女から除名されている故にトリシラの姓ははく奪されている」


「……初耳だな。茉莉花は母が好きな花だったが」


「そうか。では本題に入ろう」


「…………まぁいいが」


 打てば響く、というか。

 質疑応答のような会話だ。

 御影の現在の印象は「つまらない男」である。


「……この国は、砂漠に埋もれた礎のような国だ」


「ほう、詩的だな」


「即ち、時代遅れという意味だ」


「いや、分かるが」


「そうか。ならば続けよう」


 この状況で思うのもなんだが、もうちょっと抑揚が欲しい。

 いつでもどこでも会話を楽しみたいと御影は思う。


「王国に住まうお前でも分かるだろうか。この国は、非合理的な慣習、しがらみがあまりにも多い。そうだな、例えば女だ。この国の女というものは権利というものがほぼない。男の所有物と言っていいだろう」


「なるほど。まさしく私をもののように扱っているお前が言うと説得力がある」


「そうだろう」


「…………」


「婚姻は、まさに顕著だな。誰と結婚するかなんぞ決定権はない。父親や部族の長が決める。部族同士の友好のために、或いは保有する系統を広める、ないし囲うために」


「保有系統の為の婚姻など、珍しくもないがな」


 系統の為の婚姻は、実の所それほど珍しくない。

 貴族だろうと平民だろうと、そこは左程大差がなかったりもする。

 貴族であればより広く系統を得る為に、平民、特に農家においては農業に有用な水・地属性系統は重要な婚姻の要因だ。


「そうだな。必要な面もある」


 御影の反論に、しかしバルマクは反論はしなかった。

 だが、


「多くの部族において、必要だからではなく、。ただの手段が、目的となっているのだ」


 男は身じろぎ1つしない。

 口元だけ絶えず動き続ける。

 例えば、


「婚姻の続きで言えば、系統の都合一人の女を複数人が娶りたいとなった場合どうなるか。答えは妻の共有か奪い合いだ。前者であれば順番に子を産まされる。後者であれば立候補者同士の決闘。冗談のようではあるが、この決闘は聖なるものとされている」


 例えば、


「大戦以降各国の技術交流が盛んとなっている。お前の学園のトリウィア・フロネシス。あれは傑物だ。ここ4年で彼女が公開した魔法理論は聖国まで届いている。それを受け入れれば生活水準は向上するというのに。掟、しきたり、伝統、そんなただの言葉を盾にして、拒絶をするのだ」


 例えば、


「この聖都は同心円状の都市だ。中心がこの宮殿であり、中心にあればあるほど栄えている。外側に行けば行くほどに治安が悪い。外周部がどうなっているかお前は確認したか? ただのテントが大量に並んでいる。聖都が豊かな土地だからと聞いて訪れ、集落を作っている。部族を出て帰るところもなくそこにしかもう行き場所がないからだ」


 例えば、


「この国は教皇が王だ。大戦以降、導師が主導権を握っているとはいえ宗教故のしがらみによりできないことも多い。例えば農作物の輸出。この国の過酷な地であっても、場所を選べば特産と呼べるような物を作れるだろう。だが、そういう地に限ってどこかの部族の聖地などと言って使うことができない。私の裁量で亜人連合から学び、一部に珈琲農園を作ったがそれでも供給量が足りず、王国と帝国に僅かに流すだけ」


 例えば、


「ナツメヤシという果物がある。確かに栄養価は高く保存も効く。この国では聖なる果実として重宝されている。だが他にも食べるものはある。魔法を使えばいくらでも応用が利く。だがやはり昔から重宝していたという理由で食べている」


 例えば、


「職業の自由がない。鍛冶を得意とする部族生まれなら鍛冶しかできない。狩猟が得意な部族は狩猟することしか考えてない。聖都を含め、いくつかの大都市以外では識字率すらままならない。女であれば教育すら受けられない。下らない、あまりにも多くの才能の無駄遣いを――――」


「もういい、十分だ」


「そうか? まだ伝えることはできるが」


「要らん。つまり、お前はこの国の在り方に不満があるというわけだ」


「そうだ。理解に感謝する」


 呪詛のような事実の羅列。

 その時だけは瞳の奥に意志をうかがい知れた。

 憎悪、というと違う。怒りでもない。

 疎んでいる、価値を感じない。

 理解ができない。

 感情とも違う、そういう拒絶の瞳だった。

 

「下らないだろう。奔放と力を旨とする鬼種ならば、私に共感できないか?」


 言われて考える。

 バルマクの言葉を。

 確かに非合理的な内容だった。

 止めなければいくらでも続いたのだろう。

 その上で、


「……いや。私はこの国に来て二週間程度だぞ? 悪い所だけ言われても困るし、私が協力する理由もなくないか?」


「確かに。そうだな」


「……」


 なんだこいつと、御影は思った。

 人形に話しかけている方がまだ楽しい。

 

「故に、利点は提供しよう。私と婚姻をすれば皇国との関係は密接となり、互いの発展が可能だ。望みがあれば言うが良い。可能な限り譲歩する。また、私はこの国の権力構造も塗り替える。導師が名実問わず頂点に君臨するように。そうすればお前は皇国と聖国、二つの国の女王となる」


「貴様、他人からつまらないとか言われないか」


「よく言われる」


「だろうな」


 パールがこの男を嫌っていたのも納得できる。

 彼女は聖国の聖女として、自らの国を愛している。そんな彼女からすればこの男の極まった実利追及主義というのは全く相いれないものだ。

 

「…………ふぅ」


 思っていたものと少し違い、息を吐く。

 かちゃりと両腕の鎖が揺れた。

 それにしてもこの男、御影はかなり扇情的な姿だというのにそちらに視線が行く様子もない。そういう風に見られても不快なだけではあるが、少し疑問ではある。


「何故私を使おうと思った?」


「偶然だ」


「……もっとこう、ないのか?」


「ない。お前とお前の母の出自を偶然知った。そしてお前たち学園が遠征候補に聖国を入れていることも。お前がこの地を訪れないのなら利用はしなかった。だが、来たから利用した。それだけだ」


「それだけか? それにしては私たちの動向の把握が完璧すぎたぞ?」


「そういうこともある」


「……ふむ?」

  

 あるわけがない。

 クーデターを進行していたにしても、御影やパールに対する対応が迅速すぎる。

 何かしらあるのには、間違いない。

 問題はそれが何なのかという話なのだが―――



「もー、面倒じゃないですかー。さっさと操っちゃいましょうよー」

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