アラビアン・デート その1


 トリシラ聖国の聖都≪アグラニア≫。

 アクシオス王国から南下し、広大な砂漠地帯を超え、荒野地帯との境界線にその都市は存在する。

 聖都よりさらに遥か南方の山脈地帯を源泉とした河川は荒野地帯を細く流れ、途中合流しにこの聖湖≪エル・ウマナ≫へ辿り着く。


 小さな湖と河を中心に砂漠と荒野の境界にある円環状都市だ。


 その中心部に近く、最も発展した街並みの中、商業区間のある店の一角。

 長い机がいくつも並び、簡素な大きな布の屋根の飲食スペースにて、


「おお、見ろよウィル! ナツメヤシだよナツメヤシ、デーツだ!」


 運ばれてきた料理のプレートを目にし、アルマが目を輝かせていた。

 ダイスカットされたトマトやキュウリ、パプリカ類の野菜サラダ、香ばしく焼かれた肉。半月上の平たいパンは袋の用に中が開くようになっている。 

 そして付け合わせに光沢のある黒い、乾燥されたフルーツ――アルマが言うデーツだ。

 この地方では一般的な昼食だという。


「うーん、アラビアンナイトといえばデーツだよな。こっちはピタパンに、砂トカゲの肉……まぁ大切なたんぱく質か。見た目も鳥ぽいけど。これはあれかな、ケバブサンドで食べるわけか。飲み物のチャイはアラビアナイトって感じじゃないけど、まぁ砂漠の国って感じだ。ふんふん、なるほど、それっぽい」


 一つ一つ目で楽しむ彼女の恰好もいつもとは違う。

 アグラニアの宿でレンタルしたのは数ある聖国の民族衣装の一つ。アースゼロではサリーと呼ばれる類のものだ。

 丈の短い半袖のブラウスにペチコートと呼ばれるスカート。

 そして真紅の長い一枚布を頭まで全身に巻き付ける。といっても露出を減らしているというよりは頭に引っ掛けてフードのようにしている程度だが。

 ブラウスとペチコートは濃い黄色に金色の刺繍があり、真紅と合わせて色鮮やかに。

 ウィルは逆にゆったりとした白の詰襟のシャツにズボン。その上に真紅のベストというシンプルないで立ちだ。

 アルマと違い、ウィルのそれは王国と聖国の国境の街から着ているものなので若干くたびれている。

 

「ん。どうしたんだ、ウィル?」


「……いえ、アルマさん楽しそうだなって」


「むっ」


 首をかしげなら微笑むウィルに、アルマは少し照れながら顎を上げる。


「……こほん。仕方ないだろう。二週間も砂漠ツアーだったんだよ? 王国から一週間の馬はまだよかったけど、そこからは中々疲れた。ラクダの乗り心地もそうだったけど、食事も水も節約が大変だったし」


 一月と少し前。

 パールにより聖国への干渉を決めた後。急ピッチで今回の遠征の手はずを整えたウィルたち生徒会一同は共に王国から聖国へ移動をした。

 そして彼女の言う通り、大変だったのは砂漠の旅だ。

 昼は暑く、夜は寒い。

 言葉にすれば単純だが、そんな砂漠の地を進むのはそれなりに大変なことではある。 

 身体能力の強化や気温調整の魔法は使えても、24時間発動し続けるのは逆に体力や魔力、精神力を消耗してしまう。


「ラクダは……うーん、僕はいまいちだな。なんというか縦揺れが凄い。実際に乗ってみて分かったけど。馬の方がいいな」


「初日のアルマさん、地面に降りたら足腰立たなかったですもんねぇ」


「うむ……君の場合、パールの乗っているのを見たら秒で慣れていたあたり流石だが」


 転生特権≪万物掌握≫の一端でもある。

 正直これで十分という思いがあるが―――この特権がなければアルマと出会うこともなかっただろう。


「何にしても2週間ぶりのまともな食事だよ? いや、勿論道中のパールと御影が作ってくれたのも美味しかったし、カルメンがいきなり道すがらの砂丘から引きずりだした巨大なサンドワームも、食べてみればわりとイケたが。昨日この街についた食事は味わうというより栄養素の補給で楽しむ感じでもなかったし、純粋に聖国本場の味を楽しむのはこれが初めてだ。うん、いいだろう?」


 それとも、と。

 彼女はわずかに眉をひそめた。


「……君は、楽しめないかい?」


「まさか」


 そんなわけないとウィルは笑う。


「楽しいですよ」


「ん。……そっか。ならよかった」


「アルマさんとデートですし」


「んんっ…………うん」


 頬を真っ赤にした彼女は一度せき込み―――それでも小さく頷いた。



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