ニュージェネレーション その4
「!!」
「婿殿、落ち着け」
「ですが!」
誰よりも早く立ち上がったウィルを御影が静止する。
いつも微かなほほ笑みを浮かべている彼の顔には、はっきりとした憤りがあった。
それが嬉しい。思わず頬が緩みそうになったが、ウィルの向こう側に座っていたアルマが半目を向けて来たので我慢する。
「まずは最後まで聞こうじゃあないか。らしくないぞ」
「……誰のせいだと思ってるんですか」
「…………」
憮然と座る彼に、ゾクリと角が震えた。
「おい、興奮するな。そういう場合か」
「……アルマ殿はあれだな。私の興奮メーターをよく理解している。流石だ」
「過去一嬉しくない褒め言葉来たな……」
「それじゃあワシが褒めましょうかアルマ様!」
「パール! 続けてくれ!」
「えぇ」
パールは眼の前の茶番に顔色一つ変えなかった。
かなり真面目なクールモードだなと思う。
いつもならこの状態でも冗談は言ってくれるのだが。
「アルマの言う通り、御影さんを利用する形になるわ。正直、今回彼女を巻き込まない方法は簡単。遠征先を聖国にしなければいい。それで解決だし、向こうも別に当てにしてないでしょう。遠征で来たらついでに使えるか……くらいのはず」
ですが、と言う彼女の表情は変わらない。
「その導師候補――ザハル・アル・バルマクは自尊心に塗れた男だけど、有能ではある。クーデターを成功させてもおかしくないし、実際表沙汰にならないように上手く仕込みをしている。まぁ、誰かしらの入れ知恵をされてる可能性もなくはないけれど。いずれにしても、私の行動理由は1つ」
細められていた右目が、大きく開く。
冷たい夜のような色には確固たる意志が。
「私はこれから自分が教皇として立つ国の導師が、彼であることを認められない」
「……ふむ」
その言葉でパールの意図を理解する。
なるほど、確かに御影も同じ立場だったらそうするかもしれない。
「…………それが、御影さんを危険な目に合わせるのに関係ありますか?」
ウィルの言葉は棘々しい。
可愛い。
「ある。むしろ、彼女だからこそ」
「何故……僕たちはまだ学生で、そんな大きな話なんて―――」
「あぁ、婿殿。そこは違うな」
可愛いが、訂正は必要だ。
眉を顰めるウィルにはあまりピンと来ないのだろう。
忘れている、というよりもそもそも権力や地位とかけ離れた土地で過ごした故か。
「今パール先輩が言ったとおりだ。彼女はこれから聖国の教皇になるし、私も皇国の女王になる。何年か後だとしても。そうすれば、私にも彼女にもそのなんとかという指導者候補との関わりは避けられない」
「…………それは」
「ウィル。忘れないで、この学園はそういう場所よ」
パールは次代聖国教皇候補。
御影は次代皇国女王。
この2人にとって国の指導者の是非は、文字通り目前の問題なのだ。
もっと言うなら、カルメンは存在自体が希少且強大な龍人族。トリウィアは帝国の大貴族の長女。
加えて、
「貴方も去年既に連合で関わっているでしょう。忘れたの? 鳥人族は貴方の行動故に、今後10年、様々な優位性を得た。そうよね、フォンさん」
「………………難しいこと私に言わないで欲しいな」
話に加わらずに聞いていただけのフォンも顔をしかめる。
別に彼女も理解していないわけじゃないだろう。
むしろ、ここで頷くということはウィルの憤りを否定するものだと理解しているのだ。
彼女は小難しい話には意図的に黙って聞いているが、しかし意外とそれなりに理解しているのだ。
いや、可愛い。
「仮に拒否するのなら、今から遠征先を聖国以外にするだけね。その場合は単身聖国に戻るわ。上手くいく確率は下がるけれど、全力を尽くしましょう。協力してくれるのなら、確かに危険はあるけどその見返りは」
「皇国と聖国の未来の関係値、というわけか」
「えぇ」
「ふむ―――――いいだろう、乗った」
「御影さん!? いいんですか!?」
「仕方あるまい。パール先輩がここまで嫌がるということはよっぽど嫌な男なんだろう」
「下品な権力主義の象徴のような男ね」
「最悪だな。嫌だぞ、そんな男と貿易だとか条約だとか結ぶことになるの。想像すると急に自分事になってきたな。母上の国でもあるし……うん、考えると私的に拒否する理由がない」
「………………はぁ、分りました」
「諦めろウィル。このお姫様はこういうタイプのキャラだよ」
軽く頭を抱えるウィルの肩を叩くアルマであった。
彼は少し眉をひそめたまま目を閉じ、数秒後に開き、言う。
「手伝います」
力強く、その名の通り真っすぐと。
「パール先輩と御影さんの価値観というには僕はまだ理解しきれていませんが、それでも御影さんが聖国の勢力争いで巻き込まれるのは理不尽だと僕は思ってしまいます。だから、御影さんが行くなら僕も行きますし、パール先輩のことも手伝いましょう」
「婿殿ぉー!」
「うわっ!?」
辛抱たまらず抱きしめた。
制服のブラウスに包まれた大きな膨らみに、押し付ける。布越しとはいえ柔らかさには自信がある。髪をわしゃわしゃと撫で、ついでに背中をさすり、どさくさに紛れて尻を撫で、
「――――ありがとう」
耳元に囁く。
真っ赤になった耳がびくんと跳ねる。
去年末、アルマを知ってからスキンシップは控えていたが、しかし我慢ができなかった。
滅茶苦茶嬉しい。
角がふやける。
もう食べちゃってもいいんじゃないか?
ダメか。
あと1年半我慢すれば、もっと美味しく頂ける。
「…………おい」
「おっ。すまんすまん。つい」
声をかけて来たアルマの目から光が失っていた。
仕方ないだろう。
彼女と自分の胸部は絶壁と山脈だ。
こればっかりはどうしようもない。
彼女の成長を祈ろう。
「ふふふ、婿殿もたまにはこってり脂を感じてもいいだろう、許してくれ」
「………………君、自分への比喩がそれでいいのか……? ……ウィル?」
「は、はい! すみません!」
「謝るなよ、そういうお姫様だしな…………まぁいい。ウィルがやるなら僕も手伝おう。トリウィア、フォン。君たちは?」
「……政略結婚は嫌いです。そうでなくても手伝わない理由はないです」
「主がやるなら当然私も!」
「アルマ様アルマ様! ワシには聞いてくださらないんですか!? あと乳ならワシが分けましょうか?」
「グロいこと言うな。……あー、君は?」
「パールとアルマ様、2人がやるなら手伝いましょうぞ! いや、2人が喧嘩しなくてよかったよかった!」
「……僕が言うのもなんだけど、主体性の欠片もないなこのメンツ」
国の未来がどうこうという話なのに、半分が「○○が行くなら」だ。
まぁそういうのも良いと、御影は思う。
学生っぽい。
「……ありがとう、皆」
和らいだ空気にパールは息を吐く。
彼女も緊張していたのだろう。
そのまま、彼女は片手で器用にシュシュでサイドテールを結び、
「いやー! ほんとみんなありがとーっ! 正直迷惑かなって思ってはいたんだけど、みんなが力貸してくれるとマジ助かるっていうかー! ほんとマジ、皆優しくてマジ上がる! ウィルちも、ごめんね、ちょっと嫌なこと言っちゃって……ほんとごめん!」
「あっ、いえ……はい。パールさんにも立場ありますしね……」
ウィルがちょっとたじろぐ豹変ぶりだった。
何はともあれ、方針は決まった。
あとは詳細の確認と遠征における細部の仕事の割り振り。
やることは山ほどある。
時間は限られている故にすぐに始めないと――――
「………………あの、すみません。結局何故僕が?」
上がった声に、皆の視線が行く。
声の主は赤髪の少年―――アレス・オリンフォス。
話の最初から生徒会室にて、しかし部屋の隅で会話に加わらず無言で立っていたのだ。
そして彼を呼んだのは、
「アレっち、王女様と幼馴染で、お父様が前学園長っしょ? こういう大人の事情詳しいかなーって。色々助言欲しいかなーって呼んだんだよね!」
「………………」
露骨に嫌そうな顔をしていた。
そして何故かアルマが深々と頷いていた。
謎の共感を行っているらしい。
「アレス君」
「……なんでしょう」
「えっと、込み入った話なので無理に関わらなくても大丈夫です。こういう話ですし。話を聞いてからだとなんですけど……」
「………………」
十数秒、彼は答えなかった。
腰の刀の柄に手を当てながら呼吸を繰り返し、
「……ここまで聞いて忘れる方が難しいでしょう。聖国の指導者がそんな下劣な人間になられても困ります。聖国産の紅茶と香辛料は質がいい」
「わぁー! ありがとアレっち! 今度一杯用意して送るね!」
「……どうも」
「ありがとうございます、アレス君」
「………………いえ」
言葉は少なく、ウィルに対しては目礼のみ。
いまいち、ウィルとアレス、正確に言えばアレスからウィルへは妙な壁のようなものを感じるが、それも仕方ないだろう。
何はともあれ、
「さて諸君――――私たちで、次の世代を作るとしようか?」
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