ニュージェネレーション その3



「貴方の言う通り、御影の出自はきっかけに過ぎない。けれど、決して前置きではなく、貴方にも関係があるというわけよ」


 それまでの間延びした柔らかな声とはまるで違う、鋭く明瞭な言葉。

 朗らかな優しい太陽のような雰囲気から一転、細められた瞳や真っすぐに伸びた姿勢はまるで冷たい夜のようだった。

 それに対し、御影は自ら姿勢を正す。

 ウィルの肩に頭を置いて擦りつけたり、角で耳を弄るのは楽しいがパールがこの状態になったのなら、真面目にやらないといけない。


 パール・トリシラは二重人格―――というわけではない。


 意識的にキャラクターを切り替えている、らしい。

 少なくとも本人はそう言っている。 

 ゆるふわお姉さんからクール系の美女になるので温度差にびっくりする。

 基本的に学園生活においては先ほどまでのギャルモードだが、聖国に関わる話はこちらのクールモードであり、戦闘の時は使用する系統によって切り替えているらしい。


 ≪双聖教≫は対極を重要視するというが、此処までするとは流石と言える。


「ふむ?」


「簡潔に言えば――――聖国でクーデターが起きようとしている」


「……!」


 ピシリと空気に緊張が走る。

 御影たちは言うまでもなく、この手の話題には興味が薄そうなカルメンでさえ眉をひそめていた。


「先ほど『導師』の話をしたけれど、こっちも候補生が数人いる。今代の『導師』は大戦から現役でありそろそろ老齢により世代交代なのだけれど……候補生の内、武力によってその座を奪おうという者がいるの」


 そして、


「そのために聖女の血を引き、皇国の王位継承権第一位の御影さんを利用するつもりとの情報が本国より届いた」


「政略結婚?」


 御影が何かアクションを淹れる前に間髪入れずの指摘はトリウィアだ。

 紫煙を吐き出しつつ、煙草を挟んだ指でこめかみに抑えながら微かに顔を歪めていた。


「……聖女の血族、次代の皇国女王。普通に考えれば一国の政治指導者の妻にするには位が高すぎますが、皇国となると話が違う。聖国の導師の妻と皇国の王が兼任できてしまう。そうですね、御影さん」


「んむ。まぁ、そうだな。少なくとも、うちの国はそういうの気にしないな。人種の政治とは根本的に責任の所在が異なるものだ。その私を使おうとしている何某かが私よりも強いと証明できるのなら、皇国からは何も言わんだろう」


「ですが、


 なぜならばと、トリウィアは言葉を続ける。


「そもそも、≪アクシア魔法学園≫では在籍時の婚姻は不許可です。それに聖都と王都の物理的な距離を考えれば対面することすら難しい。確かに御影さんを手中に収めれば政治的には有利に立てるかもしれませんが、彼女を利用するのはそもそも実現が難しい」


 そして言葉は止まらず、


「物理的距離以外にしても、鬼の国を屈服させるだけの強度が下手人にあるとでも? 彼女の戦闘力は世界有数であり、強さを基準とする鬼種に対してその前提を覆せますか? 彼女を手に入れた後は? 聖国が実質属国になるということを帝国が認めるとは思えませんね。何かしらの干渉があってしかるべき―――」


「トリウィアさぁ」


「……なんですか、フォンさん」


「怒ってる?」


「…………………………えぇ、まぁ」


「先輩殿ー! ほんと可愛い所あるなぁー!」


「あっ、ちょ、まっ眼鏡折れ、煙草が……!」


 思わず抱きしめてしまう。

 珍しく――と言うほどでもないけれど――感情的に早口になったトリウィアの頭は御影に埋没していた。

 ちょっと、否、だいぶ嬉しかった。

 この先輩は常に冷静だけれど、こういう所があるのだ。

 しかしこの先輩、常時煙草を吸っているのに、抱きしめても全く煙草臭くない。細かい消臭魔法が完璧すぎる。むしろ爽やかないい匂いだ。あとでウィルと共有したい。

 たっぷり10秒ほど彼女を抱きしめ、その間苦笑やら半目やらを受けて、


「うむ、満足した。ありがとう先輩殿。私は嬉しいぞ」


「………………です、か」


 解放した彼女はほんの少し頬を赤らめつつ、乱れた髪を手櫛で治していた。


「それで」


 嘆息しつつ、アルマが空気を切り替える。

 顎を上げた彼女はどこか気だるげというか―――飽きた、という表情にも見える。


。にも拘わらずこんな話をするということは、その非現実的なことを現実にする傑物がいるのか、或いは現実を理解していない馬鹿がいるかのどちらかだ」


「後者よ」


 ですがと、パールは前置きし、


「その馬鹿は実力と野心だけは人一倍で、放っておくと禍根になりかねない類って感じね」


「………………あー、はいはい。そういうことね。ふぅん、なるほど」


「アルマ、どゆこと? 主、理解できた?」


「うーん……? クーデターの相手が性質が悪いことくらいしか」


「性質が悪いのは、この場合だな」


 万年筆を指で回しながら彼女は唇を曲げる。

 ウィルは勿論、御影と話している時も浮かばない勘定だ。

 そして紅玉の瞳が、真っすぐに細い夜色の瞳を突き刺すように見据え、


「――――君、御影を餌にしてその馬鹿を潰す気だね?」


「えぇ。流石ね」


 そんなことを言う。

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