ニュージェネレーション その1


「聞いたか、婿殿? 私、聖国の王族の血も引いてたんだな、はっはっは! いや知らなかった!」


 生徒会に御影の笑い声が響き渡る。

 けれど、ウィルは全く笑えなかったし絶句していた。

 アルマは口端を引きつらせ、トリウィアは煙草の灰を床に落とし、フォンでさえ小さな口をあんぐりと開けている。

 3年主席、龍人のカルメンは王族ということに興味がないのか無反応だったが。

 広い生徒会室、中央に大きな長方形の机、奥には生徒会長の机があり、右壁には大きな黒板が。

 今は大半が、黒板に向かってコの字型に着席していた。カルメンなどは席に着かず、アルマの横で膝立ち――それでも座っているアルマより背が高い――だ。


「はっはっは」


 とんでもない発言を聞いた天津皇国第六王女、皇位継承権第一位の天津院御影は一頻り笑って、


「面倒なことになりそうだな、


 黒板の前に立つ、その事実を教えてくれた先輩の名を呼ぶ。

 三年次席パール・トリシラ。

 聖国出身らしい濃い褐色の肌。所々赤と青のメッシュカラーを入れた金髪のサイドテールに羽根飾り付きのシュシュ。

 生徒会室備え付けの黒板の前に立つ彼女はジャケットではなく複雑な刺繍に染色がされた薄い布聖国風の伝統衣装―――それをパーカー風にアレンジしたものを羽織っている。

 御影が聖国王族の血を引いているというのなら。

 彼女もまたそれに近い。

 

 『聖女』。


 それは宗教国家トリシラ聖国にとっては極めて重要な立場の名であり、国の名前を背負っていることからそれは伺える。

 そして彼女は、


「いやー、ほんとだよねミカちゃん。私も聞いた時マジびっくりしてさぁー。え、これどーすんのって感じ。あはは」


 けらけらと破顔して笑っていた。

 ウィルは思った。

 現在、掲示板は開いてないけれど、もしもリアルタイムで実況していたのなら掲示板の人たちはこう言うだろう。


『――――――く、黒ギャル……!』


 胸元は第二ボタンまであけられて、膝上までしかないミニスカートとか、カラフルな付け爪とか。ついでにかばんにやたらキーホルダーが多い所とか。

 ウィルからすれば、生前はほとんど関わりがないタイプの人種だったので初対面ではわりと面を食らった。

 誰に対しても分け隔てなく優しく、面倒見も良いタイプのギャルなので問題はなかったが。

 最初アルマがちょっと嫌そうだったのが懐かしい。今ではお互いに上手くやっている。 

 パールはオタクにも優しいタイプのギャルなのだ。

 

 主席が人間と価値観が違い過ぎてアホであるカルメンと分け隔てなく優しくキャラ的にも成績的にもスクールカーストップであるパールが次席、というのが今代の三年生である。


「え、えっと……すみません。パール先輩。ちょっとびっくりしすぎてついていけてないんですけど」


「おっ、まー、そーだよねー。ウィルっち。改めてちゃんと説明すっかー!」


 垂れ気味なアメジストの瞳にウィンクを決めて彼女はチョークを手に取った。


「……むぅ」


 根本的に陽気なギャルというのが苦手なアルマだが、憮然とした顔をしつつもノートとペンを取り出してメモの準備をする。

 別にウィンクがおもしろくなかったとか、そんなせこい嫉妬深さを出しているわけではないのだ。


「さってと。1,2年生組は聖国は行ったことないらしいし、この時期だとまだ授業でも政治形式まではやってないだろうから最初から説明するねー」


 細い指を使い、黒板にチョークで『聖国』とパールはまず書き込む。

 左足に重心を傾けながら立つ彼女は、何かを思い出し、


「それじゃあパール副会長の聖国講座、はっじまるよ~! おーっ!」


「お、おっー!」


「おー!」


「おー!」


「おー」


「……おー」


「お?」


 上からウィル、御影、フォン、トリウィア、アルマ、カルメンである。

 カルメンは話に興味がないようで、アルマのノートをのぞき込んでいた。


「さーてと。まずはそれこそ王様の話っしょ」


 「聖国」と書かれた文字の下に「教皇=王」と書き込まれる。


「うちの国は、いわゆる王様がそのまんま教皇っていう立場なんだよね。これだけだと呼び方が違うだけなんだけど、宗教国家なあたりちょいと特殊な作りになってて」


 『教皇=王』の真横に『導師』が並ぶ。


「この『導師』ってのがいわゆる政治指導者だねー。内政とか国交とか、そういう国として必要な仕事はこの『導師』がやってるってわけ」


「ふぅん――それがだね?」


「あっはっは、アルちゃんさすが~」


 顎にペンを当てて指摘するアルマに、パールは破顔する。

 『教皇=王』と『導師』の間に『<』の不等号を書き、


「んー、いいや」


 『教皇=王』に大きく×を追加した。


「ぶっちゃけ、教皇はお飾り的な? 宗教的なトップだけどあくまで名目っていうかー、あはは」


「ここ、笑いどころなんですか?」


「笑わないとやってられない、的な? ウィルちはそういう時ある?」


「………………」


「もー、真面目に考え込まないでよー、ウィルちの真面目さーん―――アルちゃんはこういうとこ好きなの?」


「ごほぐぁ!?」


「あぁ! アルマ様! お顎におペンがお刺さっておるのじゃ!」


「いって……いや、おい、顎を触るな。よだれを付けようとするな」


「しかしワシのおよだれにはお傷をお癒すお効果ありますじゃ!」


「いらんいらん」


「てかカルちん、何でもかんでも頭におつければいいってわけじゃないっしょ」


「おマジ?」


「話を進めろ……あ、こら。ウィルに御影に……トリウィアもか? 何笑ってるんだ!?」


「ふふっ……いえ。すみません。パール先輩、続きをお願いします」


「ほいほーい」


 3年生2人にもみくちゃにされているアルマは、はたから見ると可愛いものだった。


「で、教皇がお飾りっていうのはまー、しゃーないっちゃしゃーないんだよね。ここからは歴史のお勉強だけど、昔はそんなことなかったんだよ。そもそも、いろんな民族がそれぞれ定住したり遊牧したりしてたし、なんなら今の聖都を奪い合ったり……ま、そんな昔の話は置いといて」


 やれやれと溜息を吐き、黒板に新たな文字を書き込んだ。

 『大戦』、と。

 それに対して口を開いたのはトリウィアだ。

 彼女は新しい煙草――先ほど落とした灰はちゃんと自分で回収した――に火をつけつつ、


「第一次魔族侵攻ですね。ただの魔族との戦闘ではなく、大戦と呼ばれるきっかけにもなった――聖国氏族への虐殺」


「そそ、流石トリっち先輩。昔の聖国は『双聖教』の繋がりはあったけど、言ったように各民族同士はわりとバチバチしてたんだよね。そんな中で魔族の侵攻が始まって当時14あった大部族の内、3つが壊滅したってわけ。そりゃあもう大変」


「確か……それをきっかけで、既に雛型ができていた王国や他の国との協定が結ばれたんですっけ」


「いーねーウィルっち、ちゃんと勉強してる」


「ここまではなんとか。テストにも出たばかりですしね」


 大戦関係の歴史は2年生に入って歴史の授業に組み込まれているようになった。

 今現在、この世界の世界情勢を決定づけたものであるため、時間をかけてしっかりと細部まで学ぶらしい。

 なので、逆に言うと授業で学んでいるのは初期までだ。


「ふーん。2年はこういうのやるんだ。亜人連合だとずっと≪七氏族祭≫やってるし、変な感じ」


「おー、わかるわかる。わかるぞフォンよ。ワシも未だにピンとこん」


「………………」


 笑うカルメンに、しかしフォンは珍しい半目を向けていた。

 こうはなりたくないと、顔が物語っている。


「それで、パール先輩?」


「ういうい。みんなで集まるとついつい脱線しちゃうねー」


 にへらとほほ笑み、パールは『大戦』と『導師』を丸で囲み線で繋ぐ。


「元々教皇は宗教的なトップで第一次侵攻の時は、宗教上の理由がどうこうで他の国とちゃんと足並み揃えてなかったんだよね。けど、大部族が3つも滅んだから慌てて残りの部族を集めて王国とかと協力するようになった。その時に実際にやり取りするようになったのが『導師』の始まりってわけ」


「ん……ということは、今の世界になって結果的に『導師』の地位が上がったのか?」


「だーいせーかぁーい。大戦で色々あったせいで各国は色んな協定を結んで協調路線に。その為にはそれぞれの部族の寄せ集めじゃなくてちゃんとした国になる必要があったわけねー。結果的、聖国にとって『導師』、つまり政治家が必要になったわけだ」


 ただ、とパールは『導師』をもう一つ丸で囲む。


「それから二十年、トリシラ聖国は国としてちゃんと成長していった。そーなると政治や国交ってのは重要度が上がるってわけで。どんどん権力ってのが『導師』に移っていったってワケ。はい、ここまでが『導師』とはなんぞやでしたー」


 ウィルは頭の中でパールの話を整理する。

 彼女の説明は解りやすかった。


 極端な言い方をすれば、元々それぞれの部族には同じ宗教という繋がりしかなかった。

 だが大戦により、それでは足りなくなったために国家として指導者を置いたのだ。

 それが『導師』であり、実際上手くいったのだろう。

 だから国家として『導師』の権力が強まるのは当然とも言える。


「ふむふむ……本で読んでいたが、『聖女』本人から聞けるのは説得力があるな」


 アルマのメモの筆も進んでいる。

 一度聞けば忘れないだろうに―――これはウィルもそうだが―――細かいことも記録を取り残しているのはもはや見慣れた光景だ。


「……ん、どうしたウィル?」


「……いえ、なにも」


 顎を軽く上げたアルマに、首を軽く傾げて微笑み返す。

 ウィルはアルマがメモを取る姿が好きだった。

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