【脳髄転生推し活記録】-遭遇ー その3
「………………銃の設計図、ですかこれは?」
「むっ。あぁ、そうだ」
「これは……ドゥさん、そういう設計士で? 専用の製図盤とか使ってとか、それこそ何か魔法で?」
「? 否、フリーハンドの手書きだ。頭の中の図を起こしただけだな」
「……」
思わず息をのむ。
ノートの切れ端に書かれたそれは極めて正確な銃の設計図だ。フリーハンド、ということは定規やコンパスといった製図機器を使っていない。にもかかわらず直線や円が一切のブレなく正確に描かれている。
銃の三面図、内部構造、細かいパーツや火薬の調合方法。
そういったものが印刷でもされたかのような緻密さを持つ。
専門書のページを切り取ったと言われても納得するレベルだ。
もしかして、高名な銃職人、或いはそれこそ錬金術師ではないかと思う。
「しかしその、これは一体」
「あぁ――――非魔法・火薬式六連装散弾銃だ」
「六連装散弾銃」
思わず眉間を揉む。
散弾銃、というのは知っている。
銃と言うのは基本的に魔法の発動媒体だ。弾倉に魔力を込めて、発動を円滑に行うものであり概ね帝国では弾丸自体に固定化された魔法を用いることで戦力の均一化を行っているという。
非魔法・火薬式は皇国で用いられることがあると聞くし、散弾銃というものは知っているが、
「六連って……」
銃身六つが六角形で纏めて無理やり撃つ構造のようだが、それにしたって無駄ではないだろうか。殺傷力と言う点では確かに高まるが、普通に撃つには反動が尋常ではないだろうから何かしらの肉体強化が必要だが、敵を殺すならその強化した肉体で斧でも振り回した方がいいだろう。
「そもそも構造的に撃てるんですか?」
「設計図通りに作れば、だな。実際にできるかは知らん。ものがものだけに、ミリ単位でも設計とズレれば撃った瞬間に銃ごと撃った者がぶっ飛ぶ」
「欠陥品では……」
「暇つぶしで書いたものだしな」
「暇つぶしって」
「正直、俺は絶対に使わん。産廃だ産廃」
そんなレベルではないのだが。
何故そんなものをこんな精度の設計図で、と思うが、それこそ暇つぶしだからなのだろう。
「何言ってんすか! それが良いんじゃないっすか! ロマンっすよ、ロマン。いやー、ジョンさんが持ってきてくれる銃最高っすわ。最初これがなかったら秒で店追い出してましたもん。
そうじゃなくても出禁にしてた」
「ん? 友よ、今なにか厳しいこと言ってないか?」
「へっへっへ。こいつはちゃんと保管しておかねーとな……ちょいと裏に行ってきます。それとアレス、新しい紅茶の葉を仕入れて渡そうと思ってたんだ。それも取ってくるから待っといてくれ」
「えっ……」
ウキウキと巨大な身体を揺らして店の奥にマックが消えてしまった。
そうなると、この謎の、そして変な男と二人残されることになる。
紅茶の葉をくれるというのなら欲しいし、そうでなくても店主が店頭にいないのもどうかと思う。
溜息を吐きつつ、脳髄の男を見る。
そして、思っていたものと違うのを見た。
「――――」
ジョンは、マックの背中を目を細めて見つめていた。
それまでのむやみにテンションの高い様子とはまるで違う、感情を込めた瞳だった。
その時、アレスに電流が走る。
アレスは雷属性5系統を網羅しているが、そういう意味ではなく。
「……ドゥさんは、帝国から来られたのですか」
「むっ? 何故」
理由を聞かれ、垂れた前髪を弄りながら少し言いよどみ、
「帝国では、その手の……その、男性同士は基本禁じられていると聞きます。王国ではまだ少数派ですが法律としては認められていると言いますし……」
「……………………否、勘違いだ。そういうことではない。というか認められているのか王国。ジェンダーレスが進んでいるな……そういえばオカマもいたし……」
「初代国王陛下が解禁したそうです」
「先進的すぎる」
こほんと、ジョンは咳払い。
「勘違いだ、少年。そういう話ではない。ただ……そうだな。マックは俺の昔の戦友によく似ている。あの手のロマン武器に目を輝かせるあたりな、だから懐かしくなっただけだ」
「…………貴方は、大戦の経験者で?」
「んん……ま、そんなところだ」
苦笑しながら、彼は短い髪の頭を掻く。
「色々あった……全くいろいろだ。何の因果か巡り巡ってこの街に来て、昔の連れのそっくりさんに出会うから人生とは何があるか分らんものだ」
マックが入っていた店の奥を見る目を、アレスは知っていた。
似たような目をしてる人を見たことがある。
過去に失ったものを思い出し、偲ぶ者の目だ。
父の友人のそういう目を何度か見たことがある。
父は、一度もそんな目を見せなかったけれど。
前向きな人だと尊敬していたが今思えば、そういうことなのだろう。
失ったもの。
その言葉を思い、記憶が昨夜に引き戻される。
戦っていたウィルたちでもない。魔族信仰者たちでもない。懸命に使命を果たしていた近衛騎士でもない。
5年ぶりにその姿を見た――――ヴィーテフロア・アクシオスを。
自分が襲撃者を切り捨てた時にはもう、彼女は馬車から飛び出してきた。
身長は記憶よりも高くなっていたが、年を考えればまだ低い方。厚手の修道服故に体のシルエットは解りにくいがそれでも随分と丸みを帯びて成長を感じられた。
勢いがよかったせいか、外れたフードから零れる髪は夜明けの光に蜂蜜を溶かしたような黄金。
瞳は海のような深い青。
記憶よりもずっと、彼女は成長していた。
無垢な少女でありながら、微かな色気を秘め、しかしそこにいるだけで空気が晴れやかになるような佇まい。
アルマ・スぺイシアを見た時は正直驚いた。
あんなにも造形が整った少女がこの世に―――――ヴィーテフロア以外に存在するなんて思わなかったから。
超一流の職人が丹精込めて作った精巧な人形のような、或いは生物や性を超越した美がアルマならば。
ヴィーテフロアは人としての、女としての、少女として、そういったものの究極、美の女神ともいえるのがヴィーテフロアだ。
きっと、彼女がアレスの名を読んだ時他の者はその声から悲痛さを感じ取っていただろう。
けれど、アレスにはわかる。
そこに悲痛なものはなかった。
そしてアレスは知っている。
ヴィーテフロア・アクシオスがどういう少女なのか。
彼女は笑っていたのだ。
刺客に襲われる中、命の危機で。
揺れる髪と夜の闇で正面から見ていた自分にしか気づかなかっただろうが。
それでも彼女は薄く笑っていた。
ゾクリと、背筋が震えたのをはっきりと覚えている。
だから、自分は――――
「…………少年? 大丈夫か」
「………………はい。すみません、立ち入ったことを」
店の奥から足音が聞こえる。マックが戻ってくるのだろう。
戻ってきて変な空気にしたくないので、気持ちを切り替える。
いずれにしても変な人であるが、悪い人でないかもしれない。
週末だけとはいえ近所なのだから、付き合いは必要だ。
「失礼しました、ドゥさん」
「ジョンで良いぞ、少年」
「それでは、アレスと」
「うむ、アレス少年。―――――ちなみに紅茶と一緒に脳髄シャツはいるか?」
やはり付き合いは考えるべきかもしれない。
●
『質問する。何故マヨネーズやラーメンやHB法が既にある、ないし技術革新になると言わなかった????』
『これからこっちで生きようっていうのにあれこれ変な技術革新させるわけないだろ」
『ぐうの音も出ん
だがお父さんの収入のことも考えて欲しい』
『誰がお父さんだ! 身元のためと自分の世界帰れなかった君のためにとりあえず戸籍作っただけだろ!』
『指摘しよう。―――つまり俺がパパということだ。パパって呼んでも良いぞ』
『ぜってー嫌
…………それで?』
『俺から見ても、やはり問題ないと判断できる。体温、心音、声紋等観測していたが嘘をついたり隠し事をしようという意思は感じられなかった。若干の動揺はあったが……』
『あのくそダサキモイシャツ着てるやつに話しかけられたらそりゃそうなるだろ……』
『ふぅむ……そのあたりも含めてやっぱちゃんとしてるな……』
『それから……これは個人的な感想なのだが』
『うん?』
『どこか……ウィルに似ているな、彼は』
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