【脳髄転生推し活記録】-遭遇ー その2

 その不屈の精神だけは見習ってもいいかもと思い。

 いや、やっぱいいやと思った。

 話半分に聞き流しつつ、パンコーナーに視線を向ける。いつも食べるものは大体決まっているが、無駄な時間を潰すにはちょうどいい。


「聞くがいい、マック。その名も≪ハーバー・ボッシュ法≫だ」

 

「はぁ。人の名前みたいっすね」


「フハハ! これはまさしく魔法の技術! ほんとに技術革新をしてしまうだろうなぁ!」


 パンコーナーに並んでいるのは主食にもなるバケットや食パン、おかずにもなる総菜パン、それに菓子パンの三種類。どれもマックの手作りなのだから恐れ入る。数としては多くはないのだが来るたびにバリエーションが変わる当たり、本人の細やかさと凝り具合が伺える。

 アレスのお気に入りはスコーンだった。


「これはだな、聊か専門的話になるので一先ずざっくり話し、詳細は後で実践する時に説明するが。あー……水と空気を特定の気体……石炭とかでもいい。これを上手いこと反応させてたな。アンモニア……さらに別の物質を生み出せる。これを基にすれば食物の肥料に加工できてだな」


 自慢ではないが、アレスは紅茶を淹れるのが得意だ。

 先ほどもウィルたちに褒められたのは、実は嬉しかった。

 何より≪アクシア魔法学園≫において完璧超人と謳われる天津院御影に褒められるというのは、ちょっとした勲章ものだ。

 少し迷って、やはりスコーンとバケットをトングでトレイに取る。

 ≪共和国≫の食事は全体的に味付けが淡いものが多かったので、完全にそれに慣れてしまっている。

 そのままマックたちの下へ持っていき、


「そうすればだな、空気から肥料を生み出し農業に転用する―――つまり『空気からパンを生む』ことができるわけだ!」


「次は錬金術の話ですか?」


「…………………………なんと?」


「マックさん、会計を。……いえ、だから今度は錬金術でしょう、それ」


「ほいほい。確かに、そういうの研究してる連中はもういますよ」


「……………………そうなのか?」


「魔法で物事を為すのではなく、魔法の結果からより大きな事を為す。或いは魔法を用いなくてもいい技術を生み出す、というものですね。歴史は古いですが、ここ20年の各国の技術交流の活性化により聊か先細りしていると聞きます。もちろん、無くなることはないでしょうが」


 魔法で炎を生み出すのは魔法学の分野だが、その炎で発生した灰から石鹸を作る。

 魔法で水を生み出すのは魔法学の分野だが、その水に酵母を混ぜて発酵し、酒を造る。

 魔法で植物を成長させるのは魔法学の分野だが、その植物から薬を作る。

 勿論、魔法を一切介さずともいい。

 個人の系統は完全に先天性故、どうしても手の届かない範囲がある。それを補うのが古来、錬金術の役目だった。

 

 言葉通り、王国を中心に技術交流が進み、各系統同士の代替・互換法が広く伝わっている故にかつてほどの需要は減っている―――というのが学園の錬金術の講義のガイダンスで聞いた話だ。


「空気から肥料を生む……というのは、悪くはないと思いますけどそもそも農業従事者の方は『活性』や『生命』は持っているのが基本ですし、やはりニッチでしょう。特に王国は土地が肥沃ですし、さらにいえばそうでない帝国にしても限られた系統でも大地を豊かにする魔法は流通しています」


「…………それも、初代国王陛下が?」


「いえ、トリウィア・フロネシスさんが」


「………………………………………………そっかぁ」


 ジョンがなんともいえない妙な顔になりながら頷いた。

 先ほどアレスの家で無表情でお茶を啜っていた―――少なくともアレスにはそう見えたし、そのドヤ顔は近しい者か、彼女をよく観察していないと分らない―――オッドアイの女性は紛れもなく歴史に名を残す才女なのだ。

 王国に来て4年目、在学中に発表された系統構築は数知れず。

 「各系統の応用・代替構築」というあまりにもおおざっぱなテーマで学園研究生として認められたのは彼女の有能性あってのことだ。

 

 ジョンの脳裏に無表情でどや顔ピースするトリウィアが思い浮かんだ。


「つーか、ジョンさん、それこそ錬金術師だと思ってましたわ」


「なんということだ。俺は脳髄の錬金術師だったのか……!?」


「その脳髄への執着は一体……」


 恐ろしさしかない。

 マックに勘定をしてもらい、スコーンとバケットの入った紙袋を受け取る。

 それならば、もはやこの場に用はない。そんな言い方はどうかと思うし、いつもならマックと軽く雑談するが今日は例外だ。


「難しいな、知識無双……アルマめ、これらを広めてもいいか確認したら何も言わなかったのはそういうことか……絶対ニヤケていただろうに」



「それよりもジョンさん、いつものないんすか?」


「むっ、あぁ。それなら用意している」


「うっひょー! これですこれです!」


「……?」


 気配を消して去ろうと思った時だった。

 ジョンがポケットから折りたたんだ紙を渡し、マックが狂喜乱舞している。

 

「……」


 正直、気になってしまった。

 マックは冷静だし、大人だ。アレスが信頼する貴重な人物。

 父のことで色々ありながら、それでも昔と付き合い方を変えてくれない人でもある。

 そんな男が、声を上げて喜ぶものとは、

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