【脳髄転生推し活記録】-遭遇ー その1
「我が名はジョン・ドゥ……ふふふ……くくっ……よろしくな、少年!」
趣味の悪いシャツの男は、何が面白いのか笑いながら名乗った。
「そして、この男は――――マクガフィン!」
「知っていますが。マックさん、大丈夫なんですか? この人」
「どうだろうなぁ」
店の店主を紹介するように、アレスにとってはとっくに知っている男の名を教えてくれた。
マクガフィン・バウチャー。通称マック。
肩を竦める男は雑貨屋喫茶≪
店の右半分に数席のカウンターとテーブル、もう左半分には生活雑貨や自家製パン。
裏社会の親玉という風貌だが、手先は器用で口も堅い。
「くくく……ジョン・ドゥにマクガフィン……笑えるな全く……」
「ミスター・ドゥ。マックさんの名は彼の父母から授かったものです。それを笑うのはどうかと」
「あっ、はい」
アレスの正論に、ジョンは何も言えなかった。
アース・ゼロやその他多くの世界ではそれなりに知られた意味の単語であるが、残念ながらアース111には存在しないため、誰にも通じない。
「すまぬな、マック」
「いいっすよもう」
「流石は我が親友」
「会って、というか王都に来てまだ2,3か月でしょ」
「十分では?」
「…………2,3か月? 僕と同じくらいにこっちに?」
アレスはこの5年間≪共和国≫にいて、この春に≪アクシア魔法学園≫に入学するために王都に戻ってきた。週末にしか戻ってきていないにしても、同じタイミングで王都に引っ越したというのならどこかで会ってもおかしくないはずだが。
それもこんな変なシャツを着た男なのに。
「ふむ、まぁそういうこともあるだろう。俺は休日は家に引きこもっているタイプだしな」
「………………はぁ」
休日の過ごし方なんて人それぞれなのだが。なんか釈然としない。
「とにかくだ!」
ジョンが手を叩く。
精悍な顔つきだが、致命的にシャツが合っていない。
「儲け話だ。何も、無為に日々家に引きこもっているわけではない」
平日も引きこもっているのか……? とアレスは思ったが口にしなかった。
正直、さっきのウィル・ストレイト一行で大分気疲れしたので早く帰りたい。
朝食もまだなのだ。
初対面の怪しい男の儲け話なんて詐欺の常套句。
胡乱な目でマックを見るが、肩を竦めて終わり。
話を遮ったりしないということは、そこまで悪い話ではないのかもしれない。
それくらいの信用を、アレスは彼に置いている。
「ふっふっふ……俺の溢れる脳髄は日々、革新技術を生み出しているのだが」
「脳髄って溢れるんすか?」
「漲る、の間違いでは?」
「溢れる! 脳髄が! 思いついた! それは! 奇跡の調味料! メィヨー・ソース!!!」
やたらめったら大きな声だった。
無駄に両腕を広げて天を仰いでいるのが絶妙に鬱陶しい。
それはそれとして、
「…………メイヨーソース?」
「ノン! メィヨー・ソース! 下唇を使え少年! メイヨーではない、ンメィヨォ、だ!」
キレそう。
マックの店に来るだけだったので愛刀はない。
「そのンメイヨォってのはなんなんすか? 奇跡の調味料、とは」
「うむ。何、量産は別に難しくない。だが同時に何と合わせても上手い優れモノだ。世にはあらゆる食事にメィヨーを懸けるマスター・メィヨラーなる者もいるという」
「失礼。ドゥさんが思いついたのでは?」
「そして作り方は!」
刀が合ったら鯉口くらい切ってたかもしれない。
「鳥の卵黄をな? 食用油、酢と攪拌しまくるのだ。そうするとだんだん白っぽくなっていって、ねっとりとしたソースになる。もちろん、品種によって手順や量は要調整だが、十分可能な範囲だ。とりあえず一度作ってみたいので、材料を分けて欲しいのだが……」
卵黄、油、酢を混ぜたソース。
「それは……」
「……………………マヨネーズでは?」
「マヨネーズあるのか!?」
仰天したジョンにマックが店の左側、調味料の棚を指す。
どたどたと足音を立てて、彼が掴んだのは黄色味を含む白の瓶詰ソース。貼り付けられたプリントにはデフォルメされた老人が満面の笑みでお茶碗に盛られた米にとぐろを巻いてかけていた。
「何者だこのジジイは! マヨラーではないか!」
「初代国王陛下です。不敬罪で通報しますか?」
「この人世間知らずだから大目に見てやろう」
「くっ……この……初代陛下様……! 貴殿は……!」
敬意を見せたので通報はしないでおく。
呻くジョンはマヨネーズを棚に戻し、マックとアレスの所まで戻って、
「ならば次だ!」
「切り替え速いっすねー」
「まだあるんですか……」
「飯の次は文化! 物語!」
「物語……本か何かですか?」
「うむ!」
頷きは力強かった。
アレスも勉強のために参考書は読むが、純粋な読書の習慣はあまりない。
「マックさんの店って本売ってましたっけ。見たことないで気がしますけど」
「あるよ。言ってくれれば出す」
「フハハ! ならばこれも加えてもらおう! タイトルは――――『モモ・タローと3人のお供』!」
「『モモタロウ』のパクりっすか?」
「『桃太郎』あるのか!?」
デジャブを覚えた。
そして『モモタロウ』はアレスも知っている。
「皇国と王国のハーフである桃太郎が魔族がはびこる島に向かって、龍と聖狼、神鳥共に旅し、魔族を島ごと消滅させる冒険譚でしょう。吹き飛ばした島の地下に金鉱があって大金持ちになる成功譚ですね。王国ではわりと人気の話です」
「えぇ……? なんかローカライズされてるし凄い派手ではないか……」
「これも初代国王陛下が自ら子供向けに書かれたお話っすね」
「Oh……国王陛下……」
ジョンが天を仰ぐ。
アクシオス王国初代国王。魔族大戦の際に小国をまとめ上げ統合し、王国を作り上げたカリスマは文化的な面でも現在の王国に多大な影響を与えている。ちなみに先ほどのマヨネーズに米、というのも初代国王の好物だったとされるもの。彼はこの地域の旧王国領出身にもかかわらず天津皇国の食べ物や調味料を好んだという。
「…………ならば! 次が本命だ!」
脳髄の男―――なんだそれ―――は諦めなかった。
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