イッツ・モーフィンタイム その1
ウィルから見てその男は一見して、思っていた王様というタイプではなかった。
40代くらい、蜂蜜色の短髪、彫りの浅め顔つき、身長はそれなりだが特別鍛えているわけでもない。整った顔立ちながらも穏やかで分かりやすく雰囲気を纏っているわけでもなかった。着ている服がその立場に反して質素というのもあるだろう。隣で控える王妃もまた年を重ねてなお美貌が伺えるが、決して華美ではない。
けれど、
「諸君――――ユリウス・アクシオスである」
口を開いた瞬間、彼がこの国の王であるということを誰もが理解する。
それは当然ウィルもだ。
彼は王族というものをよく知らない。
知っている限りは御影と暗殺王ことロック。
御影は全身からカリスマが溢れているが、ロックが溢れているのは筋肉だ。その二人のどちらともユリウスは違った。
ただ一言。
そしてほほ笑みだけで周りを安心させる、そんな在り方だった。
「今日は我が国……世界にとって大いなる功績を果たした若者たちを称える為に集まってもらった。いやはや、全く未来は明るいようだ」
ユリウス王が笑みをこぼし、それが全体に伝播する。
必要な緊張感は保ちつつ、しかし適度なリラックス。過剰に畏まらず、「冗談を言われたら自然に笑える空気」。そういうものが既に生まれている。
ダンスホールから謁見室に早変わりした大広間の奥に玉座が態々運ばれ、その目前にウィルたち、それを取り囲むように貴族や招待客が見守っている。
御影だけは自然体で腕を組みながら立ち、それ以外は跪いていた。
これは別に御影が無礼を働いているというわけではなく、彼女は≪天津皇国≫の第六皇女であり、皇位継承権第一位でもあるため、他国の王であっても、王であるからこそ膝をつくことがない。
顔を伏せながら視線だけで王や王妃、大臣たちをどうにか視界に収める。
「さて、今夜は彼らの為の時間であるが、その前にいくつか通達をしよう。まず気づいている者もいるだろうが、我が娘ヴィーテフロアも出席予定だったが、教会からの移動が少し遅れているようでね。この叙勲の後に到着しそうだ。いやはや、恥ずかしいことだが、焦っているのは本人だろう。この後、余裕がある者は彼女に励ましの言葉をかけてくれると嬉しいね」
苦笑し、
「それから」
彼はほんの少しだけ目を細めた。
「ゼウィス・オリンフォスについてである」
ウィルは自身の体が硬くなるのを自覚する。
自分にとっての敵―――ではない。
それはゴーティアだ。アルマと数百年戦い続けた次元喰らい。二人の特権によってやっと端末を倒した、そしていつか再び倒すべき仇敵。
だが、ゼウィス・オリンフォスは違う。
「大戦の大英雄。アクシア魔法学園創設者、我が父初代国王の盟友……≪至天なる雷霆≫ゼウィス・オリンフォス。彼の者が我ら世界に齎した者は多く、彼が先の魔族との戦いで死したのは実に悲しいことだ……後日、彼の葬儀を国葬を持って行う。祝いの場なれどこれだけは伝えておこう」
粛々と伝えることは、しかし事実ではない。
それはウィルたちもユリウス王も解ってはいる。
だが、王の言う通りゼウィス・オリンフォスという存在はこの世界において多大な影響を与え、称えられていた英雄だった。故に、民衆向けのエピソードが必要だったのだ。
表向きではゼウィスは建国祭において魔族と戦って、死亡したことされた。
勿論、真実は知っているものは知っているが、しかし知らなくてもいいこともあるというわけだ。
「――――さて、ここまでにしておこう。あまり主賓を待たせてはいけない。メトセラ」
「はい、陛下」
王に促され前に出たのは長身痩躯の老人だった。
固い無表情の額から後頭部へと細い木のような角が伸びている。王国どころか、亜人連合でも珍しい≪樹人種≫だ。亜人種でも長命の部類であり、噂では200歳ほどでなお現役だとか。
メトセラ・ヒュリオン。
アクシオス王国の宰相であり、王を除けば政治のトップである人物だ。
「ウィル・ストレイト。アルマ・スぺイシア。フォン。トリウィア・フロネシス。顔を上げよ」
感情を感じさせない深い声に促され、伏せていた顔を上げる。
「――」
「……?」
上げた瞬間、ユリウス王との目があった。
グリーンの瞳。
何か、懐かしいものを見る様に細まっていた――――気がした。
すぐに視線は外れ、
「さて、さっそく勲章式を始めよう。といっても、私が長いこと話すわけでも、このメトセラが小難しい話をするわけでもない。我が父はそういったものを実に嫌っていて、皆も知っての通り、上に立つ者は話を短く、がモットーとされているからね」
苦笑気味に周りを見回す。
ウィルからすればそんなものなのか? と思うが、この国はそういう感じらしい。帝国で同じようなことが起きると数時間の式になって時間の無駄だったとトリウィアがぼやいていたので助かるのだが。
視線だけ横にずらせばトリウィアとアルマは落ち着いた様子の無表情で、フォンは少し視線が泳いでいる。こういう場での慣れによるものだろう。
御影は相変わらずの自然体で笑みすら浮かべていた。
「それではこれより叙勲の儀を―――」
メトセラが口を開き、その瞬間だった。
「緊急!!!」
正面の大扉が勢いよく開け放たれた。
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