イッツ・モーフィンタイム その2


 

 飛び込んできたのは鎧姿の騎士らしき人物だった。

 ウィルも思わず振り返ったが、兜も被っていて、遠目に加え声だけでは性別を判断できない。おそらく若い。


「き、緊急です、国王陛下!」


 息を荒くし―――そして、僅かに血を浴びている。

 すぐに衛兵らしきものたちが追いかけてきて、無礼だぞ、と取り押さえられる。

 ざわりと、全体に緊張が走る。明らかにただ事ではない。何があったのかと誰かが疑問を口しようとする者もいれば、騎士の様子に眉を顰めて苦言を呈そうとする者もいた。

 無秩序が始まる直前。

 その瞬間、


「―――お静かに」


 澄んだ声が、始まるはずだった混沌を打ち消した。

 黄金の長髪、簡素なれど品の良さを感じさせるドレス。高い長身と黄金比に近いボディバランスを備え、トレードマークであるモノクルは何故かなかったが、その場にいるほぼ全ては彼女は知っている。

 クリスティーン・ウォルストーン。

 王国屈指の文化人であり、女性のカリスマだ。


「そちらの方にいかなる判断をするかは、この場においては国王陛下がなされるのが筋という者。それを妨げるのはエレガントではありませんわ」


 ぴしゃりと告げる言葉は簡潔に。 

 されど思わず誰もが口を閉ざした。


「……あー、ミセス・ウォルストーン。感謝する。君の高潔さはこういう時実に助かるよ」


「恐縮にございます、陛下」


「そういうのはワシの仕事だったんだがのぅ」


「失礼、元帥閣下。ですが臣下として、は門外漢ですが、という作法は私が最も重要視しているもの……お続けになさってください」


「むぅ……」


 王の背後、メトセラと対になるような位置で自らの髭を撫でるのは王国軍部のトップ、大元帥。少し前バルコニーでクリスティーンと共にウィルとトリウィアのやり取りを眺めていた壮年の男―――レグロス・スパルタス。

 彼は一度嘆息しつつ、軽く手を振る。


「あぁこれ、衛兵たち。その騎士を離せ。その様子ではおちおち話もできん」


 その間にウィルたちの脇をユリウス王が通り過ぎ、解放された騎士の下へ行く。


「へ、陛下……緊急、緊急なんです……そのっ!」


「落ち着いて」


 解放されたままながら膝をつき混乱している騎士だがユリウス王もまた、目線を合わせ、肩に手を置く。


「落ち着くんだ。君は……」


 至近距離で騎士の鎧を確認し、王は眉を顰める。

 血で汚れているが、細部に装飾がありながら実用性もある、赤を基調とした鎧。それは、


「……ヴィーテの近衛か?」


「っ! は、はい! 陛下――――ヴィーテフロア様が襲撃されました!」


「―――――何?」


 ユリウス王の一人娘。

 予定が遅れてこちらに向かっているはずの王女。


「こちらに向かっている最中に襲われ、近衛で反撃したのですがしかし相手側は中々の手練れだと近衛長が判断して私を陛下の下へ送りました、まだ戦闘中のはず……!」


「……下手人は解るか?」


「―――の邪教徒達です」


 と、止める間もなく今度こそ全体に混乱が走った。メトセラもクリスティーンもレグロスもまた顔をしかめ、ユリウス王も同じ。

 示す意味は言葉の通り。

 

「分かった。良く伝えてくれた。衛兵! この騎士に水と手当を!」


「いえ、陛下! 私も殿下の下へ……!」


「いいから。諸君! 悪いが叙勲式は中止に――――」


 ユリウス王が振り返り、そして彼は見た。

 既に動き出していた者たちを。







 早かったのはウィルとアルマだった。

 「魔族信仰」という名が出た瞬間、二人は行動を開始していた。

 ウィルが右腕を振る。

 ダイヤルロック式魔法陣が起動。拳を握ったことで術式が確定。

 一歩踏み出すと共に、手首に浮かんだリング状魔法陣を前方に軽い動きで放れば、目前でウィルの身長程の魔法陣に拡大された。

 その歩みに迷いはなく、真っすぐに。


 アルマは体をくるりと回転させながら胸のリボンを引き抜いた。

 少し前まで人前でどう踊ればいいか頭を抱えていた少女はもういない。熟練のバレリーナのように優雅に踏み出しながらのターン。それに合わせ、左手で真紅のリボンを頭上で回し―――ターンが終了した瞬間、リボンはいつの間にか広がり、コートとなり彼女の両肩を包み込んだ。

 

 そして。

 ウィルは二歩目を踏み出しながら魔法陣を潜り。

 アルマは左腕を真横に振り。

 2人は揃いの戦闘装束への変身を完了させていた。


 赤いコートと肩幕。漆黒と濃紺の胴着。

 ウィルは以前、ゴーティア戦で貰ったものそのままだが、アルマは少しだけ変化がある。あの時は両手首にはめていた緑色の宝石腕輪は無く、代わりに胸元に細やかな金細工のブローチとしてコートの首元を留めている。

 指輪は左手の二つだけ。ドレスからの変身と同時にカラーリングは元の金に戻っていた。

 首のチョーカーだけは変わらず赤く―――鍵を模したストラップはそのままに。


 ウィルはそのままバルコニーに向かって走り出し、アルマも軽く浮きながらそれに追従し、


「―――ま、そうなるか」


 苦笑と共に振り返りながら両手で白い光を生み、それが赤と青、黄の光球に。

 腕を広げならその三球をそれぞれに打ち放った。

 その先は、


「流石だアルマ殿! ありがとう!」


「是非この魔法教えてください」


「ひえー、すっご!」


 御影、トリウィア、フォン。

 彼女たちに光球がぶつかった瞬間、全身を覆いアルマと同じくドレスから戦闘装束へ変身、当然と言わんばかりに御影の大戦斧とトリウィアの二丁拳銃もセットだ。

 

 そしてそのまま、


「行きます!」


 5人はバルコニーからその身を投げ出した。









 謁見の間だった場所に、沈黙が下りる。

 それは驚きによるものだった。

 一番驚いているのはユリウス王だ。

 振り返ったと思ったらウィルたちが走り出し、変身して、かと思えば一瞬でバルコニーから飛び降りたのだから。

 数瞬、呆気に取られながら目を見開き、そんな王に声をかけたのはメトセラだった。

 彼は大真面目な無表情で言う。


「勲章が増えそうですな」


「……………………確かに」


「準備をしておきましょう」


「……レグロス! 部隊を編制して彼らの援護とヴィーテの救助を!」


「はっ! ほれ、この場にも軍人はいるじゃろう! 何を呆けておる! 彼らのようにそっから飛び降りるくらいの忠誠を見せんか!」


「ははっ! 今飛び降ります! 殿下! 殿下ァー!」


「そこの近衛はさっさと医務室に連れていけ! それはもう忠誠じゃなくて狂信のそれじゃ! 着地できるんか!?」


「は? 誰が狂信ですか!? 私の殿下への忠誠を疑うのですか!? それこそ忠誠で何とかします!」


「なんじゃこいつ上司を……近衛だと殿下か!」


「近衛の忠誠としてはある意味見本ですな、元帥閣下」


「騎士としてはちょっと拙いがなぁ宰相閣下!」


 場が騒然となり状況が動き始める。

 唐突の出来事ゆえに戸惑いはあったが、この場にいるのは大半が貴族であり、それぞれ立場と能力があるもの。故に自らするべきことに向けて動き出す。


 そんな中。

 ウィルたちが消えたバルコニーを見て―――ユリウスは懐かしそうに目を細めながら苦笑した。



「なるほど、君の息子だね―――ダンテ」


 

 

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