ラグジュアリー・ブラウン その2


 即ち、ウィルを慕っている中で自分が弱いと彼女は言った。


「だから、自分は二の次でいいって?」


 そしてそれをアルマは否定しない。

 例えいかに好きな男の子との人前でのダンスが恥ずかしくてヘタレている恋愛クソザコナメクジコミュ障と言ってもその戦闘力と知識は本物だ。アルマが突出しているのは言うまでもないが、3人が万全の状態で正面から戦ったら勝率が最も低くなるのは御影になるだろう。


「うーむ、そういうわけではないんだがな。このあたりは価値観とか文化の差というか。別に自分で蔑ろにしているわけでもない。そもそも私は婿殿……ふふふ、この流れで婿殿というのは変な話だが」


「それはいいから」


「ありがとう。私は婿殿を3年かけて自分のものにするつもりだったからな。彼の壁をそれだけかけて取り払うつもりだった。その壁をアルマ殿が取っ払ってくれたのなら、それは友人として嬉しいことだし、私の手間が省けたという話でもあるわけで」

 

 腕を組み、少しだけ御影は視線を上げて


「……ふっ」

 

 と笑いながら、組んだ腕で胸を引き寄せた。

 柔肉同士が潰れ合い、そこに手を突っ込んだらどれだけの快楽が得られるのか、思わず想像してしまうような光景。

 

「或いは、半分の人種流に考えて」


 唇が蠱惑的に弧を描く。 

 嘶く音楽の中滑り込むようにその声は耳に届き、妖しく輝く琥珀の瞳が細められる。


「案外、その気になれば婿殿を奪える、なんて余裕かもしれないぞ?」


「なっ……!?」


「先輩殿もフォンも行動はあからさますぎるが、まだ自分が気づいていないみたいだし、アルマ殿が温いままだと正直掻っ攫うのは簡単かな……と、思ったりするんだよなぁ」


 まさか、とは思う。

 あのウィルが――なんて、少々うぬぼれではあるが。

 しかし、眼の前のこの男なら誰もが欲望のままにしたいと思うような肉を持つ彼女を前に、ありえないと言えるほど、恋愛事情に関してアルマは自分に自信はなかった。

 何より、この女なら。

 天津院御影ならばやりかねないと、アルマの直感が言っていた。

 

「はっはっは! なんてな! 半分冗談だ、半人半鬼だけに!」


「…………戦力的に君が一番弱くても、性格的には君が一番厄介だ」


 感情と計算が両立している。

 自分の感情を支配しながら、計算しているので実に性質が悪い。どうしたら自分のモチベーションが最も上がるかを考え、その上で道筋を立てているのだ。経験上、強い弱い云々以上にこの手の輩が敵に回すと一番面倒である。味方にすれば頼もしいが、敵に回すと何をしてくるか分かったものじゃない。


「褒め言葉として受け取っておこう。繰り返すが、私は概ねアルマ殿の恋路を応援している。どんどん関係を進めてくれ。私はその後でもいい。うむ、ちょっと興奮するかもしれんし」


「こ、こいつ……」


「ははは」


 御影が笑い、そして、


「騒がしい音楽の時間は終わりだな。―――さぁ、どうする?」


「……………………………………」


 言われ、アルマは一度黙った。

 ロック風音楽は鳴りやみ、人々の話し声に包まれながらも御影の声はよく耳に届いた。

 その言葉を飲み込みながら、勢いよく残っていたグラスのジュースを喉に流し込む。


「御影」


「うむ?」


「2年後、を言ってやる」


「―――――ハッ」


 アルマの啖呵に、しかし御影は笑う。

 先ほどまでの蠱惑的なものではなく、好戦的に歯をむき出しにするように。


「楽しみだ。そういうのは好きだよ――さぁほら、インターバルのうちに、婿殿を見つけることだ」


「むぅ……僕にそういう風に喋るのは君くらいだ」


「それは光栄だな」


 返答に口のへの字に曲げならアルマはカウンターを去っていった。

 それを見送りつつ、御影はグラスを傾ける。

 

「可愛いな、あの子」


 力も知識も御影とは比べ物にならないが、そう思ってしまう。

 微笑ましいというか、持っているものと本人の精神性がアンバランスと言うべきか。御影はウィルのことは好きだけれど、トリウィアとフォンは勿論、アルマだって好きだ。

 

 何より―――自分ではなりきれなかったウィルの希望になってくれたのだから。


 それだけで御影にとってアルマは尊敬するべき相手なのだ。


「……ん?」


 後は本人に任せようと視線を外したら、ダンスホールの出入り口。

 見慣れてはいない、けれど見覚えのある――――赤い髪の少年が、扉の向こうに消えていった。









「ウィル」


「あ、アルマさん! よかった、やっと見つけ――」


「ん」


 ダンスホールの中央、それまでとは随分人が減り、踊る者が数組だけになった中アルマは何も言わず、ウィルへと手を突き出した。


「―――」


 顔を赤くし、緊張で口元を固く結びながら。

 それまで七色の照明だったせいで、改めてウィルはアルマの姿が目に焼き付いた。

 黒を基調とした太ももあたりと短めの丈でスカートが広がったプリンセスラインドレス。つつましやかな胸元にはチョーカー、リボン、ミュール、いつもの左手の二つの指輪は赤いカラーリングでアクセントとして彩っていた。人形染みた造形ながら、いつもはしていないメイクもされてさらに可愛らしさを引き立たせる。

 それまではシンプルなチョーカーには錠前の留め具が、ウィルのネクタイピンと対応するように飾られていた。


 普段のアルマとはイメージが違う黒のドレスだが、広がるスカートからインナーカラーに銀色が覗く。アルマといえばその髪の銀色であるし――――それを染める黒は、きっとウィルの色なのだろう。


 この舞踏会が始まる前にすでに見ていて、沢山褒め言葉は送っていた。

 けれど、改めて見ると胸が高まり、温かい気持ちが溢れてくる。

 いつか、文字の会話だけで助けてくれたように。

 いつか、初めてお互いの名を名乗り合った時の様に。

 かつてみっともないくらいに求めた彼女が応えてくれたように。

 今、自分に手を差し出してくれている。

 だからいつだって、アルマはウィルに幸福と希望をくれるのだ。


「アルマさん」

 

 おかしくなってしまって、首を傾けながら彼女の名前を呼ぶ。


「……ウィル」


 彼女はやはり、唇を結んだままに顎を軽く上げた。

 少しだけ差し出された手が震えている。


 ―――――その手を彼は宝物に触れる様に握り、同時に柔らかな音楽が流れだした。


「―――」


 アルマの表情が揺れる。

 手を取られた瞬間、一瞬口元が緩み、次に微かに驚いたように目を見開く。微かな手の震えが、一瞬で止まってしまったから。それがウィルに触れてもらったからだなんて、そんな理由で落ち着いてしまった自分が恥ずかしくて、口がへの字に曲がり、けれどもうそんなことなんて今更かと息を吐いて。

 身体から力を抜く。

 固い鍵が開けられるように。


「今度こそ……リードを頼むよ」


「はい」


 ウィルもアルマも笑い合い、そして音楽に身を任せた。


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