ラグジュアリー・ブラウン その1


 

「…………はぁ……」


 中世ファンタジーの象徴のような舞踏会で、中世ファンタジーらしくない音楽が流れ、中世ファンタジーらしくないダンスと照明を見ながらアルマは息を吐いた。

 身体を揺らすような簡単な踊りと大音量は現代でいうクラブのそれに近い。アルマの前世は勿論行ったことはないが、マルチバースでは似たような場所に来たことはあった。

 大体、裏社会の親玉はこの手の所にいがちではある。

 世界観というか時代の雰囲気が思っていたのと違うが、まぁそういうこともあるだろう。

 舞踏会の面々のドレスやスーツが中世風の大きく広がったドレスやコルセットでギチギチで固めたようなものではなく、現代に近いものなのも少し納得がいく。

 

「むむむむ……」


 アルマがいるのはダンスフロアの片隅に用意されていたバーカウンターのようなものだった。いくつかの机が並べられて、先ほどまで給仕係だったものがバーテンダーとなってドリンクを作ったり、今は踊っていない貴族の面々が腰かけながら談笑していた。

 そのあたりもやはり現代のクラブっぽい。

 こうなる理由はいくつか想像がつくが、まぁ今はどうでもいいことだ。

 問題は――――ウィルとのダンスのことである。


 なぜならばそう、アルマ・スぺイシア。

 次元世界最高の魔術師は今、


「……………………………………ダンスって、どうすればいいんだ」


 恋人であるウィル・ストレイトとのダンスをどうするか、それを真剣に悩んでいた。

 別にダンスが踊れないわけではない。伊達に1000年も生きていないのだ。こういったダンスパーティーに出席したことがないわけでもないし、そうでなくても今日の為にちゃんと練習も積んでいる。

 直前までだって張り切って、ウィルとダンスをするつもりだったのだ。

 だがしかし、実際にダンス会場に来てアルマは思った。


 あれ、思ったよりめっちゃ人いない?


 人がいることはわかっていたが、視線を感じるとその多さと注目度を実感してしまう。そして今回はアルマも含めウィルたちの授与式なのだから視線を集めることになる。

 そう思ったら身体の動きが悪くなった。

 かつてある世界で1000を超える群体魔獣を一人で相手取り、殲滅した時でさえここまでの精神負荷はなかった。

 結局のところ、アルマはシンプルにヒヨっていたのだ。

 掲示板上や転生者同士の会話ならばいい。

 或いは各アースの重要人物と交渉するならばいいのだ。 

 次元世界最高の魔術師として対応できるから。


 けれど、此処にいるのはウィル・ストレイトと生きることを望んだただのアルマ・スぺイシアだ。


 1000年間生きていても――――ちゃんと生きるということはそれこそ転生して初めてと言っていいくらいなのだから。

 そのウィルと踊ることに滅茶苦茶緊張して逃げている当たり、彼女のコミュニケーション能力の問題が物語っているのだが。


「……はぁ」


「ため息が重いな、アルマ殿。折角このような場で」


「…………ん」


 音楽の中、しかし確かに届く声に振り返る。 

 その先、天津院御影が虹色の光を背にし、しかし何よりも彼女自身が輝きながらそこにいた。

 ドレス自体はシンプルだった。

 アルマやフォン、トリウィアのように刺繍や装飾は一切ない真紅のホルターネックドレス。

 胸元と背中を大きくさらけ出した露出度の高いものだ。御影のそれは胸元や横乳も露出され、上下一体型ながら足首の付け根までの深いスリット。ドレスと同色の鮮やかなハイヒールもまた凝った装飾のないもの。

 身体のラインや肌を大きくさらけ出しているために、下手な者が着れば貧相さを表すか、或いはいっそ下品な娼婦にも見えてしまう、そんなデザインだ。

 

 けれど、天津院御影はそのどちらもない。

 豊満すぎる胸を支える布地はいっそ頼りなく見えるが長く深い谷間を支え、歩くたびにはみ出た横乳はずっしりと柔らかく震えている。浅い褐色の肌には染み一つなく、腰から上まで何も隠さない背は艶めかしい。その長身をウェストは胸と対照的に細く、されど歩く際に時たま鍛えられた腹筋が浮き、支える両太ももは人種のそれの平均よりも太いが、しかし確かな筋肉とそれに乗った脂肪が強さとしなやかさを伝えていた。

 白銀の髪や黒輪が嵌められた片角はいつも通りながら、だからこそ彼女の肉体美が強調される。

 

 そして何よりも彼女は己の体を一切恥じず、不敵な笑みを浮かべながら胸を張り、この空間の主役は己と言わんばかりに佇んでいる。

 その全てが、己という存在の証明であると言わんばかりに。

 

 露出度の高さに反してただの露出狂でも娼婦まがいでもないと思わせ、周囲の男女問わず思わず視線を奪い、けたたましい音楽や目が痛くなるような七色の照明の中でしかし埋もれない。

 雰囲気であり、所作であり、或いは表情であり。

 人間を、アルマは知っている。

 どのアースにも得てして必ずいる。ただ立っているだけで、声を放つだけで、視線を集め奪うもの。


 即ち、カリスマだ。


「………………でもそれは完全にR18ゲームコーデだろ」


「ん? アルマ殿の言うことはたまに私には難しくて解らないな、はは」


 肩を竦めながら―――それだけでまた乳が大きく揺れた―――、アルマの隣に座り、バーテンダーにジュースを注文する。相変わらず彼女は律儀に王国の法律を守って禁酒しているらしい。


「それで? 婿殿と踊らないのか?」


「………………そういう君はどうなのさ」


「残念ながら」


 バーテンダーからグラスを受け取りながら彼女は苦笑する。


「この愉快な音楽の後はもう一曲だけで、その後は王との謁見だ。となると、婿殿と踊れるのはあのウキウキでキレッキレなダンスを踊っている先輩殿の後、もう1人だけということになるな」


 一度振り返る。

 背後、大半が体を揺らす中で、無駄にかっこいいポーズを無表情で決めまくるトリウィアとそれに付き合うウィルがいた。

 半目になりつつ、元に戻る。


「私が言うのもなんだが、この舞踏会は中々貴重だぞ? 音楽家も国一番だ。婿殿といい思い出が作れるぞ? ん?」

 

「………………押してくるなぁ、君。物理的にも寄るんじゃない」


「おっと、失礼」


 彼女を見た状態で、近づかれるとその気は無くても視界の半分くらいが乳で埋まるのだ。自分の胸元を見ると最早笑えてくる。


「繰り返すが君が行けばいいじゃないか。僕は……こういうの苦手だし。君は踊りとかそつなくこなすだろう?」


「まぁ確かに私はどんなダンスも一通り学んでいるが」


 このお姫様からできないという言葉をあまり聞いたことがないな……と、アルマは思った。


「時にアルマ殿」


「ん?」


「婿殿とはどこまで行った?」


「ごほっごほっ!?」


「接吻くらいか。それも一回とかか? 手を繋ぐのもまだ赤面しているだろう。アルマ殿が」


「おいちょっと待てなんで一回はしてるの知ってるんだおかしいだろ!」


「ははは、女の勘だ」


「マジで???」


 そんな勘が働いたことはアルマには一度もない。

 一応前世男だったせいだろうか。


「私はだな、アルマ殿。いい加減もうちょっと進んで欲しいんだ」


「は?」


「具体的にはこう……ベロちゅーとか……もっと言うと閨を共にするまで行ってほしいんだが」


「はぁ!?!?!」


 もしもクラブ会場もどきでなければ。ダンスホール中の視線を集めていただろう。それくらいの声量だった。

 顔に熱が集まっているのを自覚しつつ、


「……何をっ……そういう趣味か!?」


「いや、私は純愛路線だからな……そういうのでは別に興奮しない、多分」


「多分って言った今?」


「ははは」


 彼女は3度笑い、


「簡単な話だ。正妻がアルマ殿なら、後妻が先に一線超えるわけにはいかないだろう? 人種はそのあたり揉める原因になりがちらしいが、鬼種はそこら辺きっちりしていてな。序列の無視は全くもって良くない。なのでやはりアルマ殿に行ってもらえないと私も角がふやけそうで……ふふ、失礼。今のはいささか以上に下品だったな」


「いやそんな種族特性の下ネタを言われても困るが……君は……なんというか、その」


「ヤキモチ妬いたり、嫉妬に駆られたりしないか、と?」


「……まぁ、そうだね」


「全く思わないな」


 言いきる。

 アルマにとって嘘を見抜くことは簡単だ。

 それは長年培った観察眼故であるし、魔法で判定することもできる。

 ただ、御影のその断言はそういったものを必要としない、誰が聞いても嘘偽りないと感じるような爽やかさすら伴ったものだった。

 彼女は肩を竦め、笑みを浮かべながら、内心を隠さずに告げる。


「私は鬼だ……まぁ半分は人間だが、概ね価値観は鬼のそれだ。で、まぁ鬼が強さ至上主義なのは今更だが、正妻と側室もそれになる。一人の男が複数の女を娶ろうとしたら、結果物理的に一番強いものが正妻になるわけで。別にそれで側室になったら発言権が無くなるわけではないが、概ね、強い者に従うことになる」


 ならば、


「アルマ殿、先輩殿、フォン、私――――?」

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