シャル・ウィー・ロック その3
「こほん。それはそうと」
「は、はい」
ウィルが若干頬を赤くして苦笑していた。
すぐに忘れてもらうために、一刻も早く関係ない話をしなければならない。
いや、全部忘れてもらうのはちょっと悲しいが。
新しい煙草に火をつけ、
「吸いますか?」
「……では」
もう一つ取り出した煙草を彼に手渡し、少し身を乗り出す。
ウィルも同じように顔を近づけ、互いの煙草を触れさせ火を移した。
少しの間、二人とも煙草を味わう。
その様を、周囲は羨ましそうに見ていた。
貴重な紙巻き煙草によるシガーキスは喫煙する貴族――特に若い男性――にとっては一種の憧れだ。
「この後、陛下への謁見です。事前知識は大丈夫ですか?」
「えぇ、ユリウス・アクシオス。アクシオス王国2代目国王、ですね。賢王かつ文化的なお方とか」
「ふむ、続けて?」
「20年前の大戦終了時、それまでは小国の統合と分裂を繰り返していたこの地域を初代国王が革新的な取り組みでアクシオス王国を建国しました。そして10年ほど前初代陛下が没した後その後を引き継ぎ、まだ歴史の浅い国を自ら政治手腕を振るい支えている。また初代国王も文化的に新しいものや他国のそれを取り入れましたが、それを引き継いでいる。実際、今日のパーティーにも各方面の文化人が多いみたいですね」
「いいですね。他には?」
「えっと……王族にしては珍しく、奥さんが1人しかいないとか。確か一人娘が七主教に出家させているんですっけ」
「そうですね。初代陛下は好色でしたのでその子は10人はいます。しっかり後継ぎを決めていたので今の所問題はないですし、陛下とも関係は良好ですが。そのあたり、帝国と違って権力をある程度分散しているので上手くやっている印象ですね」
トリウィアの故郷、ヴィンダー帝国は皇帝を頂点とした絶対王政である。
他の国も同じだが、アクシオス王国はトップとしての国王がいるがしかし絶対的な権力を持つわけではない。文武合わせ、数人の高官との合議制――――即ち、ウィルの前世の社会、民主主義に近い。
政治を担うのは全員が貴族階級―――というよりも、国政に関わる者の家が貴族と呼ばれている。だから能力次第では元々庶民であっても貴族になることができるし、国に関わる仕事を担う故に給金も多く裕福だ。
血統ではなく能力が貴さの証とされる。
このあたり、ウィルの感覚では貴族というより公務員だ。
世界にも色々あるなと思う。
前世に似ているが、しかしそのままではなくこの世界のものとして再構成されている感じ。
「陛下は温厚な……まぁ、温厚な? お方です。私も数度お顔を拝見したことはありますが、気さくすぎて逆に拍子抜けするくらいでしたし」
「その温厚な? がちょっと不安ですけど……はい、失礼のないようにします」
「ま、後輩君なら大丈夫でしょう。ちゃんと勉強していますしね」
「えぇ、先生が良かったもので」
「……ふふっ」
首を傾けながらの言葉にトリウィアから思わず笑みが零れる。
嬉しいことを、真っすぐに言ってくれる後輩だ。
「尤も、その生徒はなにやら一人であれこれ工夫しているそうですが」
「うえ!?」
ぎょっ、と黒い目が見開かれる。
あんまり見ない顔だ。
それを見て、知る喜びを感じつつ煙を吸う。
美味い。
「い、いつからそれを」
「建国祭の後ですかね」
「そ、そんな前から……」
気恥ずかしそうに眉を顰める顔は、たまに見る。
だが、大概は御影のボディタッチによるもので、これも嬉しい。
「色々ありましたし、今思えば後輩君も思う所があったとは思いますが。今だから言いますけど、フォンさんは少し心配していましたね」
「あー……」
思い当たるところがあったのか眉を顰める。
フォンとは対照的に御影は全く心配していなかったが。
一度相談しに行ったらあの大きな胸の下で腕を組み、その大きな胸を張って言っていた。
『男子の苦悩を見守るのも、良い女の条件だ! ――――ダメだったら、最悪身体で慰めて立たせるのが女の役目だ。先輩殿も付き合うか? おっと、立たせるというのはそういう意図ではないよ。フフフ』
あのアグレッシブ肉食お姫様は流石すぎる。
自分で言ったセリフに下ネタ察知してツボ入るのはどうかと思うが。
「尤も研鑽することは良いことですし。アルマさんには?」
「特には何も。元々あの人は僕が個人で工夫するのは推奨してくれていますしね」
「あぁ……そうでしょうね。嬉しいものですよ、自分が教えたことを自分のものとした上で、改良していくというのは」
「だと、いいんですけどね」
「―――少なくとも私にとってはそうだよ」
彼女が小さく笑う。
回りの誰には無表情に見えるけれど、ウィルには笑っていると解る笑みで。
未知に歓喜する酷薄なものではなく、ささやかな、けれど優しい笑みだった。
細められた黒と青に見開かれた黒が取り込まれる。
一瞬、月と街の光が2人だけを照らしているかのような錯覚に陥って、
「―――おや」
「……ッ」
窓ガラスの向こう、ダンスホールの照明が落ちた。
一瞬、ウィルの意識が切り替わり、腰を落として身構える。
だが、
「…………え?」
消えたと思った光がすぐに灯される。
だが、直前までの暖かな光ではない。
それは――――点滅する虹色の照明だった。
同時、それまで上品な弦楽器中心の音楽もまた変貌する。
空気を劈き、聞く者の鼓膜を震わせるように低く刻むリズム。明らかに通常ではない――よく目を凝らせば指揮者が雷と風系統の魔法を併用して音を加工している―――それを、ウィルは知っていた。
聞くのはそれこそ前世振りだろうか。
生前は碌に音楽を聴く習慣も余裕もなかったけれど、それでも知っている。
「――――ロック?」
「おや、流石知っていますか。民間では魔法による音の加工が難しくて、一部の本職の音楽家だけが演奏できるだけのものですが、えぇ。ロックです」
煙草の火を消しながら彼女は言う。
「初代陛下が考案し、愛したという音楽ですね。帝国では嫌われていますけれど―――さ、後輩君」
「はい?」
一歩踏み出したトリウィアがウィルの手を取る。
軽くリズムを刻みながら。
「踊りましょう?」
「えっ? えっと、このダンスは僕知らないんですが……?」
「お気になさらず。中を見てください。皆さん音楽に身を任せて好きに動いてるだけでしょう? そういうものなんですよ」
マジで? とウィルは思った。
さっきまではウィルの想像するお貴族様の社交界だったのに、一瞬でクラブみたいになってしまった。ウィルはクラブとか言ったことないので偏見だけれど。
「でも、ダンスは好きではないのでは……?」
「ロックは好きです――――かっこいいので」
「あ、はい」
あまりにもトリウィアらしい理由だった。
思わず苦笑して、
「―――分かりました」
彼女の手を握り返す。
そして、自分もまたリズムを刻みながら足を踏み出す。
踊りましょうか、とは言わない。
彼女を追い抜き、足踏みをしながら彼女に言う言葉は、
「それじゃあ―――僕たちがあっと言わせてやりましょうか」
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