ユー・アー・エレガンツ その2





 軽やかな音楽が大広間に奏でられる。

 学園のダンス講師であったおかま筋肉エルフことフランソワ・フラワークイーンから、社交界でも問題はないとお墨付きのダンス。体を回すたびにペリースが翻る。 

 そんなウィルと手を取りあうのは、


「……へへっ、やっと主と踊れたね」


 普段とは違う装いの、そして少しだけ照れたように破顔するフォンだった。

 いつもの短いポニーテールは下ろされ、毛先が緩く巻かれていることで雰囲気ががらっと変わっていた。日頃はまるでしていないメイクも薄くだがしているせいか随分と大人びて見えた。

 彼女のドレスはアース0でいうチャイナドレスであり、鳥人族の装束に似ている。違いは通常露出が多いが、今回は随分と控えめだ。白で統一された長袖と裾が大きく広がったズボン。

 濃い黄色の糸で羽根を模した民族風刺繍は細かく随所に散りばめられている。

 かつてウィルが自作し、贈ったマフラーは首ではなく肘から背中に回すことでストールとして彼女を彩っていた。 

 

 白と濡れ羽、散りばめられた黄色。


 フォンらしいけれど普段とは違う、彼女の隠れていた魅力を引き出すようなドレスだった。


「このドレス、ちょっと私には華やかすぎるかなやっぱり」


「まさか。似合ってるよ。いつもの君は元気で可愛らしいけど、今日は綺麗だね」


「……もう。主はすぐそういうこと言う」

 

 

 ウィルの腕の中、彼女は顔を赤くしながら喉を鳴らす。

 そうしなければ今にも歌い出してしまいそうだったから。


 ウィルの手を支点にフォンが軽やかに体を回す。

 軽快な曲に合わせて、ステップもまた弾むように。

 くるりと回りながら跳ねて、もう一度跳ねながら彼の胸に飛び込んでいく。



「……にへっ」


 練習では何度もやった動きだが、こうして上流階級、それも国王主催のパーティーでそれを決めたことにフォンは思わず頬を緩め、ウィルもまた笑みを濃くした。

 

 本当だったら、建国祭クリスマスの時に披露できるはずだった。

 けれどゴーティアの襲撃による学園の破壊、その修復に建国祭もその後の新年祭も予定されていたパーティーはできなかったのである。いつもの4人も含めて学園の友人たちと街に繰り出して年越しパーティーは行ったがそれとはまた別の話だ。

 2人で練習したものを、思っていたよりもずっと凄い場所で披露する。

 ウィルもフォンもそんな喜びがあった。


「……私ね、主」


「うん?」


 流れる音楽がゆっくり目のテンポになったあたりで、フォンが目を伏せながら言葉をこぼす。


「建国祭の後……アルマが来てから、ずっと主が遠くに行っちゃうんじゃないかって思ってたんだ」


「――――それは」


「へへっ、そんなことはなかったけどね。私の、思い過ぎ」


 でも、彼女は小さくステップを踏み、ウィルから距離を取る。


「人って変わるよね。私は、主と出会ってそうだったから」


 腕を広げ彼女は笑う。

 肘と背にストールを通し、美しい刺繍で手首まで覆われた長い袖に包まれた腕を。

 ウィルと出会った頃の彼女ならきっと袖を通すことはなかっただろう。

 人種の一般的な服を着るようになったのは、ウィルからマフラーを貰った時から。

 衣類の変化というのはフォンにとってはそれなりに大きいものだった。

 ≪高位獣化能力者≫であり、変身の際衣類ごと変化する彼女にとっては一族への帰属意識の象徴としての思い入れが強かったから。

 

「服もそうだし、あと入学の為に勉強もしたし」


「うん、頑張ってたね」


 元々あまり頭を使わない彼女だが、しかし入学の為には頑張った。

 実技の方は言うまでもないが、筆記面では地味に夏から少しづつ勉強してきたし、年明けからはトリウィアを始め、ウィルや御影、或いは既に親交を持った学園教師から指導を受け、本人の努力で合格最低ライン―――どころか高い水準にまで至っている。

 そうでなければアルマに次いで、次席にはなれない。

 元々鳥人族代表に選ばれる彼女だから、入学の資格も問題ない。

 フォンは今年14、人種の入学年齢は15からだが、成長スピードの種族差が激しい≪亜人連合≫にはあまり重視されない問題である。


 つま先でステップを踏みながら、距離を詰める。

 フォンの手をウィルが受け止め、回転のアシスト。彼女の細い腰に手を添えながら、後ろから受け止める。

 フォンにとって命でもある翼、それが生じる背を預けられながら。


「いっぱい勉強して……それで、気づいたら一日も飛ばない日があった。びっくりしちゃったよ」


 フォンにとってそれはあり得ないことだった。

 空を想うことがないなんて。

 人生の大半、それこそ翼が劣化して飛べなくなるまでは鳥人族にはありえないこと。


「……ごめんね、気づかなかった」


「え? あぁ、違う違う。別にそれはいいんだよ! うん、良いことだと思う」


 ターンして向き合い、眉をひそめていたウィルに笑いかける。

 

「知らなかったことを知れたのは良いことだった。トリウィアがいつも言うみたいに」


 フォンはウィルと手を取り直す。


「誰かと出会うことで、こんなに変化があるなんてびっくりしたよ」


 だから。


「だから、建国祭の時、主の為に色んな人が集まって、魔族を倒して。それからしばらくしてアルマが来て……主も、変わっちゃうんじゃないかなって思ったんだ」


 自分が変わったように。

 ウィルもまた、フォンの知らない誰かになるんじゃないかって。


「まるちばーす? っていうのは私には良く分からないけれど、それでも主を助けてくれる人がいる。私って成り行きで主の奴隷になってついてきたけど、もしかしたら要らないんじゃないかなって―――」


「そんなことないよ」


 ぐっ、とウィルがフォンの手を強く握りこむ。

 手を取り、彼女の目を見つめた。


 名前の通り、真っすぐに。

 

「君が要らないなんてことはないよ。君がいてくれて、僕は救われたんだ。自分の嫌な過去を乗り越えられた。だからそんなこと言わないで欲しいし、そんなこと思わせたっていうなら……ごめんね、フォン」


「…………もう、だからいいんだって」


 貫く様な黒い瞳に鳶色の瞳が揺れる。

 フォンの胸が強く鼓動を打ち、喉から歌が溢れそうになるのを抑えるが、口元の緩みは止められない。


「私の想い過ごしだったからね。主は主だった。あの日私を助けてくれた、あの夜、マフラーをくれた、主のままだ」


 優しくて、強くて、かっこいい。

 真っすぐなウィル・ストレイト。

 

 音楽が終わる。

 ダンスも一先ず終わり。

 フォンがずっとウィルとやりたかったことが。

 けれど、あれからやりたいことは一杯増えたし、これからもっと増えていくだろう。

 だから、いいのだ。

 フォンは、ウィルの翼であり続けるのなら。

 それで十分だ。


「――うん」


 手を放し、互いに一歩離れて軽く頭を下げる。

 顔を上げれば、ウィルとフォンの目が再び合う。

 ウィルが首を傾けながら笑って、フォンも笑みを返す。


「これからも―――主の奴隷でいさせてね?」


「うん! やっぱりその言い方は変えないかな!?」

 

 

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