ユー・アー・エレガンツ その1
王都アクシオスの中央にそびえるフルリヴィス城、そのある大広間。
優に100人以上は収まり、長方形の一辺には王都の街を一望できるバルコニーがいくつもあり、その窓でさえも天井まで届く数メートルの光細工入りのステンドグラス。
天井からは幾つも豪奢なシャンデリアが飾られ、壁には精緻な彫刻、床は美しい大理石が敷き詰められている。
絢爛なダンスフロアにいるのはほとんどがこの国の、ある程度高位の貴族の当主、その妻や子供たち、或いは大商人、国に認められた一級の文化人。この国の貴族と呼ばれる者たちは大なり小なり、何かしらの国家運営に関わる者達である。音楽を奏でる数人の楽団もまた言うまでもなく王国における最高級の音楽家。
即ち、この場にはアクシア王国における上流階級の収束点とも言えた。
社交場というのは一種の戦場だ。
政治や経済に携わるものにとっては情報の奪い合い、派閥同士のけん制のし合い、笑顔と歓談の裏に隠されているものはあまりにも多い。
或いは、未だ純朴な少年少女にとっては将来の伴侶を見つける機会として意気込んている者もいる。この場にいるというだけで王国王都内では一種のステータスであり、参加しただけで異性へのアピールにもなる。
けれど、今夜だけはこの場の主役は彼ら彼女ではなかった。
「あれが……例のお方、ですの?」
数人の貴族婦女の集団が、ダンスフロアの中央、音楽が切り替わりに歩みを進める少年に気づき、視線を向けた。
「復活した魔族討伐の主役、史上初の全系統保有者……」
「その割には、あまり風格がありませんわね」
「おっほっほ、スーツもあまり地味ではないでしょうか。おーっほっほ」
黒髪の少年に向けて、声を潜めながらも値踏みするのは二十代半ばの女たち。視線の先の少年は、確かに彼自体が特別目立つというわけでもなかった。
故に彼女たちは、微か嘲りと期待外れを滲ませ、
「――――否!」
その中でおそらく最も年長、静かに少年を見据えてた片眼鏡の女の一人がカッ!目を見開いた。
爛々と瞳は輝き、
「あのスーツ……只者の製作ではございません……! この王都にあれほどの仕立て屋がいるとは……! 彼こそ、この場で最もエレガントな1人……!」
「!?」
3人が手の甲を口元に上げ、白目を剥きつつ顔を真っ青にしながら驚いた。その中、先ほど高笑いを上げていた女が、自身の雷系統で周りには聞こえない程度の「ガーン!」という効果音まで発生させている細やかさだった。
しかしその驚きも無理もないのである。
この片眼鏡の婦女は王都貴族子女のファッションにおけるカリスマ。
流行は彼女が作り出すものであり、彼女が「エレガント」と評価したものは上流階級で必ず流行る。
その「エレガント」という評価一つの為に王都中、或いは王国内、さらには他国の職人までが自身の傑作を持ち込み評価を受け、その言葉を受けるのはほんの一握り。
そんな彼女が、一目でその言葉を彼に与えたのだ。
「確かに一見肩の短いマント以外は飾り気のない黒のシンプルなスーツ。ですがよく見なさい、あの黒の生地。何を使っているのか……見る者の角度、光の影で光沢が違った色合いを見せる。ただの一つの黒なれど、一つの黒ならず。華やかなれど控えめ、控えめなれど華やか――――エレガンツ!」
「エレガント2!?」
二度目のエレガントに婦女3人が再び目をひん剥いた。
されど片眼鏡の女は止まらず、
「あのスーツの自己主張のなさ、おそらくあの肩の真紅のペリースを見せる為のものでしょう。あまり見ない、アンティークと呼んでもいいものでしょうが、品の良さを感じます。アレ単体でも極めて高い価値がある。実にエェェェェェレガント!」
「エレガント3!!」
三度目のエレガントに、婦女にあるまじく大きく口を開けながら3人は驚いた。
心なしか、目だけでなく片眼鏡のレンズさえも輝いていた。
「しかし、個人的に最もエレガントと称したいのはネクタイピン、あれはおそらく鍵! それを模したもの! スーツとペリースの完璧なバランスの中にあるそれは下手をすれば不純物であるが、私にはわかる! その遊び心こそ、おそらく見る者へのメッセージ! あの鍵こそが彼という人間を象徴するもの……! エェェルレェガントッッ!!!!」
「エレガント4!」
「彼のスーツに比べれば、貴方たちはノーエレガント。道端の石ころになるでしょう」
「そこまで言うことなくないですか?」
「あ、ごめんあそばせ……」
1人が3人に謝っている間、音楽は変わり――――少年は、1人の少女に向けて手を差し出していた。
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